【この記事の結論・要約】
- 口コミで従業員の名前が挙げられていても、それだけで違法になるわけではありません。削除や投稿者の特定を求めるには、名誉毀損、名誉感情の侵害、プライバシー侵害のいずれかにあたる必要があります。
- 名指しされた場合に権利を持つのは、従業員本人です。会社が手続を進める場合でも、本人の意向を確認し、本人の名義で進めることが前提になります。
- 会社には、顧客からの不当な攻撃から従業員を守る立場があります。削除の手続だけでなく、返信の仕方や名札の表記など、会社としてとれる対応を併せて検討する必要があります。
はじめに
店舗や施設の口コミに、「〇〇さんの対応が最悪だった」と従業員の名前が書かれることがあります。
名前を書かれた従業員は、職場で働き続けることに不安を感じます。
会社としても、店舗の評価だけでなく、従業員をどう守るかという問題に直面します。
この記事では、名指しされた口コミがどのような場合に削除を求められるのか、誰が手続を進めるのか、会社として何ができるのかを解説します。
名指しされた口コミの類型
| 類型 | 例 | 見通し |
|---|---|---|
| 接客への不満 | 「〇〇さんの説明が分かりにくかった」 | 評価にとどまり、削除は難しい |
| 人格や容姿への攻撃 | 「〇〇という店員は頭がおかしい」 | 名誉感情の侵害にあたる余地がある |
| 事実と異なる内容 | 「〇〇さんに暴言を吐かれた」(実際にはない) | 名誉毀損にあたる余地がある |
| 私生活の暴露 | 「〇〇さんは既婚者なのに客と交際している」 | プライバシー侵害にあたる余地がある |
| 褒める内容 | 「〇〇さんの対応が丁寧だった」 | 本人が名前の公開を望むかが問題になる |
同じ名指しでも、どの類型にあたるかによって対応が変わります。
名指しだけで違法になるか
名前を書くこと自体は違法ではない
名札に表示された名前は、来店した人が知ることのできる情報です。
その名前を挙げて接客の感想を書くことは、それだけでは権利の侵害にあたりません。
削除や特定を求めるには、書かれた内容そのものが権利を侵害している必要があります。
名誉毀損にあたる場合
具体的な事実を示して、その従業員の社会的評価を低下させる場合です。
「〇〇さんにお釣りをごまかされた」「〇〇さんに怒鳴られた」といった内容が事実と異なれば、名誉毀損にあたる余地があります。
その日の勤務の記録や、会計の記録が、事実と異なることを示す資料になります。

名誉感情の侵害にあたる場合
事実を示さずに、容姿や人格をおとしめる場合です。
もっとも、社会通念上許される限度を超える侮辱行為といえる必要があります。
「感じが悪い」「態度が冷たい」といった表現にとどまれば、この限度を超えるとはいえないと判断されやすくなります。

プライバシー侵害にあたる場合
名札には表示していないフルネーム、住んでいる地域、家族関係、交際関係といった情報が書かれている場合です。
これらは来店しただけでは知り得ない私生活上の事柄であり、内容が真実であっても公開は許されません。
名札の表示を超える情報が書かれているかどうかが、一つの分かれ目になります。

名字だけの場合
名字しか書かれていなくても、店舗名と併せれば誰のことか分かります。
その店舗の客や同僚にとって特定の従業員を指すと分かる状態であれば、同定可能性は認められ得ます。
同じ名字の従業員が複数いる場合には、書かれた内容や時間帯から、誰を指すかを検討することになります。

権利を持つのは誰か
名指しされた従業員本人
従業員個人に向けられた書き込みでは、名誉やプライバシーを侵害されているのはその本人です。
会社が被害を受けているわけではないため、会社の名義で削除や開示を求めることは原則としてできません。
会社と本人の両方が被害を受けている場合
「この店は〇〇という店員に不正をさせている」のように、会社の評価と従業員個人の評価の両方を下げる内容であれば、それぞれが請求する立場にあります。
この場合、会社としての手続と本人としての手続を、併せて進めることが考えられます。

本人の意向を確認する
本人が手続を望まないこともあります。
手続を進めれば、本人が当事者として関わることになり、投稿者と向き合う場面も生じます。
会社が手続を進めたいと考えても、本人の意向に反して進めることはできません。
本人が手続を望む場合には、弁護士への委任も本人の名義で行うことになります。
費用を会社が負担する場合
業務中の接客をきっかけとした書き込みであれば、会社がその費用を負担するという判断もあり得ます。
その場合でも、手続の当事者は本人です。
会社が費用を負担するからといって、手続の進め方を会社が決められるわけではありません。
負担の範囲や、手続の方針について本人とどう相談するかを、あらかじめ決めておく必要があります。
削除と投稿者の特定
報告機能による申請
口コミを掲載しているサービスの多くは、規約に違反する投稿を報告する機能を備えています。
個人への嫌がらせや、個人情報の掲載を禁じる規約があれば、それを理由として申請できます。
もっとも、名前を挙げて接客の感想を書いているだけの口コミは、規約違反とされないことがあります。
法的な削除請求
報告機能で対応されない場合には、送信防止措置依頼や、裁判所への仮処分の申立てを検討します。
権利を侵害されている本人が申し立てることになるため、ここでも本人の意向が前提になります。
投稿者の特定
損害賠償を求めるのであれば、発信者情報開示請求によって投稿者を特定する必要があります。
アクセスプロバイダの通信記録の保存期間は一般に3か月から6か月程度で、裁判手続による特定には3か月から9か月程度かかります。
本人の意向を確認するのに時間をかけすぎると、特定ができなくなることがあります。

記録の保存
- 口コミの本文と投稿日時
- 投稿者のアカウント名と、そのアカウントの他の投稿
- 口コミが掲載されているページのURL
- 書かれた日時にその従業員が勤務していたかの記録
- その日の来店や会計の記録
書き込まれた出来事が実際にあったかを確認できる社内の記録は、会社が持っているものです。
本人が手続を進める場合でも、会社の協力が必要になります。
損害賠償と刑事告訴
請求できる金額の水準
投稿者を特定できた場合、本人が損害賠償を請求することになります。
法務省民事局が令和8年4月に公表した「インターネット上の名誉権侵害等の損害賠償額等に関する調査報告書」によれば、インターネット上の権利侵害について認められた慰謝料は、名誉権侵害のみの事案で中央値27.5万円、名誉感情侵害のみの事案で中央値15.0万円でした。
なお、同報告書は、特定の民間データベースに登録された裁判例から抽出したものであり、同種事案全般の傾向を直接反映するものではありません。
慰謝料とは別に、投稿者の特定に要した費用を請求できる場合があります。

刑事告訴
書き込みの内容によっては、名誉毀損罪や侮辱罪が問題になります。
いずれも親告罪であり、告訴できるのは被害を受けた本人です。
告訴は犯人を知った日から6か月以内に行う必要があります。

会社として従業員を守る
会社の立場
会社は、従業員が安全に働ける環境を整える立場にあります。
顧客からの不当な攻撃を受けた従業員を放置すれば、従業員は働き続けることに不安を感じ、退職にもつながります。
口コミへの対応は、店舗の評判の問題であると同時に、従業員を守る問題でもあります。
カスタマーハラスメントとの関係
顧客による著しい迷惑行為から労働者を守るための措置を、事業主に求める法改正が行われています。
店舗での言動だけでなく、口コミで従業員を名指しして攻撃する行為も、従業員を守るという観点から対応を検討すべき場面です。
相談を受ける窓口や、会社としての対応方針を決めておくことが考えられます。
本人から話を聞く
名指しされた従業員から、その日に何があったかを聞くことになります。
その際、本人を責める聞き方にならないよう注意が必要です。
書かれた内容が事実であったとしても、名指しで攻撃されることまで受け入れる必要はありません。
接客に改善すべき点があれば、それは口コミとは切り離して、通常の業務指導として扱うことになります。
投稿者に心当たりがある場合
推測で動かない
書かれた日時や内容から、どの客による投稿か見当がつくことがあります。
しかし、同じ時間帯に来店した客は他にもいますし、同行者や話を聞いた家族が書いた可能性もあります。
推測にもとづいてその客に連絡したり、問いただしたりすれば、今度は店の側が責任を問われかねません。
来店を断ることができるか
従業員への攻撃が繰り返されている場合には、来店を断ることを検討する場面もあります。
店舗には、誰と取引するかを決める自由があります。
もっとも、投稿者であると確認できていない段階で来店を断れば、別の争いを生むことになります。
手続によって投稿者が判明してから判断するほうが安全です。
店舗での言動が伴っている場合
口コミだけでなく、店舗で従業員に対して暴言や威圧的な言動があった場合には、その記録も残してください。
防犯カメラの映像、その場にいた他の従業員の証言、対応の記録は、口コミの内容が事実と異なることを示す資料にもなります。
返信するかどうか
店として対応する
口コミに返信する場合は、個人ではなく店として対応する形にします。
「ご来店いただいた際に至らない点があったことをお詫びします」のように、店としての対応を示す内容であれば、名指しされた従業員をさらに目立たせることを避けられます。
してはいけない返信
- 返信の中で従業員の名前を繰り返す
- 従業員に謝罪させる形の返信をする
- 投稿者を推測して、来店日や注文の内容に触れる
- 感情的に反論する
投稿者の来店日や注文の内容に触れると、今度は店の側が顧客の情報を公開したことになりかねません。
法的な手続を考えている場合
削除や投稿者の特定を求める予定があるのであれば、返信の内容はその後に決めることをお勧めします。
返信の中で内容を認めるような書き方をすると、後の手続で不利に扱われることがあります。
褒める口コミでの名指し
「〇〇さんの対応がとても良かった」という口コミは、店にとっても本人にとっても好ましいものに見えます。
もっとも、本人が職場での名前を広く知られたくないと考えている場合もあります。
好意的な口コミが、特定の従業員への関心を集めるきっかけになることもあります。
権利侵害にはあたらないため削除を求めることは難しくなりますが、本人が負担を感じている場合には、次に述べる名札の表記の見直しなどを検討することになります。
予防
名札の表記
名札にフルネームを表示していると、それを手がかりにSNSなどで私生活の情報を探されることがあります。
名字のみ、平仮名、ローマ字、あるいは本名ではない呼び名を表示するといった方法があります。
接客の責任を示すという名札の役割と、従業員の安全との釣合いを考えて決めることになります。
名前を出す運用の見直し
店舗のウェブサイトやSNSで、従業員の顔写真や名前を紹介している場合も同様です。
本人の同意を得たうえで掲載しているか、退職した従業員の情報が残っていないかを確認しておく必要があります。
よくある質問(FAQ)
- 口コミに従業員の名前が書かれているだけで削除できますか。
-
名前が書かれているだけでは、削除は難しくなります。
名札に表示された名前を挙げて接客の感想を書くことは、それだけでは権利の侵害にあたらないためです。書かれた内容が事実と異なる場合、人格への攻撃にあたる場合、私生活の情報が書かれている場合に、削除を求める余地があります。
- 会社の名義で削除や開示を求められますか。
-
従業員個人に向けられた書き込みでは、権利を侵害されているのは本人であるため、原則として会社の名義ではできません。
会社の評価と本人の評価の両方を下げる内容であれば、会社としての手続と本人としての手続を併せて進めることが考えられます。 - 本人が手続を望んでいません。
-
本人の意向に反して手続を進めることはできません。
報告機能による申請、店としての返信、名札の表記の見直しなど、本人が当事者にならない形でとれる対応を検討することになります。 - 名字しか書かれていませんが、対象になりますか。
-
店舗名と併せれば誰のことか分かるため、同定可能性は認められ得ます。
同じ名字の従業員が複数いる場合には、書かれた内容や時間帯から、誰を指すかを検討することになります。 - 口コミに返信してもよいですか。
-
返信する場合は、個人ではなく店として対応する形にした方が良いでしょう。
返信の中で従業員の名前を繰り返す、投稿者の来店日や注文の内容に触れるといった書き方は避けてください。削除や特定を求める予定があれば、返信の内容はその後に決めることをお勧めします。
- 費用は会社が負担してもよいのですか。
-
業務中の接客をきっかけとした書き込みであれば、会社が費用を負担するという判断もあり得ます。
その場合でも手続の当事者は本人であり、手続の進め方を会社が決められるわけではありません。負担の範囲や方針の相談の仕方を、あらかじめ決めておく必要があります。
まとめ
この記事の要点は次のとおりです。
- 従業員の名前を挙げて接客の感想を書くことは、それだけでは違法にならない
- 内容が事実と異なる場合、人格への攻撃にあたる場合、私生活の情報が書かれている場合に削除を求める余地がある
- 名指しされた場合に権利を持つのは従業員本人であり、本人の意向が前提になる
- 会社は、従業員を守る立場から対応を検討する
- 返信は店として受け、従業員の名前を繰り返さない
- 名札の表記や名前を出す運用を見直すことで、予防につながる
名指しの口コミへの対応は、店の評判を守ることと、従業員を守ることの両方にかかわります。
本人の意向を確認したうえで、会社としてとれる対応と、本人が進める手続を整理することになります。
当事務所では、インターネット上の書き込みについて、削除、発信者情報開示請求、損害賠償請求のいずれにも対応しています。
従業員が名指しされた口コミでお困りの方は、当事務所にご相談ください。
投稿者の特定には通信記録の保存期間という時間的な制約があります。
お早めにご相談ください。
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