【この記事の結論・要約】
- 貞操権侵害の慰謝料と、認知・養育費・中絶費用は、根拠も手続きも別です。それぞれを区別したうえで、並行して進めることが必要になります。
- 相手が既婚でも、認知の請求はできます。相手が拒否しても、調停・裁判で認知を実現する道があります。
- 中絶を選ぶ場合も、費用の分担を求められ、妊娠・中絶の事実は慰謝料を押し上げる事情になります。
はじめに
独身と信じて交際していた相手との間に妊娠が分かり、その前後に相手が既婚者だと発覚した。
この状況では、産むか産まないかという重い判断と並行して、法的な整理も必要になります。
このとき請求できるものは、一つではありません。
あなた自身が騙されたことへの慰謝料、出産する場合の認知と養育費、中絶する場合の費用の分担。
これらは根拠も手続きも異なるため、混同したまま交渉すると、取りこぼしや主張の混乱が生じます。
この記事では、妊娠・出産・中絶が絡む場合に請求できるものの全体像と、それぞれの手続き・注意点を解説します。貞操権侵害の慰謝料そのものの相場や請求の流れは、別の記事で扱っています。

慰謝料と認知・養育費は別の手続き(全体の見取り図)
まず、請求できるものを整理します。
あなた自身の請求(不法行為に基づく損害賠償)
- 貞操権侵害の慰謝料:独身と偽られて性的関係を持つに至ったことへの賠償
- 妊娠・中絶に関する損害:中絶費用などの実費、妊娠・中絶による精神的・身体的苦痛
子の権利に基づく請求(出産する場合)
- 認知:法律上の父子関係を発生させる手続き
- 養育費:認知を前提に、父としての扶養義務に基づく支払い
前者はあなたが被った損害の賠償で、示談や民事訴訟で解決します。
後者は子の権利に関わるもので、認知や養育費の手続き(家庭裁判所の調停など)によります。
同じ相手への請求でも、別の枠組みとなることを押さえてください。
そのうえで、選択に応じた組み合わせは次のようになります。
- 出産する場合:貞操権侵害の慰謝料+認知+養育費(+出産費用の分担)
- 中絶する場合:貞操権侵害の慰謝料(妊娠・中絶を踏まえた増額)+中絶費用の分担
出産する場合:認知の請求
認知とは
婚姻していない男女の間に生まれた子は、母との親子関係は出産の事実で明らかですが、父との法律上の親子関係は認知によって初めて生じます。
認知がされると、子は父に対する扶養請求権(養育費)と相続権を持ちます。
相手が既婚でも認知はできます。
認知に相手の配偶者の同意は必要ありません。
「妻がいるから認知はできない」という相手の言い分は、法的には成り立ちません。
胎児認知
出生前でも、母の承諾があれば胎児のうちに認知できます(民法783条)。
胎児認知がされていれば、出生届の時点から父の記載がある状態になります。
相手が応じる姿勢を見せているなら、出生を待たず胎児認知を求めることも選択肢です。
相手が拒否する場合(強制認知)
相手が任意の認知に応じないときは、家庭裁判所に認知調停を申し立てます(訴訟の前にまず調停を経る必要があります)。
調停で合意に至らなければ、認知の訴えを提起します。
親子関係の立証で最も有力なのはDNA鑑定です。
相手が鑑定を拒否しても、それで終わりではありません。
妊娠可能期間に性的関係があったことを示すやり取り、交際の経緯、相手の言動などの間接的な証拠を積み重ねて父子関係が認定されることがあり、正当な理由のない鑑定拒否の態度は、かえって父子関係を肯定する方向に働きやすいとされています。
認知を認める判決が確定すると、出生の時にさかのぼって法律上の父子関係が生じます(民法784条)。
確定から10日以内に認知届を提出します(戸籍法63条)。
認知に伴う現実的な考慮
貞操権侵害の事案では、認知をめぐって固有の事情が生じます。
認知は相手の戸籍に記載される
認知をすると、子の戸籍に父の氏名が載るだけでなく、相手の戸籍にも認知した子の記載がされます。
相手の配偶者が戸籍を見れば、子の存在を知る契機になります。
相手が認知を強く拒む理由の多くはここにあり、逆にあなたの側にとっても、配偶者に知られることで不貞慰謝料を請求されるという紛争が広がる可能性があります(騙されていた事情を立証して反論できるとしても、負担は生じます)。

認知しない代わりに養育費を支払う
戸籍からの発覚を避けたい相手との間では、認知を求めない代わりに養育費相当額の支払いを約束させる合意が成立しやすいことがあります。
この形を選ぶ場合は、口約束では意味がなく、書面(可能であれば強制執行認諾文言付きの公正証書)にしておくことが重要です。
強制執行認諾文言付きの公正証書がある場合、不払いのときに、訴訟を経ずに差押えができます。
なお、この合意をしても、子自身が持つ認知請求権がなくなるわけではありません。
将来、子が自ら認知を求める可能性は残ります。
この点も含めて、どちらの形が子とあなたにとって良いかを検討してください。
児童扶養手当は認知で失われません
認知がされても、ひとり親として養育している限り、児童扶養手当の受給資格自体は失われません(所得等の要件は別途あります)。
「認知してもらうと手当がもらえなくなる」という理解は誤りです。
養育費の請求
認知によって法律上の父子関係が生じれば、父は子に対する扶養義務を負い、養育費を請求できます。
金額は、裁判所が公表している養育費算定表を目安に、双方の収入と子の人数・年齢から算出するのが一般的です。
取り決めは、合意書にするだけでなく、強制執行認諾文言付きの公正証書にするか、家庭裁判所の養育費調停で調書にしておくと、不払い時に強制執行で回収できます。
養育費の制度は近時改正されており、取り決めの実効性を高める仕組みが導入されています。
養育費の決め方・相場・不払いへの対応の詳細は、次の記事で解説しています。

出産費用・中絶費用の分担
出産する場合
出産に要した費用についても、父となる相手に分担を求める交渉が考えられます。
中絶する場合
中絶は、女性の身体と精神に大きな負担を残します。
裁判例には、中絶による経済的・精神的負担は男女が等しく分担すべきであり、男性が何らの負担もせず責任を果たさなかったこと自体が不法行為になり得るとしたものがあります(東京高裁平成21年10月15日判決)。
この考え方によれば、中絶手術の費用や通院費の半額相当の分担を求められるほか、妊娠を告げた途端に連絡を絶つ、話し合いを一切拒むといった不誠実な対応をとった場合には、その対応自体についての賠償も問題になります。
慰謝料への反映(増額・別損害)
妊娠・中絶の事実は、貞操権侵害の慰謝料の金額にも反映されます。
騙された交際の中で妊娠・中絶に至ったことは、精神的苦痛を大きくする事情として慰謝料の増額事由になります。
実際に、高額な慰謝料が認められた裁判例は、長期間の欺罔に妊娠・出産・中絶が重なった事案であることが多いです。
加えて、前記のとおり、中絶費用などの実費や、中絶の負担に応じなかったこと自体の賠償を、慰謝料とは別に積み上げて請求できる場合があります。
増額に働く事情と証拠の裏づけ方は、次の記事で詳しく解説しています。

進め方の注意
- 証拠を保全する:妊娠の経緯が分かる相手とのやり取り、母子健康手帳、診断書、手術・通院の領収書は、慰謝料・費用分担・認知のすべてに関わる重要な資料です。
- 連絡が取れるうちに動く:妊娠を告げた途端に音信不通になる相手は少なくありません。連絡が取れる段階で、認知の意向確認とやり取りの記録化を進めてください。音信不通になっても、調停の申立てにより裁判所からの呼出しで対応せざるを得なくなることが多くあります。
- 感情的な対立を避ける:SNSでの公表や職場への押しかけは、あなたが責任を問われる原因になります。
- 手続全体について検討する:慰謝料の交渉、認知・養育費の手続き、相手の配偶者に知られた場合の対応は、相互に影響します。たとえば慰謝料交渉での事実の主張と、認知調停での説明に食い違いがあると、不利になる可能性があります。

よくある質問(FAQ)
- 相手が既婚でも、認知してもらえますか。
-
できます。
認知に相手の配偶者の同意は不要です。
相手が任意に応じない場合でも、認知調停、さらに認知の訴えによって、裁判所の手続きで父子関係を確定させる道があります。 - 相手が認知もDNA鑑定も拒否しています。諦めるしかありませんか。
-
諦める必要はありません。
DNA鑑定は最有力の証拠ですが、鑑定がなくても、妊娠可能期間に性的関係があったことを示すやり取りなどの間接的な証拠の積み重ねで父子関係が認められることがあります。
正当な理由なく鑑定を拒む態度は、かえって父子関係を肯定する方向に働きやすいとされています。 - 認知されると、相手の配偶者に知られますか。
-
認知は相手の戸籍にも記載されるため、配偶者が戸籍を確認すれば知られる可能性があります。
知られた場合、配偶者から慰謝料を請求される事態も想定されますが、独身と騙されていたと反論することも考えられます。 - 中絶を選びました。費用や慰謝料は請求できますか。
-
請求できます。
中絶費用や通院費について分担を求められるほか、独身と偽られたことによる貞操権侵害の慰謝料では、妊娠・中絶に至った事実が金額を押し上げる事情になります。
相手が中絶の負担や話し合いに一切応じなかった場合には、その対応自体についての賠償も問題になります。 - 認知しないまま養育費だけもらう約束はできますか。
-
そのような合意も可能で、戸籍からの発覚を避けたい相手との間では現実的な解決方法になることがあります。
ただし、書面(可能であれば強制執行認諾文言付きの公正証書)にしてください。
また、この合意をしても子自身の認知請求権はなくなりません。
まとめ
独身と偽った相手との間に妊娠した場合の請求について、ポイントを整理します。
- 貞操権侵害の慰謝料(あなたの損害)と、認知・養育費(子の権利)は、根拠も手続きも別。区別して並行させる。
- 相手が既婚でも認知はでき、配偶者の同意は不要。拒否されても調停・訴訟で実現する道がある。
- 認知は相手の戸籍に載るため、配偶者に知られる契機になる。認知しないで養育費の合意をするという選択肢もある。
- 中絶を選んだ場合も、費用の分担と、妊娠・中絶を踏まえた慰謝料の増額を求められる。
- 証拠の保全と、慰謝料・認知・養育費を一体で設計することが重要になる。
当事務所では、貞操権侵害の慰謝料請求とあわせて、認知・養育費の手続きまで一体でお受けしています。
妊娠が分かり、何をどの順序で進めるべきか迷われている方は、お早めにご相談ください。
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