【この記事の結論・要約】
- トレントの示談金は、1作品あたり数十万円、複数作品をまとめた包括示談で50万〜100万円程度の提示が行われることが多いとされています。ただし、この金額は権利者側が設定した希望額であり、裁判所が認める損害額と同じものではありません。
- 裁判所は、請求者の主張をそのまま認めるとは限りません。約278万円の損害賠償の主張に対し、実際の関与期間(約3時間)に基づいて損害を37,675円に限定した裁判例もあります。提示された金額を、そのまま受け入れる必要はありません。
- 減額交渉の材料は、金額の算定(関与期間・ダウンロード数)だけでなく、請求そのものの弱点(調査の信頼性)にもあります。ただし、争点の選択には近時の裁判例の動向を踏まえた専門的判断が必要です。本記事では、その判断の前提となる裁判例の状況まで解説します。
はじめに
「権利者側の弁護士から、示談金として数十万円を請求する通知が届いた。この金額は妥当なのか」 「複数の作品をまとめて100万円近い金額を提示された。払える金額ではないが、裁判になったらもっと高くなるのか」
トレント(BitTorrent)の著作権侵害で権利者側から提示される示談金は、多くの方にとって、直ちに用意できる金額ではありません。そして、提示を受けた方が最初に知るべきことは、次の一点に尽きます。
権利者側が提示する示談金の額と、裁判所が実際に認める損害額は、別物です。
本記事では、示談金の提示額の傾向(いわゆる相場)と金額が変動する要因、裁判所が損害額をどのように算定しているか、そして減額交渉で用いることのできる材料を、実際の裁判例に基づいて解説します。
なお、意見照会書への回答(同意・不同意)の判断そのものについては、別の記事で解説しています。


なぜトレントで示談金を請求されるのか
ダウンロードは、同時にアップロードでもある
トレント(BitTorrent)は、中央のサーバーを介さず、利用者同士が直接ファイルの断片(ピース)を交換し合うP2P方式のファイル共有技術です。
この仕組み上、ファイルをダウンロードしている間、あなたの端末は取得済みのピースを他の利用者に送信しています。
つまり、トレントでのダウンロードは、原則として同時にアップロード(送信可能化)でもあるのです。
著作権者に無断で作品をインターネット上で送信できる状態に置く行為は、公衆送信権(送信可能化権)の侵害にあたります。
「ダウンロードしただけのつもりだった」という方が多いのですが、権利者側の請求は、このアップロードの側面を根拠としています。
どうやって特定されるのか
権利者側は、調査会社の監視システムを通じてトレントのネットワークに参加し、対象作品のファイルを送信しているIPアドレスと通信日時を記録します。
この記録をもとにプロバイダへ発信者情報開示請求を行い、開示された契約者情報に基づいて、示談金の請求が行われます。
ここで重要なのは、後述するとおり、この調査の記録の信頼性が裁判で争われ、開示請求が退けられた例が複数あるという点です。
請求の出発点である調査自体が、常に盤石とは限りません。
示談金の「相場」の実像
提示額の傾向
権利者側から提示される示談金は、実務上、おおむね次のような傾向があるとされています。
- 1作品のみの示談:数十万円程度の提示が多いとされます
- 複数作品をまとめた包括示談:50万〜100万円程度の提示が多いとされます
また、権利者側の代理人の中には、個別の事情にかかわらず一律の基準額(1作品の和解と包括の和解でそれぞれ定額)を提示する運用をとる事務所もあるとされています。
「どの事案でも同じ金額を提示された」という状況は、それ自体は珍しいものではありません。
金額が変動する要因
トレントによる著作権侵害の損害額は、次のような要素で変動します。
- 対象作品の数と、権利者(メーカー等)の数
- 作品の種類・販売価格
- 利用の期間・頻度(長期間・多数回の利用は増額方向)
- アップロードの規模(トレントは仕組み上アップロードを伴うため、この点が請求の中心になります)
- 対応の経過
【重要】提示額は「権利者側の希望額」であり、裁判所の認容額ではない
ここが、示談金を請求されたすべての方にとって重要な点です。
示談金は、当事者の合意で決まる金額であり、権利者側の提示額は、あくまで交渉の出発点となる先方の希望額です。
裁判所が損害賠償として認める金額(認容額)とは、算定の仕方も水準も異なります。
そして、実際の裁判例を見ると、裁判所は権利者側の主張をそのまま認めているわけではありません。
以下で、その具体例を紹介します。
裁判所は損害額をどう算定するのか|賠償額を大幅に限定した裁判例
トレントの損害賠償で権利者側がよく用いる主張は、「利用者はトレントのネットワーク全体による送信(他の利用者による多数のダウンロード)について、共同不法行為者として連帯して責任を負う」というものです。
この構成によると、あなた一人の関与を超えた、ネットワーク全体の膨大なダウンロード数を基礎とする高額の損害額が主張されることになります。
この点について、大阪地方裁判所令和5年8月31日判決(令和4年(ワ)第9660号)は、重要な判断を示しました。
この事件で権利者側は、対象作品が合計5,053回ダウンロードされたとして、約278万円の損害賠償を主張しました。
しかし裁判所は、被告が共同不法行為者として責任を負う範囲を、被告自身がトレントのネットワークに参加していた期間に限定しました。
その結果、被告の関与期間は約3時間、その間のダウンロード数は547回と認定され、認容された損害額は37,675円にとどまりました。
約278万円の主張に対して、37,675円。
この裁判例が示しているのは、あなたが実際に関与した期間・規模を正確に主張立証すれば、責任の範囲は大きく限定され得るということです。
もっとも、注意も必要です。
この判断はあくまで一つの裁判例であり、事案の内容(関与期間の長さ、作品数、証拠の状況)によって結論は変わります。
関与期間が長い事案では認容額も大きくなり得ますし、訴訟には時間・費用・敗訴リスクも伴います。
「裁判になれば必ず安く済む」という話ではなく、この裁判例の算定枠組みを交渉の土台として使うことに意味があるのです。
減額交渉の材料①|金額の算定に関する主張
上述した裁判例の枠組みを踏まえると、示談交渉では次のような点が金額に関する主張の材料になります。
- 実際の関与期間:あなたがネットワークに参加していた(ファイルを共有状態に置いていた)実際の期間はどれだけか。権利者側の主張する損害が、あなたの関与を超えた期間・規模を基礎にしていないか。
- 対象作品と価格の確認:請求の基礎とされている作品数・販売価格が正確か。
- 利用の態様:短期間・少数回の利用にとどまるのか、削除済みか、利用を直ちに停止したか。
- 複数請求の包括処理:複数の権利者からの請求が見込まれる場合、1社ずつ場当たりに応じるのではなく、全体の総額を見据えて交渉を設計すること(この視点は、支払能力に限りがある方ほど重要です。)。

これらの主張を裏づけるには、利用状況の正確な整理が前提になります。
記憶やデータの整理の仕方を含め、交渉の材料をどう固めるかは、早い段階でご相談ください。
減額交渉の材料②|請求そのものの弱点(調査の信頼性)
減額交渉の材料は、金額の算定だけではありません。
請求の出発点である調査の信頼性そのものが、裁判で否定された例があります。
発信者情報開示の裁判例では、権利者側の調査記録について、次のような問題が指摘され、開示請求が認められなかった類型があります。
- 調査記録の中に、実際には存在し得ない通信の記録が含まれていた事案
- 通信に使用することができないポート番号(0番や1番)が記録されていた事案
- 記録された内容が、確率的に考えてあり得ない事象を含んでいた事案
- 調査手法の客観性・正確性についての立証が不十分とされた事案(特に、一般に用いられている認定システムではない、調査会社独自のソフトウェアによる調査の場合、その信頼性の立証責任は権利者側にあります)
これらは、調査記録の精査によって初めて発見できる弱点です。
開示の段階を過ぎて示談交渉に入った後でも、調査の信頼性への疑問は、金額交渉における材料となり得ます。
もっとも、どの事案でも通用する主張ではなく、記録の内容を専門的に精査した上で使いどころを判断する必要があります。
ハンドシェイク通信|知財高裁決定による状況の変化
調査の信頼性に関連して、トレントの開示請求ではハンドシェイク通信について争われた事例があります。
調査会社のシステムが記録する通信の中には、ファイルの断片(ピース)そのものの送受信ではなく、接続の確立などのための通信(ハンドシェイク等)が含まれる場合があります。
「その通信は権利侵害情報の流通そのものではない」という主張により、開示請求が認められなかった裁判例が、複数の裁判所で示されてきました。
しかし、知財高裁令和6年5月16日決定は、この論点について、原審の判断を取り消して開示を命じる判断を示しました。
「ハンドシェイクの通信は、その通信に含まれる情報自体が権利侵害を構成するものではないが、専ら特定のファイルを共有する目的で形成されたビットトレントネットワークに自ら参加したユーザーの端末がピアとなって、他のピアとの間で、自らがピアとして稼働しピースを保有していることを確認、応答するための通信であり、通常はその後にピースの送受信を伴うものである。そうすると、ハンドシェイクの通信は、これが行われた日時までに、当該ピアのユーザーが特定のファイルの少なくとも一部を送信可能化したことを示すものであって、送信可能化に係る情報の送信と同一人物によりされた蓋然性が認められる上、当該ファイルが他人の著作物の複製物であり権利者の許諾がないときは、ログイン時の通信に代表される侵害関連通信と比べても、権利侵害行為との結びつきはより強いということができ、発信者のプライバシー及び表現の自由、通信の秘密の保護を図る必要性を考慮しても、侵害情報そのものの送信に係る特定電気通信に係る発信者情報と同等の要件によりその開示を認めることが許容されると解される。」
調査の信頼性のどの部分を、どの局面で主張するかは、裁判例の最新の動向を踏まえた専門的判断を要します。
示談交渉の進め方と注意点
交渉の一般的な流れ
開示後、権利者側の代理人弁護士からの通知を受けて交渉が始まります。
事実関係と請求の根拠を確認し、金額・支払方法の交渉を経て、合意に至れば示談書を取り交わします。
示談書には、互いに本件を口外しない旨の条項(秘密保持条項)を入れる交渉ができ、解決後のプライバシーを守る仕組みになります。
示談の成立は、刑事告訴に発展するリスクを抑える意味も持ちます。
避けるべき3つの対応
- 無視・放置:交渉の機会を自ら失い、訴訟へ進む契機を作ります。訴訟では遅延損害金等の負担も加わり得ます。
- 言い値での即決:上述したとおり、提示額は権利者側の希望額です。金額の根拠を確認しないまま、不安から直ちに応じることは避けてください。
- 準備のない自己交渉:事実関係の整理や裁判例の知識がないまま権利者側の代理人と直接やり取りをすると、不用意な発言が交渉材料を失わせることがあります。また、複数請求の見通しを持たずに1社目に資金を使い切る失敗も、自己交渉に多いパターンです。
弁護士に依頼するメリット
- 請求の精査:調査記録・請求の根拠を精査し、あなたの事案で使える交渉材料(関与期間、算定の誤り、調査の信頼性)を特定します。
- 裁判例に基づく交渉:本記事で紹介した裁判所の算定枠組みを土台に、根拠のある減額交渉を行います。
- 窓口の一本化:権利者側とのやり取りはすべて弁護士が引き受け、ご家族や職場に知られにくい形で進行します。
- 全体設計:複数請求の見通し、支払方法(分割等)、刑事リスクの遮断まで含めた、総額と着地点の設計を行います。
よくある質問(FAQ)
- 提示された示談金は、必ず支払わなければならないのですか?
-
いいえ。
提示額は権利者側の希望額であり、支払義務が確定した金額ではありません。
金額・支払方法は交渉の対象であり、実際の関与期間や請求の根拠を踏まえた減額の余地があります。
他方、請求自体を放置すれば訴訟のリスクが生じますので、「払わない」ではなく「精査して交渉する」が正しい対応です。 - 裁判になれば、37,675円のような低い金額で済むのですか?
-
そうとは限りません。
紹介した裁判例は関与期間が約3時間と短い事案であり、関与期間が長い場合や作品数が多い場合には、認容額は大きくなり得ます。
ご自身の事案での見通しは、利用状況を確認した上でご説明します。
- 個別の事情に関係なく、一律の金額を提示されました。減額できますか?
-
一律の基準額を提示する運用をとる権利者側代理人もあるとされています。
一律の提示であっても、あなたの実際の関与期間・利用規模、複数請求の有無といった個別事情は、交渉の材料になり得ます。提示額のまま応じる前に、一度ご相談ください。
- 複数の会社から請求が届いています。1社ずつ示談してよいですか?
-
全体を確認した上での設計が必要です。
トレントの事案では請求が複数続くことが多く、1社目に手持ち資金を使い切ると、2社目以降の対応ができなくなります。
過去の利用の全体像から今後の請求を見積もり、総額を設計した上で交渉に入るべきです。 - 示談金を支払う資力がありません。どうすればよいですか?
-
減額交渉に加えて、分割払いの交渉や、複数請求を見込んだ総額の設計など、支払能力に応じた解決の組み立てがあります。
詳しくは、支払いが難しい場合の対応を解説した記事をご参照ください。
- そもそも開示に同意するか、拒否するかを迷っています。
-
同意・不同意の判断は、手続のルート(裁判所の申立てを経ているか)や利用の心当たりの有無によって考え方が異なります。
判断の枠組みは意見照会書への対応を解説した記事で、不同意と回答した後の流れは別の記事で、それぞれ解説していますので、あわせてご確認ください。
まとめ
トレントの示談金は、1作品数十万円、包括で50万〜100万円程度の提示が多いとされますが、その金額は権利者側の希望額であって、裁判所が認める損害額ではありません。
裁判所には、実際の関与期間に基づいて約278万円の主張を37,675円まで限定した例があり、調査の信頼性が否定されて請求が退けられた例もあります。
当事務所では、調査記録と請求根拠の精査、裁判例に基づく減額交渉、複数請求を見据えた総額の設計まで、一貫して対応しています。
提示された金額に応じる前に、その金額の根拠を確認するところから、まずはご相談ください。
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