トレントの示談は「ログ保存期間が過ぎるまで待つ」べきか|待機する方法の仕組みとリスクを弁護士が解説

目次

【この記事の結論・要約】

  1. 「ログ保存期間の経過を待つ」とは、追加の開示請求が届き得る範囲を確定させてから、全体を見渡して対応を決めるという考え方です。複数の請求が見込まれる事案では一定の合理性があります。ただし、「債務が消える」「待てば安全になる」という手法ではありません。
  2. この方法が意味を持つのは、まだ開示の手続に着手されていない過去の通信に限られます。すでに意見照会書が届いた分の通信記録は保全されており、待っても消えません。待機は「追加請求の範囲を確定させる手法」であって、「免責の手法」ではない——この区別が、この論点のすべての出発点です。
  3. 待機には、既に届いている案件の交渉が長期化することに伴うリスク(訴訟の提起、遅延損害金、刑事告訴に発展したとされる相談例の報告)が伴います。また、権利者側の運用は変化しているとされ、過去の傾向が今後も続く保証はありません。採否は、利用の規模・資力・リスクの許容度を踏まえた個別の判断を要します。

はじめに

「トレントの示談は急ぐな、ログ保存期間が過ぎるまで待てばいい、という解説を見た」 「別の事務所のサイトには、示談を先送りすると刑事告訴のリスクがあると書いてあった。言っていることが真逆で、どちらを信じればいいのか分からない」

トレント(BitTorrent)の開示請求への対応をインターネットで調べると、「ログ保存期間の経過を待ってから解決する」という方法の解説がされていることがあります。
この方法を積極的に推奨する法律事務所がある一方で、そのリスクを強く警告する法律事務所もあり、正反対の情報に挟まれて混乱している方が少なくありません。

本記事では、どちらかの立場に立つのではなく、この手法が法的な構造としてどう機能するのか、どんなリスクと引き換えなのかを中立に解説します。
その上で、この方法が向く事案と向かない事案を整理します。

なお、示談金の相場と減額交渉、複数請求を前提とした示談の設計については、それぞれ別の記事で解説しています。

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「ログ保存期間が過ぎるまで待つ」とは、どういう手法か

まず、仕組みを確認します。

権利者側があなたを特定するには、プロバイダが保有する通信記録(ログ)が必要です。
監視システムが記録したIPアドレスと通信日時を、プロバイダのログと突き合わせて初めて、契約者にたどり着けるからです。

そして、プロバイダのログは無期限には保存されていません
保存期間はプロバイダごとに異なり、多くは公表されていませんが、有限であることは確かです。
ログが消えた通信については、権利者が開示請求をしても、プロバイダは照合のしようがなく、特定は事実上できなくなります。

ここから、次の考え方が導かれます。
トレントの利用をやめた日から、プロバイダのログ保存期間に手続上の時間差を加えた期間が経過すれば、それ以降、過去の利用について新たな開示請求が届くことは、事実上なくなっていく。
だから、その時点まで示談の最終判断を保留し、それまでに届いた請求の全体を見てから、どの範囲をいくらで解決するか(あるいは解決しないか)を決めるというのが、「ログ保存期間の経過を待つ」という手法の内容です。

複数の権利者から時間差で請求が届きやすいトレントの構造を踏まえた、「全容を見てから決める」という発想自体には、一定の合理性があります。
問題は、この手法に何ができて、何ができないのかを正確に理解しないまま、「待てばいい」という結論だけが独り歩きしやすいことです。

待機によって効果があること・ないこと

効果があること:まだ手続に着手されていない過去の通信

ログ保存期間の経過が意味を持つのは、権利者がまだ開示の手続に着手していない通信です。
ログが消えれば、その通信からあなたを特定する手段が失われるため、「これから新たに届く請求」の範囲は、時間の経過とともに閉じていきます。

つまりこの手法は、「追加請求がどこまで来るのか分からない」という不確実性を、時間をかけて確実性に変える手法です。

効果がないこと①:すでに意見照会書が届いた分

すでに意見照会書が届いた通信については、この手法は機能しません。
意見照会書が届いたということは、権利者の開示請求を受けてプロバイダがあなたを特定済みであり、その通信の記録は手続のために保全されているからです
この分の記録が、待っている間に消えることは期待できません。

したがって、すでに届いた請求は、待機の対象ではなく、待機期間中も管理し続けるべき対応中の案件です。
「待つ」という言葉から、届いた書面も放置してよいと誤解することが、この手法をめぐる最も危険な間違いです。

効果がないこと②:保全の手続がとられた通信

権利者側は、裁判所の手続を通じて、ログの消去を禁止する命令を求めることができます。
この保全がなされた通信については、通常の保存期間が過ぎても記録は維持されます。
ログ保存期間の計算だけでは、請求の可能性を完全には読み切れないのです。

効果がないこと③:開示済み案件の損害賠償債務そのもの

すでに開示に至った案件の損害賠償請求権は、ログの有無とは関係なく存続します。
この債務が消えるかどうかは、消滅時効という別の制度の問題であり、ログ保存期間の経過とは無関係です(時効の考え方は別の記事で解説しています。)。

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まとめると、この手法は「追加請求の範囲を確定させる手法」であって、「責任を免れる手法」ではありません。
待機の先にあるのは「免責」ではなく、「確定した全体像に基づく交渉」です。

待機を選ぶ場合の、実際の進め方

この方法を採る場合、実務的には次のように進めます。

  1. 利用の全体像の整理:利用期間、対象作品とメーカーの範囲、そして最終利用日(トレントを完全にやめた日)を特定します。待機期間の起算点はここになります。
  2. プロバイダのログ保存期間の見当:契約しているプロバイダの保存期間について、公開情報・実務上の報告から見当をつけます。ただし、多くのプロバイダは保存期間を公表しておらず、想定より長い期間の後に照会が届いた例も報告されているため、この見積りには常に不確実性が残ります(プロバイダごとの傾向は、各社別の解説記事をご参照ください。)。
  3. 既存案件の管理された保留:すでに届いている請求については、弁護士が窓口となって権利者側と連絡を維持しながら、示談の時期の調整を図ります。事情を示して時期の猶予について理解を求める交渉が行われることもあります。
  4. 期間経過後の全体判断:見込んだ期間が経過し、新たな照会が届かない状態を確認した上で、届いた請求の全体について、示談の範囲・金額・順序を判断します。

重要なのは、3の局面です。待機とは、権利者側との連絡を絶って書面を放置することではありません。
窓口を維持し、期限のある書面(意見照会書等)には期限内に対応しながら、最終判断の時期を待機期間まで延ばすことにより、損害賠償の全体像を把握します。

待機のメリット

この方法の利点は、次の3点に整理できます。

  1. 総額の設計が可能になる:請求が出そろってから判断するため、全体でいくらの負担になるのかを確定させた上で、示談の範囲(個別か包括か)と配分を設計できます。
  2. 場当たりな示談の回避:1社目に手持ち資金を使い切った後で2社目が届く、という複数請求事案の典型的な失敗を構造的に避けられます。
  3. 見通しによる精神的な安定:「次がいつ届くか分からない」という不安に、「この時期まで待てば範囲が確定する」という見通しを与えられます。

待機のリスクと限界

一方で、この方法には次のリスクと限界があります。

  1. 既存案件の交渉長期化に伴うリスク:すでに届いている案件の示談を長期間保留することは、権利者側に「この相手は示談に応じない」という判断材料を与え続けることでもあります。権利者側が訴訟の提起に踏み切れば対応せざるを得ず、また、対応を弁護士に依頼する場合は別途の費用が発生することもあります。
  2. 刑事のリスク:示談の先送りや拒否的な対応を続けた結果、刑事告訴に発展したとされる相談例の報告も見られます。すべての事案で現実化するものではありませんが、「示談しなくても何も起きない」という前提でこの方法を選ぶことはできません。
  3. 権利者側の運用の変化:過去に訴訟や告訴が少なかったという経験則は、将来もそうであることを保証しません。権利者側の対応方針は時期によって変化しているとされており、今後は民事訴訟の提起や刑事告訴が活発化する可能性があります。
  4. 期間を読み切れない不確実性:上述した保全の可能性に加え、ログ保存期間自体が非公開のプロバイダが多く、「もう大丈夫」と言い切れる時点は厳密には確定できません。
  5. 時間そのものの負担:解決までに半年から2年以上を要することもあり、その間、問題を抱え続ける精神的な負担は小さくありません。

また、そもそも「全容の把握」が目的であれば、ログ保存期間の満了まで待ち切る以外に、一定期間新たな照会が届かないことを確認した時点でおおむねの範囲を判断する、という中間的な進め方もあり得ます。
「待つか、待たないか」の二者択一ではなく、どこまで待つかにも幅があります。

どんな事案に向き、どんな事案に向かないか

以上を踏まえると、この方法の向き不向きは、次のように整理できます。

向く可能性があるのは、①利用期間が長く、対象作品・メーカーが多岐にわたり、複数請求がほぼ確実な事案、②資力に限りがあり、全体像を見ずに個別の示談を重ねると資金が行き詰まる事案、③長期戦の負担を引き受けてでも総額の最適化を優先したい方です。

向かないのは、①利用が単発・少数で、追加請求の可能性が低く、待つ意味自体が乏しい事案(この場合、早期の示談で確定させる方が総コストは小さくなり得ます)、②早く問題を終わらせて日常に戻ることを優先したい方、③訴訟や刑事告訴のリスクを許容できない方、④勤務先や資格との関係で、事態の長期化・刑事化を特に避けるべき事情のある方です。

つまり、この方法は「トレント事案の正解」でも「危険な悪手」でもなく、事案の規模とあなたの優先順位によって、合理的にも不合理にもなる選択肢の一つです。

当事務所の考え方

当事務所は、「必ず待機する」「必ず早期に示談する」といった定型の方針を、すべての事案に機械的に当てはめることはしません。

利用の全体像、判明している請求の数と内容、プロバイダのログ保存期間の見通し、資力、そしてご本人の意向(早期の確定を望むのか、総額の最適化を望むのか)を確認した上で、待機・早期示談・その中間のいずれが合理的かを、リスクの説明とセットでご提案します。
待機を選ぶ場合には、既存案件の窓口の維持と期限管理を当事務所が行い、進めます。

どちらの方法にも対応できるからこそ、あなたの事案にとっての最適を判断できると考えています。

よくある質問(FAQ)

ログ保存期間が過ぎるまで待てば、示談金を払わなくて済むのですか?

そうではありません。

待機によって変わるのは「これから新たに届く請求の範囲」であり、すでに届いている請求や、開示済みの案件の損害賠償債務が消えるわけではありません。
待機は、全体像を確定させてから交渉するための手法であって、支払いを免れる手法ではありません。

すでに届いた意見照会書の分も、待てば消えますか?

消えません。

意見照会書が届いた通信の記録は、手続のために保全されています。
届いた書面には回答期限があり、待機を選ぶ場合でも、期限内の対応と窓口の維持は必要です。
放置とはまったく別のものだとご理解ください。

待っている間に、訴えられることはありませんか?

あり得ます。

すでに開示に至っている案件について示談を長期間保留すれば、権利者側が訴訟の提起に踏み切る可能性はあり、その場合は遅延損害金の負担も生じ得ます。

また、刑事告訴に発展したとされる相談例の報告もあります。

待機はこれらのリスクと引き換えの選択であり、リスクを許容できるかどうかの見極めが重要になります。

ログ保存期間は、正確に分かるのですか?

多くのプロバイダは保存期間を公表しておらず、正確には分かりません。
実務上の報告から見当をつけることはできますが、想定より長い期間の後に照会が届いた例や、保全の手続により記録が維持される場合もあり、「この日を過ぎれば絶対に大丈夫」という計算はできません。

時効まで待つのとは、何が違うのですか?

別の制度です。

ログ保存期間の経過は「新たな特定を事実上できなくする」もので、権利そのものを消すわけではありません。
これに対し消滅時効は、損害賠償請求権そのものの消滅に関わる制度です。

期間も起算点も異なりますので、詳しくは時効について解説した記事をご覧ください。

事務所によって言うことが真逆で、混乱しています。

「待機を推奨する」見解と「早期示談を推奨する」見解の対立があるのは事実です。

ただ、本記事で解説したとおり、この手法は事案によって合理的にも不合理にもなるものであり、どちらの定型方針が正しいかという問いの立て方自体が適切ではありません。
あなたの利用の規模・請求の状況・資力・意向を確認した上で、あなたの事案での最適を判断すべきですので、両方の選択肢に対応できる弁護士に、事情を伝えてご相談ください。

まとめ

「ログ保存期間が過ぎるまで待つ」という方法は、追加請求の範囲を時間をかけて確定させ、全体像に基づいて交渉するための手法です。
複数請求が見込まれる事案での合理性がある一方、すでに届いた請求には効かず、待機中の訴訟・刑事告訴・遅延損害金のリスクと、期間を読み切れない不確実性を伴います。

この方法を検討する際の判断基準は、次の3点に集約されます。
①あなたの利用規模からみて、確定を待つ価値のある「未確定の範囲」がどれだけあるか。②既存案件の保留リスクを許容できるか。③長期戦の負担に耐えられるか

当事務所では、待機・早期示談のいずれの方針にも対応し、事案ごとにリスクの説明とセットで最適な進め方をご提案しています。
「待てばいい」とも「急ぐべきだ」とも決めつけずに判断したい方は、まずはご相談ください。

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この記事を書いた人

髙田法律事務所の弁護士。東京弁護士会所属 登録番号60427
インターネットの誹謗中傷や離婚、債権回収、刑事事件やその他、様々な事件の解決に携わっている。
最新のビジネスや法改正等についても日々研究を重ねている。

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