【この記事の結論・要約】
- 貞操権侵害の慰謝料は一律ではなく、欺罔の悪質さ、騙されていた期間、結婚話の具体性、妊娠や中絶の有無などの事情で大きく増減します。
- 妊娠・中絶や性感染症は、慰謝料を押し上げる事情になるだけでなく、別個の損害として上乗せして請求できる場合があります。
- 増額に働く事情は、主張するだけでは足りず、裏づける証拠が必要です。
はじめに
貞操権侵害の慰謝料には、数十万円にとどまる例から数百万円に達する例まで、大きな幅があります。
この幅を分けているのは、個々の事案の事情です。
同じ「独身と偽られた」事案でも、どのような偽り方をされたか、どれだけの期間騙されていたか、妊娠や中絶があったかによって、金額は大きく変わります。
この記事では、独身と偽られて交際していた方が慰謝料を請求する場面を想定して、金額を増額させる方向に働く事情と、それを裏づける考え方を解説します。

慰謝料の金額はどう決まるか
裁判所は、最高裁の判例(最判昭和44年9月26日)の枠組みに沿って、加害者側の違法性の程度と被害者側の事情を比較して判断しています。
金額の面でも同じで、加害者側の欺罔が悪質であるほど高額方向に、被害者側に落ち度があるほど減額方向に働きます。
つまり、増額を求めるには、「相手の行為がどれだけ悪質だったか」「自分がどれだけ大きな不利益を受けたか」を、具体的な事実で示すことが基本になります。

増額に働く主な事情
裁判例で増額方向に考慮されている主な事情は、次のとおりです。
欺罔の態様が悪質であること
独身であることが前提の婚活サービスに独身として登録していた、氏名や職業まで偽っていた、別の住まいを用意して独身生活を装っていたなど、偽装が周到であるほど悪質と評価されます。
複数の相手に同様の偽装をしていた場合や、疑われた後もさらに嘘を重ねて欺罔を続けた場合も同様です。
騙されていた期間が長いこと
交際期間が長いほど、被害者が失った時間は大きく、発覚時の精神的苦痛も大きいと評価されます。
年単位の交際や同棲があった事案は、増額方向に働きます。
結婚話が具体的だったこと
プロポーズ、両親への紹介、同棲の開始、結婚式場の見学、婚約指輪の贈与など、結婚への期待が具体的な行動にまで進んでいたほど、裏切られた期待の大きさが金額に反映されます。
性交渉の頻度・態様
騙されていた期間中の性交渉の回数が多いほど増額方向に働きます。
強要的な態様があった場合は、さらに悪質性が増します。
発覚後の言動が不誠実であること
既婚と発覚した後に開き直る、一方的に連絡を絶つ、責任を被害者に転嫁するなどの態度も、考慮されることがあります。
実際に、被害者が別れ話をした際に将来の生活を考えているかのようなメールで引き留め、妻からのメールを妹からのものだと偽るなどの不誠実な言動が考慮されて、慰謝料100万円が認められた裁判例があります(東京地裁平成27年1月7日判決)。
妊娠・出産・中絶があった場合
妊娠・出産・中絶を伴う事案は、慰謝料が大きく上がる傾向にあります。
身体的な負担と精神的な苦痛が格段に大きいためです。
ここで押さえておきたいのは、妊娠・中絶には二つの意味があることです。
慰謝料を押し上げる事情としての意味:騙された交際の中で妊娠・中絶に至ったこと自体が、貞操権侵害による精神的苦痛を大きくする事情として考慮されます。
別個の損害としての意味:中絶に伴う不利益は男女が等しく分担すべきものであり、相手が中絶費用の負担や話し合いに一切応じなかった場合には、そのこと自体が別個の不法行為と評価されて、貞操権侵害の慰謝料とは別に賠償が認められることがあります。また、中絶手術の費用や通院費などの実費も、慰謝料とは別に請求できます。
増額事由としての主張と、別個の損害としての請求を区別して積み上げることで、適正な総額に近づけることができます。
性感染症をうつされた場合
性感染症をうつされた場合も、慰謝料とは別建てで賠償が認定されることがあります。
婚活サイトで独身と偽って交際し、性感染症をうつしたうえ、交際終了後に既婚と発覚した事案では、慰謝料70万円のうち30万円が性感染症をうつした点の責任として認められています(東京地裁平成28年6月29日判決)。
この事案は、アプリ利用者にも相応の注意が求められるとして貞操権侵害の部分は低額にとどまりましたが、性感染症の部分は独立に評価されました。
診断書や通院記録があれば、治療費などの実費もあわせて請求できます。
高額が認められた事案の傾向
裁判例の中には、数百万円規模の高額な慰謝料が認められた事案もあります。
これらに共通するのは、長期間の欺罔に、妊娠・出産・中絶という重大な身体的・精神的負担が重なっていることです。
逆にいえば、こうした事情のない事案で数百万円が認められることは多くなく、数十万円から100万円程度の認容例が中心です。
ご自身の事案でどの水準を見込めるかは、増額事由の有無と裏づけの程度によって決まります。
増額に働く事情を裏付けるための証拠
増額事由は、主張するだけでは考慮されません。
それぞれの事情に対応する証拠が必要です。
- 欺罔の態様:婚活アプリのプロフィール画面、独身と述べたメッセージ、偽装をうかがわせるやり取り
- 結婚話の具体性:プロポーズや両親への紹介に関するやり取り、式場見学や指輪の記録、同棲の事実を示す資料
- 交際期間:交際の開始から発覚までのやり取りの履歴
- 妊娠・中絶:母子健康手帳、診断書、手術・通院の領収書
- 性感染症:診断書、治療の記録
- 発覚後の言動:発覚後のメッセージや通話の記録
これらは時間の経過とともに集めにくくなります。
請求を検討し始めた段階で、早めに保全しておくことが重要です。
よくある質問(FAQ)
- 相場より高い金額を請求してもよいですか。
-
請求額自体は自由に設定できます。
ただし、相手が応じなければ最終的には裁判所の判断となり、裁判例の水準と事案の事情に見合った金額に落ち着きます。
増額事由とその証拠を踏まえて、現実的な着地点を見据えた請求額を設定することが、交渉を有利に進めるうえでも重要です。 - 妊娠・中絶した場合、いくらくらい増えますか。
-
一律の基準はありませんが、妊娠・中絶を伴う事案は慰謝料が大きく上がる傾向にあり、高額例の多くはこの類型です。
加えて、中絶費用などの実費や、相手が中絶の負担に応じなかったこと自体についての賠償を、慰謝料とは別に請求できる場合があります。 - 結婚の約束まではありませんでしたが、増額は見込めますか。
-
明確な約束がなくても、結婚を見据えたやり取りや、婚活サービスを通じた出会いなどの事情があれば、考慮される可能性があります。
もっとも、結婚話の具体性が高い事案に比べると、金額の水準は抑えられる傾向にあります。 - 相手に資力がない場合はどうなりますか。
-
判決や合意で金額が決まっても、相手に資力がなければ現実の回収は難しくなります。
相手の職業や資産状況を踏まえて、分割払いの条項を設けるなど、回収可能性まで見据えた解決を設計する必要があります。
まとめ
貞操権侵害の慰謝料の増額について、ポイントを整理します。
- 金額は、加害者側の違法性と被害者側の事情の比較で決まる。欺罔の悪質さ、騙されていた期間、結婚話の具体性、発覚後の言動が増額方向に働く。
- 妊娠・中絶や性感染症は、慰謝料を押し上げるだけでなく、別個の損害として上乗せできる場合がある。
- 高額例は、長期間の欺罔に妊娠・出産・中絶が重なった事案に集中している。
- 増額事由は証拠で裏づける必要があり、早期の保全が重要になる。
当事務所では、貞操権侵害の慰謝料請求について、増額に働く事情の整理と証拠の検討を踏まえて、適正な金額での解決を目指しています。
ご自身の事案でどこまでの金額を見込めるか確認したい方は、お早めにご相談ください。
弊所の弁護士へのご相談等はこちらから