【この記事の結論・要約】
- 事業用物件の立ち退き料は、移転費用だけでなく、休業補償や得意先喪失補償といった営業補償も加わるため、居住用より大幅に高額になります。
- 金額は、業種と「場所と営業の結びつき」の強さで大きく変わります。飲食店やクリニックなど、その場所に顧客が付いている業種ほど高額化します。
- 営業補償は、主張するだけでは認められません。決算書などの資料による具体的な立証が、増額の鍵になります。
はじめに
店舗や事務所として借りている物件について、大家から立ち退きを求められた。
事業者にとって、立ち退きは単なる引っ越しではありません。
休業による売上の喪失、内装や設備への投資の喪失、そして積み上げてきた顧客基盤を失うリスク。事業の存続そのものに関わる問題です。
だからこそ、事業用物件の立ち退き料は、これらの損失への補償(営業補償)を含めて算定されるべきものであり、居住用とは水準がまったく異なります。
ところが、大家側からの当初の提示額には、営業補償がほとんど織り込まれていないことが少なくありません。
この記事では、店舗・事務所の立ち退き料に特化して、内訳と算定の考え方、業種による違い、増額のための立証と交渉の進め方を解説します。

事業用の立ち退き料が高額になる理由
大家の都合による立ち退きには、借地借家法28条の正当事由が必要であり、正当事由の不足を補うものとして立退料が支払われます。
この枠組みは居住用と共通ですが、事業用では二つの点で金額が大きく変わります。
第一に、借主側の「使用を必要とする事情」が重く評価されます。
正当事由の判断では、貸主と借主それぞれが建物を必要とする事情が比較されます。
事業用の場合、その場所で営業を続ける必要性、すなわち立地に支えられた顧客基盤や、事業が生活の基盤であることが、借主側の事情として考慮されます。
裁判例にも、飲食店にとって店舗の立地条件は経営上きわめて重要な事項であり、立地条件の変化により営業の継続が不可能となることも十分に考えられると判示したものがあります(東京地裁平成21年11月30日判決)。
第二に、補償すべき損失の範囲が広がります。
居住用の損失は引越費用や家賃差額が中心ですが、事業用では、移転に伴う休業、顧客の喪失、内装・設備への投資の喪失といった営業上の損失が加わります。
この部分が営業補償であり、事業用の立ち退き料の中心を占めます。
立ち退き料の内訳(事業用)
事業用の立ち退き料は、おおむね次の項目を積み上げて算定します。
移転関連費用
新店舗・新事務所の契約費用(敷金・保証金・仲介手数料)、引越費用に加えて、事業用に特有のものとして、内装・設備の工事費用、看板・サインの設置費用、移転の告知・広告費用(挨拶状、ウェブサイトの変更、再オープンの販促)、移転に伴う在庫のロスなどが含まれます。
飲食店の厨房設備やクリニックの医療機器など、設備投資が大きい業種ほど、この部分が膨らみます。
休業補償
移転のために営業できない期間について、失われる営業利益と、休業中も支出が続く固定費(家賃相当額、リース料、保険料)や従業員の給与を補償するものです。
注意点として、売上の全額が補償されるわけではありません。
休業によって支出を免れる仕入原価などの変動費は控除され、営業利益と固定費をベースに算定されます。
得意先喪失補償
移転によって常連客が離れ、売上が従前の水準に戻るまでの減収に対する補償です。
移転先が従来の商圏から離れるほど、この損失は大きくなります。
家賃差額補償
同等の物件を新たに借りると賃料が上がる場合、その差額の一定期間分が補償の対象になります。
造作買取請求権との関係
借主が貸主の同意を得て設置した造作(内装・空調等)について、契約終了時に買取りを請求できる制度があります(借地借家法33条)。
ただし、この権利は契約書の特約で排除されていることが多いため、契約書の確認が必要です。
特約で排除されている場合でも、造作・内装の価値の喪失は、立ち退き料の交渉のなかで移転関連費用として考慮を求めていくことになります。
なお、立ち退き料の内訳として「借家権価格」が挙げられることがありますが、近年の裁判例は、算定根拠を具体的に示す傾向のもとで、借家権価格を独立の項目として考慮しないものが多くなっています。
借家権価格に頼るのではなく、上記の各損失を具体的な資料で積み上げることが、現在の実務に沿った増額の進め方です。
立ち退き料の一般的な内訳と計算の考え方は、次の記事でも解説しています。

解決の形で補償の中身が変わる
見落とされがちですが、どのような形で解決するかによって、補償されるべき項目が変わります。
交渉や裁判上の和解で解決する場合、通常は合意から明渡しまで数か月程度の猶予期間を設けます。
借主はその間、現在の店舗で営業を続けながら移転先を探し、内装工事を進められるため、実際の休業はほとんど生じません。
その代わり、移転先の工事期間中は現店舗と移転先の賃料が二重にかかるため、この二重負担分の補償が問題になります。
一方、判決で明渡しが命じられる場合には猶予がなく、休業を前提とした補償が正面から問題になります。
つまり、「いつ、どのような段取りで退去するか」自体も交渉材料となります。
十分な猶予期間を確保できれば休業リスクを抑えられ、猶予が短いなら、その分を金銭で補償させるということも考えられます。
金額だけでなく、退去時期をセットで交渉することが、事業への実害を最小化する鍵になります。
業種によって水準が大きく変わる
事業用の立ち退き料は、「場所と営業の結びつき」の強さによって水準が大きく変わります。
高額化しやすい業種
飲食店、クリニック、理美容室、地域密着型の物販店など、近隣の固定客に支えられた業種です。
移転すれば顧客基盤を失うリスクが高く、得意先喪失補償が重く評価されます。
実際の裁判例には、歯科診療所の立ち退きについて6,000万円の立退料を認めたもの(東京地裁平成25年1月25日判決)や、都心の再開発地区に所在した歯科医院について2億円の立退料を認めたとされるもの(東京地裁令和元年12月4日判決)があり、営業への影響が大きい事案では極めて高額になり得ます。
相対的に抑えられやすい業種
一般的な事務所(オフィス)は、顧客が場所に付いている度合いが低く、移転費用と家賃差額が中心になるため、店舗に比べると水準は抑えられます。
それでも、賃料の1年分から3年分程度が目安とされることがあり、居住用よりは高額です。
チェーンのコンビニやスーパーも、場所との結びつきが相対的に弱いと評価されやすい傾向にあります。
もっとも、数千万円規模の高額例は、都心の好立地・高収益の事業・資力のある開発事業者側といった事情があるものが多く、どの事案でも同水準になるわけではありません。
ご自身の事案の水準は、業種・立地・営業実態を踏まえた個別の見立てが必要です。
営業補償は資料で立証する
営業補償は、「売上が減る」「客が離れる」と主張するだけでは金額に反映されません。
損失を数字で示す資料が必要です。
- 決算書・確定申告書:営業利益と固定費の立証の基礎です。休業補償・得意先喪失補償の算定は、ここから出発します。
- 売上に関する資料:月次の売上推移、顧客の地域性が分かる資料(会員名簿の地域分布、予約データなど)。
- 投資・設備に関する資料:内装工事の契約書・領収書、設備・機器のリスト、リース契約。
- 移転に関する見積り:移転先候補の賃料相場、内装工事の見積り(複数取得が望ましい)、引越しの見積り。
なお、経営資料の開示をためらう方もいますが、開示しないまま交渉・裁判が進むと、賃貸人側が統計等から推計した低めの数字を前提に話が進むおそれがあります。
適正な補償を求める以上、根拠となる数字はこちらから示していくのが基本です。
増額交渉の進め方と注意点
当初提示を出発点にしない
大家側の当初提示は、引越費用程度の水準にとどまり、営業補償を織り込んでいないことが少なくありません。
提示額への上乗せを求める形ではなく、借主側で損失を積算し、その根拠とともに適正額を請求する形で交渉するほうが、営業補償を正面から金額に反映させられます。
金額以外の条件も同時に交渉する
原状回復義務(スケルトン返し)の免除、造作の残置、退去時期の猶予、敷金・保証金の全額返還。
これらは金額に換算すると大きな価値があり、老朽化による取壊しが理由の場合には、原状回復の免除に応じてもらいやすいということもあります。
理由の検討も忘れない
老朽化や建て替えを理由とする場合、その裏づけ(耐震診断の有無、建替え計画の具体性)の検討が、交渉力を左右します。
理由が弱いほど、正当事由を補うために必要な立退料は高くなるからです。
老朽化を理由とする立ち退きの検討の仕方は、次の記事で解説しています。

注意が必要な場合
賃料の滞納など信頼関係を壊す債務不履行があると、立退料なしで契約を解除されるリスクがあります。
また、定期建物賃貸借の場合は期間満了で契約が終了するため、原則として立退料の問題になりません。
交渉に入る前に、契約書と賃料の支払状況を確認してください。
よくある質問(FAQ)
- 事業用物件の立ち退きについて、立退料が「賃料の6か月分」と提示されました。店舗でもこれぐらいが相場ですか。
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賃料の6か月分という水準は、居住用で目安として語られることのある数字で、営業補償を含むべき店舗の立ち退き料としては低額であることが多いといえます。
移転関連費用・休業補償・得意先喪失補償を積算すれば、これを大きく上回るのが通常です。
提示額を前提にせず、どのような費用が発生するか検討する必要があります。 - 従業員の給料や休業中の固定費も請求できますか。
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休業補償の対象になります。
休業期間中も支払いが続く従業員の給与、リース料、保険料などの固定費は、失われる営業利益とあわせて補償を求められます。
一方、休業により支出を免れる仕入原価などは控除されます。
- 決算書を見せたくありません。出さずに交渉できますか。
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出さずに交渉すること自体は可能ですが、営業補償の金額を裏づけられず、賃貸人側の推計による低めの数字を前提に進むおそれがあります。
適正な営業補償を求めるのであれば、決算書等による立証が事実上不可欠です。開示の範囲や出し方は、弁護士と相談しながら進めることができます。
- 移転したら常連客を失います。その分は補償されますか。
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得意先喪失補償として、補償の対象になり得ます。
移転により常連客が離れ、売上が従前の水準に戻るまでの減収分という考え方で算定します。
顧客が近隣に集中していること、立地が集客に直結していることを示す資料があるほど、この補償は認められやすくなります。 - 廃業を考えています。その場合の補償はどうなりますか。
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移転ではなく廃業を選ぶ場合の補償は、営業を継続する場合とは算定の考え方が変わり、事案による幅も大きくなります。
移転先の確保が現実的に困難であるといった事情は、補償を厚くする方向に働き得ますが、慎重な見立てが必要です。廃業か移転かの判断を含めて、早めにご相談ください。
まとめ
店舗・事務所の立ち退き料について、ポイントを整理します。
- 事業用の立ち退き料は、移転費用に加えて営業補償(休業補償・得意先喪失補償等)が中心となり、居住用より大幅に高額になる。
- 金額は業種と「場所と営業の結びつき」で大きく変わる。飲食店・クリニックなど地域密着型は高額化しやすい。
- 解決の形(猶予期間の有無)で補償の中身が変わる。金額と退去時期はセットで交渉する。
- 営業補償は、決算書等の資料による立証が鍵になる。当初提示を出発点にせず、借主側で損失を積算して請求する。
- 原状回復の免除など金額以外の条件も同時に交渉する。債務不履行と定期借家には注意する。
当事務所では、店舗・事務所の立ち退きについて、営業補償を含めた適正な立ち退き料の算定と増額交渉、退去条件の交渉、訴訟対応までお受けしています。
提示された金額に疑問がある方、事業への影響を最小限に抑えたい方は、回答する前に、お早めにご相談ください。
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