はじめに
インターネット上の誹謗中傷に対して法的措置を検討する際、避けて通れないのが「時効」の問題です。
名誉毀損の時効には、刑事上の時効(公訴時効・告訴期間)と民事上の時効(損害賠償請求権の消滅時効)の2種類があり、それぞれ期間も起算点も異なります。
これらの期間を過ぎてしまうと、たとえ悪質な権利侵害が存在していたとしても、加害者の責任を追及できなくなる可能性があります。
本記事では、名誉毀損罪・侮辱罪の公訴時効と告訴期間に加え、民事上の損害賠償請求の消滅時効についても、起算点の考え方や実務上の注意点を含めて解説します。
名誉毀損の時効一覧【早見表】
まず、各時効について一覧表で確認しましょう。
| 区分 | 時効の種類 | 期間 | 起算点 |
|---|---|---|---|
| 刑事 | 公訴時効(名誉毀損罪) | 3年 | 犯罪行為が終わった時(投稿日) |
| 刑事 | 公訴時効(侮辱罪・改正後) | 3年 | 同上 |
| 刑事 | 公訴時効(侮辱罪・改正前) | 1年 | 同上 |
| 刑事 | 告訴期間 | 6ヶ月 | 犯人を知った日 |
| 民事 | 損害賠償請求権(短期) | 3年 | 損害及び加害者を知った時 |
| 民事 | 損害賠償請求権(長期) | 20年 | 不法行為の時 |
以下、それぞれについて詳しく解説します。
前提知識:名誉毀損罪・侮辱罪とは
時効の解説に入る前に、名誉毀損罪と侮辱罪の基本的な違いを押さえておきましょう。
名誉毀損罪(刑法第230条)
名誉毀損罪は、公然と具体的な事実を摘示し、人の社会的評価を低下させる行為を罰する犯罪です。
法定刑は「3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金」です。
(例)「Aは前科がある」「B社の社長は不倫している」などとSNSに書き込む行為
なお、摘示した事実が真実であるかどうかは問いません。
真実であっても名誉毀損罪は成立し得ます。
侮辱罪(刑法第231条)
侮辱罪は、具体的な事実を摘示せずに、公然と人を侮辱する行為を罰する犯罪です。
(例)「バカ」「無能」「気持ち悪い」といった抽象的な罵倒をSNSに投稿する行為
2022年7月7日の刑法改正で法定刑が引き上げられ、「1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」となりました(現在は「懲役若しくは禁錮」が「拘禁刑」に統一されています)。
親告罪であること
名誉毀損罪と侮辱罪はいずれも親告罪です(刑法第232条)。
親告罪とは、検察官が起訴するために被害者からの告訴(犯罪事実を申告し、加害者の処罰を求める意思表示)が必要な犯罪類型です。
そのため、刑事責任を追及するには、「公訴時効」と「告訴期間」という2つの時間的制約を両方クリアする必要があります。
刑事の時効①:公訴時効
公訴時効は、犯罪行為が終わった時から一定期間が経過すると、検察官が起訴する権限(公訴権)が消滅する制度です。
公訴時効の起算点
公訴時効の起算点は、「犯罪行為が終わった時」です(刑事訴訟法第253条第1項)。
名誉毀損・侮辱の場合、問題となる名誉毀損・侮辱行為が終わった時点(行われた時点)が原則として起算点となります。
重要なのは、被害者がその行為の存在を知った日や、行為者が誰であるかが判明した日ではないという点です。
行為が終わった時点から時効期間のカウントダウンは始まります。
ただし、インターネット上での名誉毀損・侮辱の場合、後述するように、投稿が行われた時点と「犯罪行為が終わった時」が大きくズレる可能性があります。
名誉毀損罪の公訴時効:3年
名誉毀損罪の法定刑は「3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金」です。
刑事訴訟法第250条第2項第6号は、「長期5年未満の拘禁刑又は罰金に当たる罪」の公訴時効を3年と定めています。
したがって、名誉毀損罪の公訴時効は3年です。
侮辱罪の公訴時効:法改正による変更
侮辱罪は、2022年7月7日施行の刑法改正(厳罰化)により、公訴時効が変更されました。
改正後(2022年7月7日以降の行為)
法定刑が引き上げられたことにより、名誉毀損罪と同じ「長期5年未満の拘禁刑」に該当するため、公訴時効は3年です。
改正前(2022年7月6日以前の行為)
改正前の法定刑は「拘留又は科料」でした。刑事訴訟法第250条第2項第7号の「拘留又は科料に当たる罪」に該当するため、公訴時効は1年でした。
刑事の時効②:告訴期間
名誉毀損罪・侮辱罪は親告罪であるため、被害者による告訴がなければ検察官は起訴できません。
この告訴にも期間制限があります。
告訴期間は「犯人を知った日から6ヶ月」
刑事訴訟法第235条第1項は、親告罪の告訴について「犯人を知った日から6箇月を経過したときは、これをすることができない」と定めています。
公訴時効の起算点が「犯罪行為が終わった時」であるのに対し、告訴期間の起算点は「犯人を知った日」です。
「犯人を知った日」とは
「犯人を知った」とは、犯人の住所、氏名、年齢などの詳細を知る必要はありませんが、犯人が誰であるかを特定し、他の者と区別して指摘し得る程度の認識を要するとされています(最決昭和39年11月10日刑集18巻9号547頁)。
単に「投稿者のハンドルネームやアカウント名を知った」というだけでは、どこの誰であるかが特定できているわけではないため、「犯人を知った」ことにはなりません。
ネット上の匿名投稿と告訴期間
これは、ネット上の匿名による誹謗中傷においてはよく問題となります。
被害者が匿名の投稿を発見しただけでは「犯人を知った」ことにはならず、告訴期間は進行を開始しません。
告訴期間のカウントダウンが始まるのは、発信者情報開示請求を通じて投稿者の氏名・住所などが判明し、加害者を現実に特定できた日からです。
発信者情報開示請求には数ヶ月から1年以上かかることも少なくないため、一見すると告訴が不可能なように思いますが、その心配はいりません。
インターネット上の名誉毀損罪における公訴時効・告訴期間の起算日に関する裁判例
インターネット上の名誉毀損罪においては、興味深い裁判例があります。
この裁判例(大阪高判平成16年 4月22日)では、「刑訴法235条1項にいう「犯人を知った日」とは、犯罪終了後において、告訴権者が犯人が誰であるかを知った日をいい、犯罪の継続中に告訴権者が犯人を知ったとしても、その日をもって告訴期間の起算日とされることはない。」と述べました。
そして、インターネット上の投稿について、「本件記事は、少なくとも平成15年6月末ころまで、サーバーコンピュータから削除されることなく、利用者の閲覧可能な状態に置かれたままであったもので、被害発生の抽象的危険が維持されていたといえるから、このような類型の名誉毀損罪においては、既遂に達した後も、未だ犯罪は終了せず、継続していると解される。」として、告訴が告訴期間内に適法になされていると判断しました。
この裁判例では、刑訴法235条1項の「犯人を知った日」とは、単に犯人が誰であるかを知った日ではなく、「犯罪終了後において」犯人が誰であるかを知った日のことをいい、「犯罪の継続中」に犯人を知っても、その日が起算日となるわけではないとしています。
そして、インターネット上の投稿による名誉毀損については、「投稿が残っている間は犯罪の継続中」であると判断しています。
ただし、実際の事案の検討の中では、加害者がホームページの管理者に対して記事の削除を申し込んだことにより、加害者に課せられた義務が解消されたとして、加害者が記事の削除の申し入れをした時点で犯罪が終了したと判断しています。
インターネット上の名誉毀損等については、投稿が残っているのかどうかについても注意する必要があります。
刑事の時効③:公訴時効と告訴期間の相互関係
名誉毀損罪・侮辱罪で加害者の刑事責任を追及するためには、公訴時効と告訴期間の両方の期間制限をクリアする必要があります。
- 公訴時効(3年): 投稿された日から進行を開始する、検察官の起訴のタイムリミット。
- 告訴期間(6ヶ月): 発信者情報開示請求などを通じて加害者の身元を特定した日から進行を開始する、被害者の告訴のタイムリミット。
つまり、被害者は、投稿日から3年が経過する前に加害者を特定し、かつ、特定した日から6ヶ月以内に告訴を完了させ、さらに検察官が公訴時効完成前に起訴する、という全ての条件を満たさなければなりません。
【具体例】
- 2025年10月1日に名誉毀損投稿が行われた場合(投稿がすぐ消された場合)
- 公訴時効の完成日は、2028年9月30日です。
- 発信者情報開示請求を経て、2028年3月1日に加害者の氏名・住所が判明した場合
- 告訴期間の起算日は、2028年3月1日です。
- 告訴期間の満了日は、その6ヶ月後である2028年8月31日です。
このケースでは、被害者は2028年8月31日までに告訴を行う必要があり、検察官は2028年9月30日までに起訴する必要があります。
もし加害者の特定に時間がかかり、特定できたのが2028年5月1日だった場合、告訴期間の満了は2028年10月31日となりますが、その前に公訴時効(2028年9月30日)が完成してしまいます。
そのため、この場合は、告訴事項の期間満了前であっても、公訴時効(2028年9月30日)の完成前に告訴をしなければなりません。
このように、2つの期間は独立して進行するため、特に公訴時効が迫っている事案では、迅速な対応が求められます。
※現実としては、プロバイダのログ保存期間の関係で、投稿者の特定はもっと急ぐ必要があります。
民事の時効:損害賠償請求権の消滅時効(民法724条)
ここまでは刑事上の時効について解説しましたが、名誉毀損や侮辱に対しては、民事上の損害賠償請求(慰謝料請求)という手段もあります。
名誉毀損の被害者は、加害者に対して不法行為に基づく損害賠償を請求できます(民法第709条・第710条)。
しかし、この損害賠償請求権にも消滅時効が定められています。
民事の消滅時効は「3年」と「20年」の二重構造
民法第724条は、不法行為による損害賠償請求権の消滅時効について、次の2つの期間を定めています。
① 短期消滅時効:損害及び加害者を知った時から3年(民法724条1項)
被害者が「損害の発生」と「加害者が誰であるか」の両方を知った時から3年で時効が完成します。
② 長期消滅時効(除斥期間):不法行為の時から20年(民法724条2項)
加害者が不明のままであっても、不法行為(名誉毀損行為)の時から20年が経過すると、損害賠償請求権は消滅します。
このうち、いずれか早く到来した時点で時効が完成します。
民事における「加害者を知った時」の意味
短期消滅時効(3年)の起算点である「加害者を知った時」とは、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知った時と解されています(最判昭和48年11月16日民集27巻10号1374頁)。
また、この判例は、被害者が不法行為の当時加害者の住所氏名を的確に知らず、しかも当時の状況においてこれに対する賠償請求権を行使することが事実上不可能な場合においては、その状況が止み、被害者が加害者の住所氏名を確認したとき、初めて「加害者を知った時」にあたると判示しています。
これによれば、ネット上の匿名投稿の場合、発信者情報開示請求によって投稿者が特定された日が起算点となるため、投稿を発見しただけでは3年の時効は進行しません。
ただし、20年の長期消滅時効は加害者の特定とは無関係に、投稿時(不法行為時)から進行する点に注意が必要です。
民事と刑事の時効の起算点の違い
上記の具体例(2025年10月1日に名誉毀損投稿が行われ、すぐ消された場合)について、発信者情報開示請求で2027年6月1日に加害者が特定されたケースを例にすると、起算点の違いは以下の通りです。
| 時効の種類 | 起算点 | 満了日 |
|---|---|---|
| 公訴時効(3年) | 投稿日(2025年10月1日) | 2028年9月30日 |
| 告訴期間(6ヶ月) | 加害者特定日(2027年6月1日) | 2027年11月30日 |
| 民事・短期(3年) | 加害者特定日(2027年6月1日) | 2030年5月31日 |
| 民事・長期(20年) | 投稿日(2025年10月1日) | 2045年9月30日 |
投稿者を特定できた時点にもよりますが、一般的には、刑事の告訴期間(6ヶ月)が最も短いため、刑事告訴を検討している場合は、加害者を特定したらすぐに動く必要があります。
一方、民事の損害賠償請求は加害者特定から3年あるため、刑事よりも時間的余裕があります。
とはいえ、証拠の散逸や記憶の風化を考えれば、早期の対応に越したことはありません。
刑事の時効が過ぎても民事の時効は残る場合がある
ここで重要なのは、刑事の時効が完成しても、民事の損害賠償請求は可能な場合があるという点です。
たとえば、犯罪が終了してから3年が経過して公訴時効が完成し、刑事告訴ができなくなったとしても、加害者を知ってから3年以内であれば、民事上の慰謝料請求は行うことができます。
したがって、「刑事の時効が過ぎてしまったから何もできない」と諦める必要はありません。
刑事告訴が困難な場合でも、民事の損害賠償請求という選択肢が残されているケースはあります。
もっとも、この判断は複雑なため、まずは弁護士にご相談されることをお勧めいたします。
名誉毀損の慰謝料相場
名誉毀損に基づく損害賠償(慰謝料)の金額は、個別の事情によって異なりますが、一般的な目安は以下の通りです。
| 被害者の属性 | 慰謝料の目安 |
|---|---|
| 個人(一般人) | 10万円〜50万円程度 |
| 法人・企業 | 50万円〜100万円程度 |
ただし、以下のような事情がある場合には、慰謝料が増額される傾向があります。
- 投稿内容が悪質で、長期間にわたり閲覧可能な状態であった
- 被害者が精神的な疾患を発症した
- 加害者が繰り返し投稿を行った
- 投稿によって被害者の就職・転職・事業に具体的な支障が生じた
なお、名誉毀損の損害賠償請求においては、加害者を特定するための発信者情報開示請求の費用(弁護士費用等)も、相当因果関係のある損害として一部または全部が認められる場合があります。
時効が迫っている場合の対処法
名誉毀損の時効が迫っていると感じたら、以下のステップで早急に対応することが重要です。
ステップ1:証拠を保全する
投稿のスクリーンショット(URL・日時が確認できるもの)を保存します。
投稿が削除されると証拠を確保できなくなるため、最優先で行ってください。
ステップ2:弁護士に相談する
時効の計算や起算点の判断には専門的な法的判断が必要です。
特に、上述の大阪高裁判例のように、投稿が残っている場合には告訴期間の起算点に関して有利な解釈ができる可能性もあります。
まずは弁護士に相談し、具体的な状況に応じた対応方針を決めましょう。
ステップ3:発信者情報開示請求を行う
匿名の投稿者を特定するためには、発信者情報開示請求が必要です。
プロバイダのアクセスログ保存期間は一般的に3〜6ヶ月程度と短いため、投稿を発見したらできるだけ早く手続きに着手する必要があります。
ステップ4:刑事告訴や損害賠償請求を行う
加害者が特定できたら、告訴期間(6ヶ月)内に刑事告訴を行うか、民事の損害賠償請求を行うか(または両方を行うか)を検討します。
よくある質問(FAQ)
- 名誉毀損の時効は何年ですか?
-
刑事の公訴時効は犯罪行為が終わった時から3年です。
民事の損害賠償請求権は、損害及び加害者を知った時から3年、不法行為の時から20年です。
なお、刑事の告訴期間は犯人を知った日から6ヶ月です。 - ネット上の匿名の誹謗中傷でも時効は進行しますか?
-
公訴時効(3年)は投稿日から進行します。
ただし、投稿が残り続けている場合、投稿が削除された日(もしくは、投稿者が削除を請求した日)から進行します。一方、告訴期間(6ヶ月)は「犯人を知った日」から進行するため、匿名の投稿者が特定されるまでは告訴期間は進行しません。
民事の短期消滅時効(3年)も同様に、加害者を特定するまでは進行しません。 - 侮辱罪の時効は名誉毀損罪と同じですか?
-
2022年7月7日の法改正後に行われた侮辱行為については、公訴時効は名誉毀損罪と同じ3年です。
改正前の行為については公訴時効は1年でした。 - 刑事の時効が過ぎたら、もう何もできませんか?
-
刑事の公訴時効が過ぎても、民事の損害賠償請求(慰謝料請求)は可能な場合があります。
加害者を知ってから3年以内であれば、損害賠償を請求できる可能性があります。 - 名誉毀損の慰謝料の相場はいくらですか?
-
個人が被害者の場合は10万円〜50万円程度、法人の場合は50万円〜100万円程度が一般的な目安です。
ただし、投稿内容の悪質性や被害の程度によって増額される場合があります。 - 投稿が残っている場合、公訴時効や告訴期間はどうなりますか?
-
大阪高裁平成16年4月22日判決は、インターネット上の投稿が削除されずに閲覧可能な状態にある場合、犯罪は終了しておらず継続していると判断しました。
この判例に従えば、投稿が残っている間は公訴時効や告訴期間の起算日は到来しないと解される可能性があります。
おわりに
名誉毀損に対する法的措置には、刑事(公訴時効3年・告訴期間6ヶ月)と民事(消滅時効3年・除斥期間20年)の2つのルートがあり、それぞれ時効の期間と起算点が異なります。
特にインターネット上の匿名の誹謗中傷の場合、発信者情報開示請求による加害者の特定に時間がかかるため、投稿を発見したらできるだけ早く対応を開始することが重要です。
「時効が迫っているかもしれない」「刑事告訴と民事請求のどちらを選ぶべきかわからない」とお悩みの場合は、弁護士に相談して、ご自身の状況に応じた最適な対応方針を検討されることをお勧めします。
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