はじめに
離婚協議において、配偶者の態度が急に変化したり、給与明細や金融機関からの郵便物を隠したりするようになった場合、財産分与を減らすための「財産隠し」が行われている可能性があります。
離婚における財産分与は、婚姻期間中に夫婦が協力して形成した財産を公平に分配する制度であり、原則として2分の1ずつ分けることとされています。
しかし、これは当事者が開示した財産に基づき行われるものであり、相手方が預貯金を別口座に移すなどして資産を隠匿した場合、本来分与されるべき財産を受け取れない不利益を被るおそれがあります。
相手方が任意に財産を開示しない場合、隠された財産を特定することは容易ではありません。
しかし、法的な手続きを用いることで、ある程度の調査を行うことは可能です。
本稿では、離婚実務において問題となりやすい財産隠しの手口と、それに対抗するための具体的な調査方法について解説します。
特に、弁護士法に基づく「弁護士会照会(23条照会)」の仕組みと実効性、および裁判所を通じた開示手続きについて、詳述します。
財産分与の原則と財産隠しの実態
財産隠しへの対策を講じるにあたり、まず財産分与の基本的なルールと、隠匿が行われる背景について確認します。
1-1. 財産分与の対象となる「共有財産」
離婚時の財産分与の対象となるのは、「婚姻期間中に夫婦が協力して築いた財産(共有財産)」です。
この際、財産の名義は問われません。
例えば、夫の収入で形成された夫名義の定期預金であっても、妻が家事や育児等で家庭に貢献していたのであれば、実質的な夫婦の共有財産とみなされ、分与の対象となります。
1-2. 財産隠しの動機とリスク
財産分与は、原則として当事者が申告した財産目録を基礎として協議が行われます。
裁判所が職権で当事者の隠し財産を網羅的に調査するわけではありません。
そのため、「相手に知られなければ、自分の財産として確保できる」という動機から、離婚直前に預金が引き出されたり、口座が隠されたりするケースが散見されます。
1-3. 代表的な財産隠しの手口
実務上よく見られる財産隠しの手口には、以下のようなものがあります。
- 別口座への送金: 給与振込口座などの主要口座から、配偶者が把握していない別銀行(ネット銀行等)の口座へ資金を移動させる。
- 現金化: 銀行口座から多額の現金を引き出し、自宅や実家等で保管する(タンス預金)。
- 親族名義への変更: 自分名義の財産を親族の口座に移し、自己の資産ではないと主張する。
- 換金性の高い物品の購入: 現金を貴金属や時計などに換え、資産として計上しない。
- 退職金の隠匿: 退職金見込額証明書を取得せず、退職金の存在や額を明らかにしない。
弁護士依頼前の初期段階における証拠収集
弁護士や裁判所による調査を行うためには、調査対象となる金融機関の手がかりが必要です。
「どこの銀行にあるか全く不明」な状態では、調査が困難な場合もあります。
したがって、同居中あるいは別居直前の段階で、可能な範囲で情報を収集しておくことが重要です。
2-1. 郵便物の確認
金融機関からの郵便物は、口座の存在を知る重要な手がかりです。
- 銀行: 利用明細、キャンペーン案内、満期通知などが届いていないか確認します。特に、ネット銀行や普段利用していない地方銀行からの郵便物は重要です。
- 証券会社・保険会社: 取引報告書や控除証明書から、株式や積立型保険(解約返戻金のあるもの)の存在が判明することがあります。
2-2. 通帳・キャッシュカードの確認
相手方が保管している通帳やキャッシュカードを確認できる場合、銀行名・支店名・口座番号を記録するか、撮影しておきます。
残高や取引内容が見られなくても、銀行と支店が特定できれば、後の弁護士会照会等で詳細な調査が可能となります。
2-3. 電子機器の確認
通帳を発行しないインターネットバンキングの利用が増えています。
共有のパソコンやタブレット等で、銀行アプリのアイコンや、金融機関のウェブサイトへのアクセス履歴がないかを確認することも一つの方法です。
2-4. 給与明細・源泉徴収票の確認
給与明細には、給与振込口座以外に、財形貯蓄や社内預金の天引き額が記載されている場合があります。
これらは見落とされやすい資産であるため、確認が必要です。
【注意点】 証拠収集にあたっては、プライバシー侵害や不正アクセス禁止法(パスワードを無断で使用してログインする行為など)に抵触しないよう、適法な範囲内で行う必要があります。
弁護士会照会(23条照会)による調査
個人での調査に限界がある場合、弁護士に依頼することで利用可能となるのが「弁護士会照会(23条照会)」です。
3-1. 弁護士会照会の制度概要
弁護士法第23条の2に基づき、弁護士が受任している事件に関し、所属する弁護士会を通じて、官公庁や企業(銀行、証券会社、保険会社など)に対して必要な事項の報告を求める制度です。
個人からの問い合わせには応じない金融機関であっても、弁護士会を通じた照会には回答するケースが多く、実効性の高い調査手段です。
3-2. 預貯金調査における活用
具体的には、銀行に対して以下のような照会を行います。
- 照会事項の例: 「貴行〇〇支店における、夫(妻)名義の全口座の有無、および過去〇年分(別居時を含む期間など)の取引履歴(入出金明細)の開示」
これにより、基準時(別居時など)の残高だけでなく、過去の入出金履歴を把握することができます。
例えば、別居直前に多額の出金(使途不明金)があれば、それを指摘し、財産分与の対象として持ち戻すよう主張する根拠となります。
3-3. 制度の限界と留意点
- 支店の特定: 原則として、「銀行名」と「支店名」を特定して照会をかける必要があります。全店舗を一括で検索するシステム(全店照会)に対応している銀行も増えつつありますが、まだ一部に限られます。そのため、上記で述べた支店名の特定が重要となります。
- 回答の拒否: 金融機関によっては、顧客の個人情報保護を理由に回答を拒否する場合もあります。ただし、正当な理由に基づく照会については、回答に応じる運用が一般的になりつつあります。
裁判所を通じた調査手続き
離婚調停や訴訟が係属している場合、裁判所の手続きを利用して調査を行うことも可能です。
4-1. 調査嘱託(ちょうさしょくたく)
裁判所から金融機関や勤務先に対して、情報の開示を嘱託(依頼)する手続きです。
弁護士会照会と同様に、口座残高や取引履歴、退職金の有無や金額などを調査できます。
裁判所からの公的な照会であるため、回答が得られる可能性は非常に高く、信頼性の高い手続きです。
4-2. 文書提出命令
相手方が通帳や取引履歴などの重要な証拠を所持しているにもかかわらず提出を拒む場合、裁判所に対して文書提出命令を申し立てることができます。
相手方が正当な理由なくこの命令に従わない場合、裁判所は「申立人の主張(隠し財産等に関する主張)を真実と認める」ことができる(民事訴訟法第224条第1項)ため、開示を促す強力な効果があります。
4-3. 財産開示手続等の拡充
近年の民事執行法改正等により、財産分与請求権等の金銭債権を保全・実現するために、第三者(金融機関等)から債務者の財産に関する情報を取得する手続きが整備されています。
財産隠しが発覚した場合の法的処理
調査の結果、隠匿されていた財産や使途不明金が判明した場合、財産分与において以下のように処理されます。
5-1. 分与対象財産への算入
隠されていた預金や、別居直前に合理的な理由なく引き出された現金については、「現在も保有しているもの」または「本来あるべき資産(持ち出し財産)」とみなして、財産分与の計算上の総額に組み入れます。
これにより、相手方が隠そうとした分も含めて、正当な分配を求めることができます。
5-2. 慰謝料や分与割合への影響
悪質な財産隠しが行われた場合、裁判官の心証に悪影響を与えます。
直接的な罰則規定はありませんが、不誠実な対応として慰謝料の増額事由となったり、分与割合の判断において考慮されたりする可能性があります。
5-3. 離婚成立後の発覚
離婚成立後に隠し財産が発覚した場合でも、離婚から2年以内であれば、改めて財産分与を請求することが可能です。
また、離婚から2年を経過していても、不法行為に基づく損害賠償請求として、財産分与相当額の損害が認められる可能性があります。
ただし、合意書等で「清算条項」を定めている場合はハードルが高くなるため、離婚成立前に十分な調査を行うことが原則です。
適切な調査を行うためのポイント
財産隠しへの対応は、タイミングと専門的な知識が求められます。
6-1. 相手方に気づかれる前の行動
「財産を調査する」と相手に告げてから行動するのは避けるべきです。
警戒され、証拠の隠滅や更なる資産移動を行われるリスクがあります。
離婚の切り出しや別居の前に、水面下で支店情報の確認などの証拠収集を行っておくことが有効です。
6-2. 弁護士への早期相談
財産隠しの疑いがある場合、早期に弁護士に相談することが望ましいです。
どのタイミングで調査を行うべきか、手持ちの情報から弁護士会照会が可能かといった点について、具体的な助言を受けることができます。
特に、別居後は家の中の資料を確認することが困難になるため、同居中の相談が推奨されます。
おわりに
離婚時の財産分与は、離婚後の生活基盤を形成する重要な資金です。
相手方の不当な財産隠しによって、正当な権利が損なわれることは防がなければなりません。
個人の力だけで隠し財産を全て特定することには限界がありますが、「弁護士会照会」や「調査嘱託」といった法的な調査手段を適切に活用することで、隠された資産を明らかにし、適正な分与を実現できる可能性は高まります。
財産状況が不透明である、相手方が開示に応じないといった場合は、安易に合意せず、弁護士に相談の上、徹底した調査を行うことを検討してください。
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