【この記事の結論・要約】
- 会社契約の回線での利用であれば、意見照会書は法人(会社)宛てに届きます。損害賠償責任を負うのは実際に利用した従業員本人であり、従業員の私的なトレント利用について会社が賠償責任を負う場面は、通常限られます。
- 従業員側の最大のリスクは、賠償額よりも「会社に発覚すること」です。書類が会社に届く以上、発覚は避けられない前提で動く必要があり、就業規則違反として懲戒処分の対象となり得るため、社内対応と権利者対応を並行して設計しなければなりません。
- 会社側は、放置せずに期限内の対応を確保しつつ、社内調査による利用者の特定、回答書の記載内容、従業員の処分、再発防止を切り分けて進めることが重要です。従業員と会社の利害が対立し得る場面もあるため、初動段階での弁護士への相談が有効です。
はじめに
「会社のWi-Fiで、昼休みにトレントを使ってしまった。会社に書類が届いたらどうしよう」 「総務部宛てに、プロバイダから『発信者情報開示に係る意見照会書』という書類が届いた。社内の誰かがファイル共有ソフトを使ったらしいが、どう対応すればいいのか」
トレント(BitTorrent)による著作権侵害の意見照会書は、回線の契約者宛てに届きます。
会社が契約する回線や社用PCでの利用であれば、書類の宛先は個人ではなく法人、つまり会社です。
この類型は、家庭の回線での利用とは問題の構造が大きく異なります。
従業員にとっては「会社に知られる」という職業生活上のリスクが賠償問題に加わり、会社にとっては、身に覚えのない書類への対応、利用者の特定、従業員の処分という、通常の開示請求にはない判断を迫られることになります。
本記事では、従業員の方と会社のご担当者の双方に向けて、会社の回線・社用PCでのトレント利用が発覚した場合の法律関係と対応を、弁護士が解説します。
なお、契約者と利用者が異なる場合の基本的な構造(家庭の回線で家族が使っていたケース)は、別の記事で解説しています。

会社の回線でトレントを使うと何が起きるのか
著作権者側の監視システムが特定するのは、対象ファイルを送受信していた「IPアドレス」と「日時」です。
そのIPアドレスの契約者が法人であれば、プロバイダからの意見照会書は、法人である会社宛てに送付されます。
対象となり得る利用形態は、次のようなものです。
- 社内のネットワーク(社内Wi-Fi・有線LAN)に接続した私物端末や社用PCでの利用
- 社用PCを社外や自宅に持ち出しての利用(会社契約のモバイル回線・VPN経由で通信が会社側から出ていく場合)
- 会社が契約する寮・社宅の共用回線での利用
いずれの場合も、会社には「どの端末・誰の利用か」までは書面からは分かりません。
分かるのは、自社の回線から特定の日時に著作権侵害の疑いのある通信が行われた、ということだけです。
ここから、従業員側には発覚の問題が、会社側には調査と回答の問題が、それぞれ始まります。
なお、自宅の自分名義の回線でテレワーク中に利用した場合は、書類が届くのは自分宛てであり、本記事の類型とは異なります(この場合に勤務先に知られるリスクについては、別の記事で解説します。)。

誰が法的責任を負うのか
損害賠償責任を負うのは、実際に利用した従業員本人
著作権侵害に基づく損害賠償責任を負うのは、実際に侵害行為を行った本人、すなわちトレントを利用した従業員です。
回線の契約者が会社であっても、この原則は変わりません。
会社は賠償責任を負うのか
従業員の行為について会社が責任を負う制度として、使用者責任(民法715条)があります。
もっとも、使用者責任が成立するのは、従業員が「事業の執行について」第三者に損害を加えた場合です。
業務と無関係に、従業員が私的な目的で行ったトレント利用は、通常、事業の執行についてなされたものとは評価されにくく、会社が当然に賠償責任を負う場面は限られると考えられます。
ただし、利用の態様や業務との関係によっては個別の検討を要するため、会社として請求を受けた場合には、責任の有無を法的に整理した上で対応すべきです。
会社が対応した費用・支払いの処理
法的な賠償義務がない場合でも、会社が窓口として対応せざるを得ない局面はあります。
会社が事実上、解決金の支払いや対応費用の負担をした場合に、それを従業員に求償・請求できるか、どの範囲でできるかは、責任の所在や社内規程との関係を踏まえた個別の整理が必要です。
安易な立替えや、逆に根拠のない全額転嫁は、いずれも後の紛争の火種になります。
【従業員の方へ】会社への発覚と懲戒リスク
書類が会社に届く以上、発覚は避けられない前提で動く
まず、厳しい現実からお伝えします。
意見照会書が会社に届いた時点で、「会社に知られずに済ませる」ことは、極めて困難です。
会社は、回答のために社内調査を行います。
ネットワークの接続ログ、端末の利用記録、対象日時の在席状況などから、利用者が絞り込まれていく可能性は相当程度あります。
「黙っていればやり過ごせる」という期待を前提に行動すべきではありません。
懲戒処分の可能性
会社の回線・社用PCの私的利用は、多くの会社で就業規則や情報機器の利用規程により禁止されています。
トレントの利用は、単なる私的利用にとどまらず、会社の設備を用いた著作権侵害であり、会社に書類対応の負担や信用上のリスクを生じさせた行為として、懲戒処分の対象となり得ます。
もっとも、懲戒処分が有効となるには、就業規則上の根拠と、行為の性質・態様に照らした処分の相当性が必要です(労働契約法15条)。
トレント利用が直ちに最も重い処分(懲戒解雇)に結びつくかは、利用の期間・頻度、業務への影響、発覚後の対応の誠実さ、過去の処分例との均衡などによって異なります。
処分の内容に疑問がある場合には、その相当性を争う余地もありますので、処分を受ける前後を問わず弁護士にご相談ください。
自分から申告すべきか、黙っているとどうなるか
利用の心当たりがあるなら、自分から申告するかどうかは、極めて重要な判断です。
一般論として、調査で特定された場合と、自ら申告した場合とでは、会社側の心証も、処分の相当性の評価における事情も異なり得ます。
発覚後に虚偽の説明をしたり、証拠を隠したりした事実は、行為そのものより重く評価されることすらあります。
他方で、申告の仕方・タイミング・説明の内容次第で、その後の展開は変わります。
権利者対応(示談)と社内対応(申告・処分)は連動するため、申告の前に、全体の設計について弁護士に相談することをお勧めします。
刑事リスクと示談の重要性
トレントによる違法アップロードは、著作権法上、10年以下の拘禁刑もしくは1,000万円以下の罰金(またはその両方)の対象となり得る行為です(著作権法119条1項)。
刑事事件化を防ぐためにも、著作権者側との示談による民事解決が実務上の最優先となります。
示談の進め方や金額の考え方は、別の記事で解説しています。

【会社のご担当者へ】法人として意見照会書が届いた場合の対応
まずやること
意見照会書には、通常2週間程度の回答期限があります。
「うちの会社には関係がない」と放置することは避けてください。
回答をしないまま手続が進めば、裁判手続を経て契約者情報が開示され、著作権者側からの通知・訴状の宛先も会社になります。
初動として、①回答期限の確認、②書面に記載された対象ファイル名・通信日時・IPアドレスの確認、③社内調査の要否と体制の検討、を速やかに行ってください。
社内調査の進め方
対象日時の通信について、ネットワークの接続ログ、プロキシ・ファイアウォールの記録、端末の割当てと利用状況、在席・勤務記録などを突き合わせ、利用者の特定を試みることになります。
従業員へのヒアリングを行う場合には、次の点に留意してください。
- 対象を絞り込む前の段階で、特定の従業員を犯人扱いする言動は避ける(後の労務トラブルの原因になります)
- ヒアリングの経過と結果は記録化する
- 対象端末のデータは、初期化・廃棄せずに保全する(拙速な初期化は、事実関係を確定できなくするだけでなく、後の手続で不利益に働くおそれがあります)
回答書の作成|利用者の情報をどこまで記載するか
法人としての回答では、調査の結果を踏まえて、利用者を特定できたのか、できていないのか、開示に同意するのか否かを判断します。
特定できた場合に、従業員の氏名などの情報をどの範囲で記載するかは、従業員のプライバシー、社内手続との整合、権利者対応の見通しに関わる判断であり、慎重な検討を要します。
利用者を特定できなかった場合には、その旨と調査の経過を踏まえた回答をすることになります。
いずれの場合も、記載内容が後の手続の前提となるため、提出前に弁護士に確認することをお勧めします。
従業員の処分・求償と、権利者対応の切り分け
会社が行うべき対応は、①権利者(著作権者側)への対応、②利用した従業員への対応(処分・費用の整理)、③再発防止(規程・ネットワーク設定の見直し)の3つに切り分けられます。
この3つを混同し、たとえば「従業員を処分したから権利者対応は終わり」「示談したから処分は不要」と短絡させると、いずれかが漏れます。
特に②の懲戒処分は、拙速に行うと処分自体の有効性が争われるリスクがあるため、事実認定を固めてから、相当性のある処分を選択してください。
従業員と会社の利害が対立する場面
この類型に特有の注意点として、従業員と会社の利害は、常に一致するとは限りません。
たとえば、会社が回答書に従業員の情報を記載するかどうかの場面、会社が負担した費用を従業員に請求する場面、懲戒処分の内容を決める場面では、双方の利害は対立し得ます。
利害が対立する当事者の双方を、同一の弁護士が代理することはできないのが原則です。
したがって、「会社が相談している弁護士がいるから、自分は相談しなくてよい」(従業員側)、「本人に任せておけばよい」(会社側)という判断は、いずれも危険です。
従業員は従業員の立場で、会社は会社の立場で、それぞれ相談先を確保することをお勧めします。
やるべきこと・やってはいけないこと
従業員の方は、次の点を守ってください。
- トレントの利用を直ちに停止する
- 無断でのログ・データの削除、端末の初期化をしない(隠蔽と評価され、処分や交渉で決定的に不利になり得ます)
- 利用の全体像(期間・頻度・対象作品)を自分で整理する
- 会社への申告と権利者対応の設計について、動く前に弁護士に相談する
会社のご担当者は、次の点に留意してください。
- 意見照会書を放置しない(回答期限の管理)
- 対象端末・ログを保全する(初期化・廃棄をしない)
- 犯人探しを先行させない(調査は記録を残しながら手順を踏んで行う)
- 事実認定が固まる前の懲戒処分を避ける
弁護士に相談するメリット
従業員の方にとっては、①著作権者側との示談交渉の代理(窓口の一本化)、②会社への申告・説明の仕方の設計、③懲戒処分の相当性の検討・対応、④刑事事件化の防止まで、賠償・労務・刑事の3つの側面を一体で設計できることが最大のメリットです。
会社のご担当者にとっては、①回答書の記載内容の法的チェック、②社内調査の手順とヒアリングの適法性の確保、③従業員への処分・費用請求の法的整理、④再発防止策(規程整備)の助言まで、対応全体を法的リスクの少ない形で進められます。
当事務所は、インターネット上の著作権侵害・発信者情報開示の分野を集中的に取り扱っており、従業員側・会社側いずれの立場からのご相談にも対応しています(ただし、前記のとおり、利害が対立する場合には同一の事案で双方を受任することはできません。)。
よくある質問(FAQ)
- 会社にバレずに解決する方法はありますか?
-
意見照会書が会社宛てに届いている以上、会社に知られずに解決することは極めて困難です。
前提を「発覚をどう防ぐか」ではなく「発覚後の影響をどう最小化するか」に切り替え、申告の仕方、示談の進め方、処分への対応を早期に設計することが、結果として最も傷を小さくします。
- 懲戒解雇になりますか?
-
懲戒処分の対象となり得ますが、直ちに懲戒解雇が有効となるとは限りません。
処分には就業規則上の根拠と、行為の態様・利用期間・発覚後の対応・過去の処分例との均衡などに照らした相当性が必要です(労働契約法15条)。
処分の内容に疑問がある場合は、弁護士にご相談ください。
- 会社が賠償金を支払わされることはありますか?
-
損害賠償責任を負うのは、原則として実際に利用した従業員本人です。
従業員の私的なトレント利用について、会社が使用者責任(民法715条)を負う場面は通常限られると考えられますが、利用の態様によっては個別の検討が必要です。
請求を受けた場合は、支払う前に責任の有無を法的に整理してください。
- 社内調査をしても利用者が特定できません。会社はどう回答すべきですか?
-
調査を尽くしても特定に至らない場合には、その旨を踏まえた回答をすることになります。
どこまでの調査を行ったか、回答書に何をどう記載するかは、後の手続の前提となる重要な判断ですので、提出前に弁護士への確認をお勧めします。 - テレワーク中に、自宅で社用PCからトレントを使った場合はどうなりますか?
-
通信がどの回線から出ていたかで書類の宛先が変わります。
自宅の自分名義の回線であれば意見照会書は自分宛てに届き、会社契約のモバイル回線やVPN経由で会社側から通信が出ていれば会社宛てに届き得ます。
ただし、自分宛てに届いた場合でも、社用PCの調査などから会社に発覚する可能性はあります。ご自身の通信環境を確認した上で、早めにご相談ください。
- 会社と従業員は、同じ弁護士に依頼できますか?
-
両者の利害が対立する場合(回答書への記載、費用の請求、懲戒処分など)には、同一の弁護士が双方を代理することはできないのが原則です。
従業員は従業員の立場で、会社は会社の立場で、それぞれ相談先を確保してください。
まとめ
会社の回線・社用PCでのトレント利用は、「賠償責任を負うのは利用した従業員本人」というシンプルな原則の上に、発覚・懲戒・社内調査・利害対立という、家庭の回線にはない問題が積み重なる類型です。
従業員の方は、発覚を前提に、申告・示談・処分対応を一体で設計すること。
会社のご担当者は、期限管理と証拠保全を確保した上で、権利者対応・従業員対応・再発防止を切り分けて進めること。
どちらの立場でも、初動の巧拙がその後を大きく左右します。
当事務所では、トレントの開示請求について、従業員側の示談交渉・労務対応から、会社側の回答書作成・社内調査・処分の法的整理まで対応しています。
お立場を問わず、書類への回答や社内での行動を起こす前に、お早めにご相談ください。
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