既婚を「積極的に偽った」といえるか|黙っていただけの場合に貞操権侵害は成立するか

目次

【この記事の結論・要約】

  1. 「独身だと積極的には言っていない(黙っていただけだ)」という事情は、成立要件のうち欺罔を争う中核になり得ます。純然たる沈黙にとどまり、相手が一方的に独身と思い込んだにすぎない場合には、成立が否定される方向にあるとされています。
  2. もっとも、明確に「独身だ」と口にしていなくても、独身であるかのように装う外形的な行為があれば、欺罔があったと評価される余地があります。「黙っていた」というだけで当然に反論が通るわけではありません。
  3. 反論の成否は、相手が既婚であることを認識し得たかどうかといった事情とも結びついて判断されます。

はじめに

交際していた相手から、既婚であることを伏せていたとして「貞操権を侵害された」と慰謝料を請求される。
このとき、「自分は『独身だ』とは一度も言っていない。ただ黙っていただけだ」と考える方は少なくありません。

本記事は、こうした場面、すなわち請求を受けた側が成立そのものを争う局面のうち、「既婚を積極的に偽ったといえるか(欺罔があったといえるか)」という点に絞って解説します。

貞操権侵害の慰謝料を請求された場合、対応の方向性は大きく二つに分かれます。

  • 成立そのものを争う:貞操権侵害は成立していないとして、支払義務自体を否定する方向。本記事が扱う「黙っていただけだ」はこちらに含まれます。
  • 金額を争う(減額):責任があること自体は前提としつつ、金額が過大であるとして減額を求める方向。減額の考え方は別の記事で扱っています。

なお、成立を争う際には、「結婚を前提とした関係だったか(婚姻への期待があったか)」という別の観点も問題になります。
この点は別の記事で扱っており、本記事は「偽ったといえるか(欺罔)」に焦点を当てます。

また、本記事が想定しているのは、独身の相手に既婚であることを伏せていた側からの反論です。相手が独身である以上、相手の配偶者から慰謝料を請求されるといった場面は問題になりません。この点を混同した情報も見受けられますが、本記事の事案では当てはまらないと考えてよいでしょう。

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貞操権侵害における「欺罔」|何をもって「偽った」といえるか

欺罔は成立要件の一つ

既婚であることを伏せていた事案で貞操権侵害の成否が問題になる場面では、おおむね次の要素が検討されるとされています。

  • 相手の判断を誤らせる働きかけがあったこと(欺罔):独身であると偽る、あるいは独身であると信じさせるような言動があったこと。
  • 相手に婚姻への期待を生じさせ、その期待に乗じたこと
  • 相手がその期待ゆえに性的関係に応じたこと

本記事が扱うのは、このうち一つ目の欺罔です。
「独身だと偽ったといえるか」が争点になります。

「偽った」とは明確な虚言だけを指すわけではない

ここで注意が必要なのは、欺罔は「独身です」と明確に口にした場合に限られない、という点です。
明確に嘘をつくケースだけでなく、独身であるかのように装う行為があった場合にも、相手を誤信させたと評価される余地があるとされています。

したがって、「はっきりと『独身だ』とは言っていない」という一事だけで欺罔が否定されるとは限りません。
明言の有無ではなく、独身であると誤信させるような言動があったかが問われることになります。

「成立を争う」と「減額」は別の主張

欺罔を争う主張は、成立そのものを否定する方向の主張です。
金額が過大であるとして減額を求める主張とは、性質が異なります。
まずはどちらの立場で臨むのかを整理しておくことが出発点になります。

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「積極的に嘘をついていない=黙っていただけ」は反論になるか

純然たる沈黙にとどまる場合

独身であると積極的に述べたわけではなく、相手が一方的に独身であると思い込んだにすぎない、という場合には、欺罔があったとはいえず、貞操権侵害の成立が否定される可能性があります。
相手が勝手に勘違いしていたにとどまるのであれば、性的関係を持つかどうかの判断を誤らせる働きかけがあったとはいえないと評価されうるからです。

「黙っていた」だけでは足りないことがある

一方で、「黙っていた」という説明だけで当然に反論が通るわけではありません。
明確に「独身だ」と口にしていなくても、独身であるかのように装う外形的な行為があれば、欺罔があったと評価される余地があるとされています。

つまり、「黙っていただけだ」という反論の成否は、純然たる沈黙にとどまっていたのか、それとも独身と誤信させるような行為があったのかによって分かれることになります。
以下、後者に傾きやすい類型を整理します。

「独身を装った」と評価されやすい事情

以下のような事情がある場合には、明確な虚言がなくても「独身を装った」と評価されやすいです。
いずれも、それ単独で結論が決まるわけではなく、関係の実態を総合して判断される点に注意が必要です。

  • 婚活を前提とするサービスへの登録・参加:独身であることを前提とするマッチングサービスや婚活の場に、独身として登録・参加していた場合。独身であることを表示して相手と出会っていること自体が、独身と誤信させる行為に近づきます。
  • 独身であるかのような生活状況を作っていた:結婚指輪を外して会う、別に住まいを用意して一人暮らしを装うなど、既婚であることをうかがわせる事情を意図的に隠していた場合。
  • 独身を前提とする相手の言動をあえて否定しなかった:相手が独身であることを前提に接してきたのに対し、これを訂正せず、独身であるとの誤信を積極的に利用していたとみられる場合。

これらの事情があると、「黙っていただけだ」という説明が、外形的には独身を装う行為と評価され、反論が通りにくくなる傾向にあります。

「黙っていただけ」という反論を支える事情

「黙っていただけだ」という反論を通すには、その裏づけとなる事情を整理しておくことが重要です。
請求された側として示すことが考えられるものとして、次のような点が挙げられます。

  • 独身を積極的に装う行為がなかったこと:上述したような、独身と誤信させる外形的行為が存在しなかったことを示す事情。
  • 相手が既婚を認識し得た、あるいは薄々気づいていた事情:相手が既婚であることに気づいていた、あるいは容易に確認できたのに確認しなかったといえる事情。相手が既婚であると気づいていたのであれば、独身との誤信を前提とした欺罔があったとはいえない方向に働くとされています。ただし、これは中心的な柱というより、欺罔の不存在を補強する事情として位置づけられるものと考えるのが穏当です。
  • やり取りの実態を示す記録:当時のメッセージや連絡の履歴など、関係の実態を客観的に示す資料。

これらの事情は、時間の経過とともに確認が難しくなることがあります。
やり取りの履歴などは、早い段階で整理・保全しておくことが望ましいといえます。

やってはいけない対応・留意点

反論の方向性が見えても、対応を誤ると状況を悪化させかねません。
次の点に留意してください。

  • 感情的に直接反論しない:相手に直接連絡して感情的なやり取りをすることは、かえって不利な言質を与えることにつながりかねません。
  • やり取りの履歴を削除しない:関係の実態を示す記録は、反論を支える重要な材料になります。安易に削除しないことが大切です。
  • 「黙っていただけだから問題ない」と放置しない:ご自身では成立しないと考えていても、請求を放置すると訴訟に移行し、対応の機会を逃すことがあります。また、時間の経過により請求が認められなくなる場合もあります。反論できる事案であっても、適切な時期に適切な形で主張することが必要です。
  • 別個の違法評価が問題となる余地がある:事案によっては、貞操権侵害とは別の観点から違法性が問題とされる余地もあります。「黙っていただけだから何ら責任は生じない」と早計に判断せず、事案の全体像を踏まえて検討することが望まれます。
  • 欺罔の点だけで判断しない:欺罔の点で争える場合でも、婚姻への期待があったかどうかという別の観点と併せて検討する必要があります。
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「独身だと偽ったといえるか」は、当事者の受け止め方や外形的な事情によって評価が分かれやすい、繊細な論点です。
反論の見通しや進め方に迷われる場合には、早めに弁護士へご相談ください。

よくある質問(FAQ)

「独身です」と一度も言っていなければ、慰謝料を払わなくてよいですか。

必ずしもそうとはいえません。

明確に「独身だ」と口にしていなくても、独身であるかのように装う行為があれば、欺罔があったと評価される余地があります。
「明言していない」という一事だけで反論が通るとは限らず、独身と誤信させる行為があったかどうかが問われます。

相手が勝手に独身だと思い込んでいた場合はどうなりますか。

純然たる沈黙にとどまり、相手が一方的に独身であると思い込んだにすぎないといえる場合には、欺罔があったとはいえず、成立が否定される可能性があります。
もっとも、その「思い込み」が客観的な事情に裏づけられているか、独身を装う行為がなかったといえるかが問われますので、関係の実態を示す材料が重要になります。

婚活アプリには独身で登録していたが、口では何も言っていない場合はどうですか。

独身であることを前提とするサービスに独身として登録・参加していた場合には、口頭で明言していなくても、独身と誤信させる行為に近いと評価されやすい傾向にあります。
「口では言っていない」という説明だけでは、反論として十分でないことがあります。

「黙っていただけ」という反論と、「金額が高すぎる」という主張はどう違いますか。

前者は貞操権侵害の成立そのものを争う主張であり、後者は責任を前提としつつ金額の減額を求める主張です。

性質が異なりますので、どちらの立場で争うのかを整理しておく必要があります。

まとめ

貞操権侵害の慰謝料を請求されたとき、「独身だと積極的には言っていない、黙っていただけだ」という反論は、成立要件のうち欺罔を争う重要な部分です。
ポイントを整理すると次のとおりです。

  • 欺罔は明確な虚言に限られず、独身であるかのように装う行為も含まれうること。
  • 純然たる沈黙にとどまり、相手が一方的に独身と思い込んだにすぎない場合には、成立が否定される可能性があること。
  • 一方で、独身を装う外形的行為があれば、明言がなくても欺罔と評価される余地があり、「黙っていた」だけで当然に反論が通るわけではないこと。
  • 反論の成否は、相手が既婚を認識し得たかどうかといった事情とも結びついて判断されること。
  • 成立を争う主張と減額を求める主張は性質が異なるため、立場を明確にして臨むこと。

反論の見通しや進め方には専門的な判断が必要になります。
当事務所では、貞操権侵害の慰謝料を請求された方の対応に取り組んでおり、「独身と偽ったといえるか」という成立の点を争う反論から減額交渉まで対応しています。
請求を受けてお困りの際は、お早めにご相談ください。

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この記事を書いた人

髙田法律事務所の弁護士。東京弁護士会所属 登録番号60427
インターネットの誹謗中傷や離婚、債権回収、刑事事件やその他、様々な事件の解決に携わっている。
最新のビジネスや法改正等についても日々研究を重ねている。

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