不貞慰謝料|「婚姻破綻を信じた」なら過失なし?最高裁最新判決を弁護士が解説

目次

【この記事の結論・要約】

  1. 最高裁令和8年6月5日判決は、不貞慰謝料の過失判断について、「離婚したと信じた相当の理由がない」だけで直ちに過失ありとはいえず、「婚姻関係が破綻していると信じ、かつそう信ずるについて相当の理由があったか」も検討すべきとする初判断を示しました。
  2. この判決は、不貞慰謝料を請求される側(不貞相手方)にとって、「離婚」だけでなく「婚姻関係の破綻」を信じた事情も過失を否定する根拠になりうることを明確にした点で、実務上極めて重要です。
  3. 尾島明裁判官の補足意見は、不貞慰謝料訴訟の正しい審理フローを4段階で示し、下級審に対して「安易で紋切り型の判断」に陥らないよう警告しています。

はじめに

令和8年6月5日、最高裁判所第二小法廷は、不貞慰謝料の過失判断に関して新たな判断枠組みを示す判決を言い渡しました(令和7年(受)第933号損害賠償請求事件)。

これまでの下級審実務では、不貞相手方が「交際相手は離婚していると聞いていた」と主張しても、「離婚したと信じるについて相当の理由がない以上、過失がある」として慰謝料の支払いを命じるケースが多く見られました。

しかし本判決は、「離婚したと信じた相当の理由がない」だけでは直ちに過失があるとはいえず、「婚姻関係が既に破綻していると信じ、かつそう信ずるについて相当の理由があったか」も別途検討しなければならないと判示し、原審(高松高裁)の判断を破棄して差し戻しました。

本稿では、本判決の事案の概要、最高裁の判断内容、尾島明裁判官の補足意見の要旨、そして本判決が今後の不貞慰謝料の実務に与える影響について解説します。

前提知識:不貞慰謝料における「故意」と「過失」

本判決の理解に必要な前提知識を簡潔に整理します。

不貞行為と不法行為

配偶者のある人と肉体関係を持った第三者(不貞相手方)は、他方の配偶者に対して、不法行為(民法709条)に基づく慰謝料の支払い義務を負うことがあります。
これがいわゆる「不貞慰謝料」です。

不貞行為によって侵害される権利利益は、「婚姻共同生活の平和の維持」であるとされています。

不法行為の成立には故意または過失が必要

不法行為に基づく損害賠償が認められるためには、加害者に「故意」または「過失」が必要です(民法709条)。
不貞慰謝料の文脈では、以下のように整理されます。

故意とは、相手が既婚者であることを知りながら肉体関係を持った場合です。
この場合、不貞相手方は不貞慰謝料の責任を負います。

過失とは、相手が既婚者であることを知らなかったが、通常の注意を払えば知ることができた場合です。
この場合も、不貞相手方は不貞慰謝料の責任を負います。

逆にいえば、相手が既婚者であることを知らず、知らなかったことに過失もなかった場合は、不貞慰謝料の責任を負いません。

「離婚していると聞いていた」場合の扱い

実務上しばしば問題になるのが、不貞相手方が「交際相手から離婚していると聞いていた」「もう夫婦関係は終わっていると言われていた」と主張するケースです。

このような主張が認められるかについて、従来の下級審は不貞慰謝料については「婚姻関係が破綻していたと信ずるについての相当の理由があった」場合に限り過失を否定し、「相当の理由がない」場合は過失を認定するという判断枠組みをとることが多くありました。

なお、離婚慰謝料については「離婚したと信ずるにつき相当の理由があった」場合に過失を否定するという枠組みになっています。

婚姻関係が破綻していた場合の法理

これに関連する重要な先行判例として、最判平成8年3月26日(民集50巻4号993頁)があります。
同判決は、「婚姻関係がその当時既に破綻していたときは、特段の事情のない限り、不貞相手方は不法行為責任を負わない」旨判示しました。

これは、不貞慰謝料が保護する利益は「婚姻共同生活の平和の維持」であるところ、婚姻関係が既に破綻していれば保護すべき利益がもはや存在しないため、不法行為は成立しないという論理です。

本判決が問題としたのは、この「婚姻関係が破綻していたと信じた」場合と、「離婚したと信じた」場合の区別です。

事案の概要

当事者関係と婚姻の経緯

被上告人(元夫)とA(元妻)は、平成19年7月に婚姻し、3人の子をもうけました。
上告人(不貞相手方とされた男性)は飲食店を経営しており、Aは令和4年秋頃からその飲食店に勤務していました。上告人自身は令和5年3月に妻と離婚し、独身でした。

夫婦関係の悪化

被上告人とAの夫婦関係は、被上告人の自己破産や子らの面倒を余りみなかったことなどが原因で悪化していきました。令和5年6月頃には、同居はしていたものの、会話をすることがほとんどなく、メールにより用件を伝え合うだけの関係になっていました。

令和5年6月頃、被上告人がAに対して離婚を考えていると伝え、Aもこれに異論なく了承しました。
令和5年8月頃には、被上告人からメールで「家計を別々に管理すること」「互いのプライバシーに干渉しないこと」が提案され、Aはこれに同意しました。

Aと上告人の関係

Aは、被上告人との離婚について上告人に相談するうちに上告人に好意を抱くようになりました。
Aは上告人に対し、自ら記入済みの離婚届を見せ、被上告人とは離婚するつもりであることを伝え、被上告人からの「プライバシーに干渉しない」旨のメールも見せました。

その後、Aは上告人宅で深夜まで過ごすようになり、原審は令和5年8月頃には上告人とAが肉体関係を持ったと推認しました。
令和5年11月14日、被上告人とAは協議離婚しました。

原審(高松高裁)の判断とその問題点

原審は以下のように判断しました。

故意については、上告人がAから離婚をしたとの報告を受けていた可能性は相当程度あり、上告人がAは既婚者であると知りながら肉体関係を持ったとは認められないとして、故意を否定しました。

しかし過失については、「離婚したとか婚姻関係が破綻しているなどと虚言を弄して不貞行為に及ぶ者が多いことは世上よく知られているところ」として、Aの話を鵜呑みにしたことに注意不足があると判断し、「離婚したと信ずるにつき相当の理由があったということはできない」として過失を認め、慰謝料の支払いを命じました。

この原審の判断の論理構造は、「離婚したと信じる相当の理由がない」→「直ちに過失あり」というものでした。

最高裁の判断——破棄差戻しの理由

最高裁は、原審の判断を破棄し、事件を高松高裁に差し戻しました。

最高裁は、上告人がAと肉体関係を持つまでの間に認識していた以下の事実を重視しました。

  • Aから被上告人と離婚する強固な意思があることを伝えられていたこと。
  • Aから記入済みの離婚届を見せられていたこと。
  • 被上告人からの「家計を別々に管理する」「互いのプライバシーに干渉しない」旨のメールのやり取りを見せられていたこと。

これらの事実から、上告人は「Aのみならず被上告人も夫婦としての婚姻共同生活を解消する意向を示していることを知り、婚姻共同生活の実体が既に失われていると認識したこともうかがわれる」としました。

そのうえで、最高裁は以下のとおり判示しました。

「上告人においてAが離婚したと信じたことについて相当の理由があったか否かを検討するにとどまり、上告人において婚姻関係が破綻していたと信じ、かつ、そう信ずるについて相当の理由があったか否かを検討することなく直ちに上告人に過失があるとした原審の判断には、過失に関する法令の解釈適用を誤った違法がある」

つまり、「離婚したと信じた相当の理由がない」だけで直ちに過失ありと判断するのではなく、「婚姻関係が既に破綻していると信じ、かつそう信ずるについて相当の理由があったか」を別途検討すべきであるという判断枠組みが示されました。

この判断の背景には、最判平成8年3月26日(民集50巻4号993頁)の法理があります。
前述したように、同判決は、「婚姻関係がその当時既に破綻していたときは、特段の事情のない限り、不貞相手方は不法行為責任を負わない」としています。
婚姻関係が破綻していれば不法行為責任を負わないのであれば、第三者が「破綻していた」と合理的に信じていた場合にも過失を否定する余地があるという論理です。

尾島明裁判官の補足意見——実務への重要な示唆

尾島裁判官の補足意見は、法廷意見の射程を超えて、不貞慰謝料訴訟の審理全般に対する極めて重要な指摘を含んでいます。
裁判官全員一致の判決であることから、この補足意見は今後の下級審に大きな影響を与えると考えられます。

不貞慰謝料と離婚慰謝料は訴訟物が異なる

尾島裁判官は、不貞行為に関する損害賠償請求には2種類があることを明示しました。
不貞行為自体を理由とする慰謝料(不貞慰謝料)と、不貞行為により夫婦を離婚するに至らせたことを理由とする慰謝料(離婚慰謝料)です。

この両者は訴訟物を異にするものであり、離婚慰謝料については、最判平成31年2月19日(民集73巻2号187頁)が「単に不貞行為に及ぶにとどまらず、夫婦を離婚させることを意図して婚姻関係に対する不当な干渉をするなどの特段の事情がない限り、請求できない」としています。

尾島裁判官は、請求の趣旨が曖昧な場合には、裁判所が釈明権を行使して不貞慰謝料と離婚慰謝料の区別を明確にすべきであると指摘しています。

不貞慰謝料の正しい審理フロー(4段階)

尾島裁判官は、不貞慰謝料の審理において裁判所が踏むべき検討順序を以下のとおり整理しました。

第1段階として、不貞相手方と配偶者の間に肉体関係があったか否かを認定します。肉体関係が認定できなければ、請求は棄却されます。

第2段階として、不貞相手方が「配偶者は離婚していた」と信じる相当の理由があったか否かを検討します。相当の理由があれば、過失なしとして請求は棄却されます。

第3段階として、「離婚を信じた相当の理由」が認められない場合、最判平成8年3月26日を踏まえ、不貞行為の当時、婚姻関係が破綻していたか否かを審理します。婚姻関係が破綻していた場合、不貞相手方の認識を問わず、請求は棄却されます。

第4段階として、婚姻関係が破綻していなかった場合、「婚姻関係が破綻していたと信じ、かつそう信ずるについて相当の理由があったか否か」を審理します。この相当の理由が認められれば過失なしとして請求は棄却され、認められなければ初めて請求認容の余地が生じます。

「安易で紋切り型の判断」への警告

尾島裁判官は補足意見の末尾で、「安易で紋切り型の判断に陥らないよう、裁判所及び当事者において、平成8年判例及び平成31年判例の趣旨を十分踏まえて、必要かつ適切な訴訟活動等をすることを怠ってはならない」と異例の付言をしています。

これは、原審のような「離婚を信じた相当の理由がない → 直ちに過失あり」という短絡的な判断が、下級審で繰り返されている現状に対する強い警告と読むことができます。

本判決の実務上の意義と影響

不貞慰謝料を請求される側(不貞相手方)にとっての意味

本判決により、不貞慰謝料を請求された不貞相手方は、「離婚していたと信じた」という主張が認められなかった場合でも、「婚姻関係が既に破綻していたと信じ、かつそう信ずるについて相当の理由があった」という主張で過失を否定できる可能性が最高裁判例によって明確に認められました。

「破綻を信じた相当の理由」を基礎づける事実としては、本判決の事案から以下のようなものが考えられます。

  • 交際相手から記入済みの離婚届を見せられていたこと
  • 交際相手の配偶者自身が離婚に向けた具体的な行動(家計の分離、プライバシー不干渉の提案等)を取っていたことを知っていたこと
  • 夫婦間の会話がほぼなくなっていたこと
  • 双方が離婚に異論がないことを確認していたこと

不貞慰謝料を請求する側(配偶者)にとっての意味

本判決は、不貞慰謝料を請求する配偶者にとっては、立証のハードルが上がる方向に作用します。

「離婚を信じた相当の理由がない」ことを立証するだけでは足りず、「婚姻関係が破綻していなかったこと」と「破綻していたと信じる相当の理由もなかったこと」の両方を立証する必要があります。
※正確には、慰謝料を請求する側が、過失を根拠付ける事実(評価根拠事実)を主張・立証し、慰謝料を請求される側が過失を妨げる事実(評価障害事実)を主張・立証する必要があります。

特に、夫婦関係が悪化している状態で配偶者が離婚に向けた具体的な行動(離婚の合意、家計の分離、別居等)を取っていた場合、不貞相手方にとって「破綻を信じた相当の理由」が認められやすくなることに留意が必要です。

今後の下級審への影響

尾島裁判官が補足意見で示した4段階の審理フローは、今後の下級審の判断基準として定着する可能性が高いと考えられます。

これまでの下級審では、「離婚を信じた相当の理由の有無」のみを検討し、これが認められなければ直ちに過失を認定するという判断が散見されました。
本判決は、このような判断手法が法令の解釈適用を誤ったものであることを最高裁が明言した点で、画期的です。

よくある質問(FAQ)

交際相手から「もう離婚する」と言われていました。この判決で慰謝料を払わなくてよくなりますか?

本判決は、「離婚を信じた相当の理由がなくても、婚姻関係の破綻を信じた相当の理由があれば過失は否定される」という判断枠組みを示したものであり、すべてのケースで慰謝料を払わなくてよいということではありません。

「破綻を信じた相当の理由」が認められるかどうかは、交際相手から見せられた証拠(離婚届、メール等)や具体的な事情によって個別に判断されます。
弁護士にご相談のうえ、ご自身のケースに本判決が適用される可能性があるかを確認してください。

交際相手が離婚届を見せてくれた場合、それだけで「破綻を信じた相当の理由」になりますか?

本判決の事案では、離婚届だけでなく、配偶者自身が「家計の別管理」「プライバシーの不干渉」を提案するメールのやり取りも上告人に見せられていたことが重視されています。
離婚届を見せられただけで直ちに「破綻を信じた相当の理由」が認められるかは、他の事情も含めた総合判断になります。

離婚届に加えて、夫婦間の会話の断絶、具体的な離婚協議の進行、別居等の事情があれば、相当の理由が認められやすくなると考えられます。

不貞慰謝料を請求している側ですが、この判決で不利になりますか?

本判決は、「離婚を信じた相当の理由がない」だけでは過失を認定できないとしたため、請求する側にとっては立証のハードルが上がる方向の判決です。

ただし、不貞行為自体が許されるという判断ではなく、あくまで過失の判断基準が精緻化されたものです。
相手方の主張に対して、「婚姻関係は破綻していなかったこと」や「破綻を信じた相当の理由もなかったこと」を具体的に立証する準備が重要になります。

この判決は「不貞行為をしても慰謝料を払わなくてよい」という意味ですか?

いいえ、そのような意味ではありません。

本判決は、不貞行為の過失の判断方法について、「離婚を信じた」と「婚姻関係の破綻を信じた」を区別し、後者についても検討すべきであるとしたものです。
婚姻関係が破綻しておらず、破綻を信じた相当の理由もない場合には、従来どおり不貞慰謝料の責任を負います。

本判決は差戻審で改めて審理が行われるものであり、最終的な結論はまだ出ていません。

おわりに

最判令和8年6月5日は、不貞慰謝料の過失判断について最高裁が明確な枠組みを示した重要な判決です。

「離婚」と「婚姻関係の破綻」は法的に異なる概念であり、第三者が「離婚した」と信じる相当の理由がなくても、「婚姻関係が既に破綻している」と信じる相当の理由があれば、過失は否定されうるという判断は、今後の不貞慰謝料訴訟の実務に大きな影響を与えると考えられます。

尾島裁判官の補足意見が示した4段階の審理フローは、不貞慰謝料を請求する側にとっても請求される側にとっても、今後の訴訟戦略を検討するうえでの重要な指針となります。

なお、本判決は破棄差戻しであり、差戻審の結果によって最終的な結論は変わりうる点にご留意ください。

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この記事を書いた人

髙田法律事務所の弁護士。東京弁護士会所属 登録番号60427
インターネットの誹謗中傷や離婚、債権回収、刑事事件やその他、様々な事件の解決に携わっている。
最新のビジネスや法改正等についても日々研究を重ねている。

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