【この記事の結論・要約】
- 「護身用」は正当な理由にならない: 日本の法律では、たとえ攻撃の意図がなくても、防犯目的でナイフを携帯することは違法(銃刀法違反または軽犯罪法違反)となります。
- 基準は「刃渡り」と「態様」: 刃渡り6cmを超えるものは「銃刀法」、それ以下でも「隠して携帯」していれば「軽犯罪法」の対象です。
- 逮捕や前科のリスク: 職務質問から現行犯逮捕されるケースや、書類送検されて一生消えない「前科」がつくリスクがあります。
- 不起訴を目指すには: 悪意がないことの立証や、所有権放棄などの再発防止策を検察官へ提示する「早期の弁護活動」が極めて重要です。
はじめに
「最近物騒だから、念のために護身用の小さなナイフをカバンに入れている」 「キャンプや登山で使ったマルチツールを、ついそのまま車の中に放置してしまった」
こうした日常的な、あるいは防犯意識からの行動が、ある日突然「犯罪者」としての嫌疑をかけられる原因になることがあります。
日本では、警察官による職務質問をきっかけにナイフの所持が発覚し、そのまま警察署へ連行されるケースが非常に多く発生しています。
一般の方からすれば、「人を傷つけるつもりはないのに、なぜ逮捕されるのか」と強い不満や不安を感じるかもしれません。
本稿では、護身用ナイフの携帯をめぐる法律の壁、検挙された後の刑事手続きの流れ、そして前科を回避して元の生活を取り戻すための戦略について解説します。
第1章:護身用ナイフの携帯を規制する「2つの法律」
ナイフなどの刃物を持ち歩く行為は、主に「銃刀法(銃砲刀剣類所持等取締法)」と「軽犯罪法」という2つの法律によって規制されています。
1-1. 刃渡り6cm超を規制する「銃刀法」
正式名称を「銃砲刀剣類所持等取締法」といいます。
銃刀法第22条では、「刃渡り6センチメートルを超える刃物」を、業務やその他正当な理由なく携帯することを禁止しています。
(刃体の長さが六センチメートルをこえる刃物の携帯の禁止)
第二十二条何人も、業務その他正当な理由による場合を除いては、内閣府令で定めるところにより計つた刃体の長さが六センチメートルをこえる刃物を携帯してはならない。ただし、内閣府令で定めるところにより計つた刃体の長さが八センチメートル以下のはさみ若しくは折りたたみ式のナイフ又はこれらの刃物以外の刃物で、政令で定める種類又は形状のものについては、この限りでない。
- 規制対象となる刃物: サバイバルナイフ、バタフライナイフ、包丁、大きなカッターナイフなどが該当します。
- 「携帯」の定義: 手に持っている状態だけでなく、カバンの中に入れている、車の中に置いているなど、すぐに取り出して使用できる状態で身辺に置く(持ち運ぶ)行為を指します。
- 罰則: 2年以下の拘禁刑(懲役)または30万円以下の罰金が科せられます。
銃刀法違反は、軽犯罪法に比べて罰則が重く、正式な裁判(公判請求)に発展する可能性も否定できません。
1-2. 6cm以下でも処罰される「軽犯罪法」
「小さなナイフなら大丈夫だろう」という誤解が多く見られますが、刃渡りが6cm以下であっても無条件に許されるわけではありません。
軽犯罪法第1条2号は、以下のように定めています。
軽犯罪法第一条
左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。
二 正当な理由がなくて刃物、鉄棒その他人の生命を害し、又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具を隠して携帯していた者
- 規制対象となる刃物: 折りたたみ式の小型ナイフ、マルチツール(十徳ナイフ)、ハサミ、果物ナイフ、工作用カッターなどです。
- 「隠して携帯」の定義: 周囲から見えないようにポケットやバッグの底に忍ばせている状態を指します。
- 罰則: 拘留(1日以上30日未満の拘束)または科料(1,000円以上1万円未満の支払い)となります。
軽犯罪法は罰則こそ軽いものの、「前科」がつくという点では銃刀法違反と同じです。
第2章:なぜ「護身用」は正当な理由にならないのか
法律には、どちらも「正当な理由がある場合」は例外とすると記されています。
しかし、実務上、護身目的は「正当な理由」として認められません。
裁判所における「正当な理由」の解釈
裁判所や捜査機関が認める「正当な理由」とは、主に以下のようなケースを指します。
- 業務上の使用: 調理師が包丁を持ち運ぶ、大工が仕事道具を運搬する。
- 購入・修理: 店で購入した帰りや、砥ぎ直しに出すために持ち運んでいる。
- レジャー・社会通念上の必要性: キャンプ、釣り、登山などの目的があり、その道中である。
これらのケースでは、刃物の携帯に「正当な理由」があると判断されています。
一方で、「護身用」のためにナイフを自動車のダッシュボード内に入れていた(その後、抗争のために持ち出してポケットに入れた)事案では、「不法な刃物の携帯というべきである」として、銃刀法違反になると判断されています(最決平成17年11月8日 刑集59巻9号1449頁)。
第3章:検挙対象になりやすい「刃物」の具体例
どのようなナイフが警察に目をつけられやすいのか、具体例を挙げて解説します。
3-1. マルチツール(十徳ナイフ)
ビクトリノックスなどのマルチツールは、日常生活で便利ですが、これも刃物の一種です。
「キャンプで使うために買ったが、そのままキーホルダーにつけていた」 「仕事で段ボールを開けるのに便利だから持ち歩いていた」
これらの理由でも、その瞬間にキャンプや仕事の予定がなければ、法令違反として検挙されるリスクがあります。
3-2. カッターナイフ
文房具であるカッターナイフも、刃渡りによっては銃刀法、そうでなくても軽犯罪法の対象です。
特に、大きな刃を持つカッターは殺傷能力が高いため、警察は厳しくチェックします。
3-3. 車内に放置された刃物
「車はプライベートな空間だから大丈夫」というのは間違いです。
車内に刃物を置いていることも「携帯」に含まれます。
- ダッシュボードに入れている
- 運転席横のポケットに入れている
これらは「すぐに取り出して使える状態」とみなされます。
過去にキャンプで使用し、そのまま車内に数日間放置していた場合、「うっかり忘れていた」としても正当な理由とは認められず、立件されることが少なくありません。
第4章:逮捕・検挙された後の具体的な手続き
職務質問でナイフが発見された場合、以下のようなプロセスで手続きが進みます。
4-1. 現場での取り調べと任意同行
まず、警察官から「これは何に使うものか」「なぜ持っているのか」を執拗に尋ねられます。
ここで「護身用です」と答えると、その瞬間に法律違反の自白となり、警察署への任意同行を求められます。
4-2. 逮捕の判断
多くの場合は「在宅事件」として扱われ、その日のうちに帰宅できますが、以下の条件に当てはまると現行犯逮捕または通常逮捕される可能性があります。
- 住所不定で、逃亡の恐れがある。
- 証拠隠滅(仲間との口裏合わせなど)の恐れがある。
- ナイフを突き出して警察官を脅すなどの抵抗をした。
- 過去に同種の犯罪歴があり、悪質とみなされた。
逮捕されると、48時間以内に検察庁へ送致され、さらに最大20日間の拘置(身柄拘束)が続く可能性があります。
4-3. 検察への送致(書類送検)
逮捕されなかった場合でも、「書類送検」という形で事件は検察官へ引き継がれます。
後日、検察庁から呼び出しがあり、検察官による取り調べが行われます。
ここで検察官が「起訴」するか「不起訴」にするかを決定します。
第5章:有罪判決と「前科」がもたらす不利益
「罰金を払えば終わりだろう」と軽く考えるのは危険です。
有罪判決(略式命令を含む)を受けると、一生消えない「前科」がつきます。
5-1. 社会生活への影響
- 資格の制限: 一部の職業では拘禁刑(懲役)や罰金以上の刑を受けると資格が取り消されたり、一定期間業務ができなくなったりする欠格事由に該当する場合があります。
- 就職・転職への影響: 履歴書の賞罰欄に記載義務がある場合や、企業がリファレンスチェック(背景調査)を行う場合、前科があることで不採用になるリスクがあります。
- 海外渡航の制限: アメリカのESTA(査証免除プログラム)など、国によっては前科があることでビザの取得が必要になったり、入国が拒否されたりすることがあります。
5-2. 家族や周囲への影響
在宅事件であっても、警察からの呼び出しや家宅捜索などがあれば、家族に知られることは避けられません。
また、起訴されて裁判になれば、その事実は公の記録として残ります。
第6章:やってはいけないNG対応
事件を最小限の被害で抑えるために、以下の行為は絶対に避けてください。
6-1. 嘘の理由をでっち上げる
「今から釣りに行く途中だ」と嘘をついても、釣竿や仕掛けを持っていなければすぐに嘘だと見抜かれます。
虚偽の説明をすると「証拠隠滅の恐れがある」「反省していない」と判断され、身柄拘束の必要性が高まってしまいます。
6-2. 警察官への暴力や暴言
職務質問に腹を立てて警察官を突き飛ばしたり、大声で罵倒したりすると、銃刀法違反に加えて「公務執行妨害罪」が成立します。
こうなると、逮捕される可能性が高まります。
6-3. 調書を読まずに署名・捺印する
取調べ後に作成される「供述調書」は、裁判で極めて強い証拠能力を持ちます。
警察官が「護身用なら人を刺すつもりもあったんだろう?」といった誘導を行い、本人の意図と異なるニュアンスで記録されることがあります。
納得がいかない内容には、絶対に署名してはいけません。
第7章:前科を避けるための弁護活動
ナイフ所持事件で最も重要な目標は、「不起訴処分」を勝ち取り、前科をつけないことです。
7-1. 「悪意のなさ」を法的に主張する
本人が「攻撃の意図が全くなかったこと」「単なる無知や勘違いであったこと」を、生活状況や性格、過去の経歴などを通じて検察官に書面で主張します。
7-2. 所有権放棄と再発防止の誓約
所持していたナイフを自発的に提出(没収)し、二度と持ち歩かないことを約束する「上申書」を提出します。
また、今後はナイフの代わりに防犯ブザーを携帯するなど、具体的な代替案を提示することで、再犯の恐れがないことを強調します。
7-3. 検察官への働きかけ
弁護士は、検察官と直接交渉し、事案の軽微さや本人の反省の深さを伝えます。
「起訴して処罰するほどではない(起訴猶予)」という判断を引き出すことが、弁護活動の肝となります。
7-4. 身柄拘束の阻止
もし逮捕されてしまった場合でも、弁護士はすぐに「勾留阻止(身柄解放)」の活動を行います。
裁判所に対して、逃亡や証拠隠滅の恐れがないことを立証し、早期に自宅へ帰れるよう働きかけます。
おわりに
護身用ナイフの所持は、たとえ悪意がなくても、日本の法律下では重大なリスクを伴う行為です。
もし、警察から事情聴取を受けたり、検挙されたりしてしまった場合は、「たかがナイフ」と安易に構えず、一刻も早く専門家のアドバイスを受けてください。
適切な初期対応こそが、あなたやご家族の未来を守る唯一の方法です。
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