はじめに
昨今、生成AI技術は目覚ましい発展を遂げ、誰もが手軽に高品質なイラスト、文章、音楽などを創り出せるようになりました。
この技術革新は新たな表現の可能性を切り拓く一方で、多くのクリエイターに深刻な不安をもたらしています。
「自分が時間と情熱を注いで創作した作品が、知らないうちにAIの学習データとして無断で利用されているのではないか」「自分の作風に酷似したAI生成物が大量に生み出され、自らの創作活動の価値が脅かされているのではないか」など、懸念の声は日増しに高まっています 。
実際に、クリエイターの方が、自身のウェブサイトやSNSで、自身の作品について「生成AIへの利用禁止」などと掲げているのを見かけます。
生成AIと著作権の関係は、まだ判例の蓄積も乏しく、法的に未確定な部分が多いのが実情です 。
しかし、クリエイターが自身の権利を守るために何もできないわけではありません。
日本の著作権法や、文化庁の審議会で示された最新の考え方を正しく理解することで、対応方法などが見えてきます。
本稿では、ご自身の著作物がAIに利用されたのではないかと不安を抱えるクリエイターの方のために、現在考えられる法的な対応策を、「AIによる学習」と「AIによる生成」という2つのフェーズに分けて、具体的なステップとともに解説します。
AIによる著作物利用の2つのフェーズ
AIとご自身の作品との関わりを法的に考える上で、まず重要なのは、プロセスを「開発・学習段階」と「生成・利用段階」の2つに分けて整理することです 。
なぜなら、それぞれの段階で行われる行為の性質が異なり、適用される著作権法のルールや、あなたが取りうる対抗策も大きく変わってくるからです。
開発・学習段階
これは、AIが「賢くなる」ための準備段階です。AI開発事業者は、インターネット上などから膨大なデータ(画像、テキスト、音楽など)を収集し、「学習用データセット」を構築します 。
あなたの作品も、この段階でデータセットの一部としてAIにインプットされ、統計的なパターンやルールを学習するために利用(著作権法上の「複製」など)される可能性があります 。
生成・利用段階
これは、学習を終えたAIを、一般のユーザーが実際に利用する段階です。
ユーザーが「プロンプト」と呼ばれる指示をAIに与え、AIがその指示に基づいて新たなコンテンツ(AI生成物)を出力します 。
このとき、AIが出力した生成物が、あなたの特定の作品と酷似している場合、著作権侵害が問題となります 。
この2つのフェーズを念頭に置き、それぞれの段階でどのような法的対応が考えられるのかを、詳しく見ていきましょう。
「開発・学習段階」での無断利用に対する法的対応
著作権法第30条の4について
まず、現在の日本の著作権法では、AI開発のための学習目的での著作物の複製は、一定の場合を除けば、著作権者の許諾なく行うことができる(著作権の侵害に当たらない)可能性が高いと考えられています。
その根拠となっているのが、著作権法第30条の4という規定です 。
著作権法第30条の4
著作物は、次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。
一 著作物の録音、録画その他の利用に係る技術の開発又は実用化のための試験の用に供する場合
二 情報解析(多数の著作物その他の大量の情報から、当該情報を構成する言語、音、影像その他の要素に係る情報を抽出し、比較、分類その他の解析を行うことをいう。第四十七条の五第一項第二号において同じ。)の用に供する場合
三 前二号に掲げる場合のほか、著作物の表現についての人の知覚による認識を伴うことなく当該著作物を電子計算機による情報処理の過程における利用その他の利用(プログラムの著作物にあつては、当該著作物の電子計算機における実行を除く。)に供する場合
これは、著作物に表現された思想や感情を、人間が鑑賞して楽しむこと(これを著作権法上「享受」と言います)を目的としない利用、すなわち「非享受目的」の利用であれば、原則として著作権者の許諾は不要とするものです 。
AI開発のための学習は、作品を鑑賞するためではなく、あくまでコンピュータによる「情報解析」のために行われるため、この「非享受目的」の典型例とされています 。
この規定は、著作物の市場に悪影響を及ぼさないビッグデータを活用したサービス等に利用できるようにするため、2018年の法改正で導入されました 。
反論しうる2つの「例外」
しかし、どのような場合でもAIの学習利用が適法となるわけではありません。
著作権法第30条の4には、この原則が適用されない例外が定められており、クリエイターが法的対応を検討する上での重要な突破口となり得ます。
例外1:「享受」目的が併存していると評価される場合
AI開発が「情報解析」という非享受目的を掲げていても、それに加えて、学習データとなった原作の表現をそのまま出力させ、人間が鑑賞できるようにする「享受」の目的が併存していると評価される場合には、第30条の4の適用は否定されます 。
例えば、以下のようなケースが考えられます。
- 特定の作品の海賊版を生成する目的: 特定の漫画やイラストなどの創作的表現を、AIによって意図的に再現・出力させることを目的として、追加的な学習(ファインチューニングなど)を行う場合 。
- 特定の作風模倣を目的とした学習: 特定クリエイターの少数の作品群のみを学習させ、単なるアイデアレベルの「作風」の模倣に留まらず、その作品群に共通する「創作的表現」をAIに出力させることを目的として学習を行う場合 。
これらのケースでは、開発・学習段階の複製行為そのものが著作権侵害となる可能性があります。
例外2:「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」(第30条の4ただし書)
第30条の4には、「ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。」という、ただし書が設けられています 。
これは、非享受目的の利用であっても、著作権者が本来得られるはずだった利益を不当に害するようなケースでは、適法とならないことを意味します。
この「ただし書」に該当する可能性のあるケースとして、以下のようなものが挙げられます。
- AI学習用のデータベースとして販売されている著作物の無断利用:クリエイターや企業が、AI学習に利用されることを想定し、整理・タグ付けした高品質なデータセットを「商品」として有償で販売・提供しているにもかかわらず、その対価を支払うことなく、ウェブサイトなどから無断でデータを収集し学習に利用する行為。これは、データベースの販売市場という著作権者の正当な利益と直接衝突するため、ただし書に該当し、違法となる可能性が高いと考えられます 。
- 技術的なアクセス制限を回避してのデータ収集:ウェブサイトの運営者が、robots.txtファイルへの記述など、機械が読み取れる方法でAI学習目的のデータ収集(クローリング)を拒否する技術的な措置を講じているにもかかわらず、これを意図的に回避してデータを収集する行為。このような行為は、将来的にそのサイトのデータがデータベースとして販売される可能性(潜在的販路)を阻害するものとして、ただし書に該当する可能性があるとされています 。
クリエイターが「学習段階」で取りうる対抗策
上記の例外に該当しない限り、学習行為そのものを著作権侵害として追及することは、現行法上、非常に難しいと言わざるを得ません。
しかし、クリエイターとして何もできないわけではなく、上述した内容を参考に、以下のような対策を講じることが考えられます。
予防的措置(意思表示とアクセス制限)
自身の作品を公開しているウェブサイトに、robots.txtを設定し、AI学習のためのクローラーのアクセスを拒否する。
これ自体に法的な強制力はありませんが、「著作権者の利益を不当に害する場合」の議論において、自身の作品が無断で利用されることに対する反対の意思と、将来的なライセンス市場への期待を示す重要な事実となります。
AI開発・提供事業者への削除要求
利用規約などで学習データからの削除(オプトアウト)を受け付けている事業者も存在します 。
自身の作品が学習されていると考える場合、事業者に直接、学習データセットからの削除を要求することが考えられます。
法的義務に基づくものではありませんが、企業のコンプライアンス意識から、応じてもらえる可能性があります。
法的措置(差止請求)
学習行為が上記の「例外1(享受目的の併存)」や「例外2(著作権者の利益を不当に害すること)」に該当し、著作権侵害であると強く主張できる場合には、AI開発事業者に対して、学習用データセットから自身の著作物を除去するよう求める差止請求が認められる可能性があります 。
ただし、学習を終えた「学習済みモデル」そのものの廃棄を求めることは、モデル自体が著作物の複製物とは言えない場合が多いため、原則として困難とされています 。
「生成・利用段階」での著作権侵害に対する法的対応
学習段階での対抗が難しい一方、クリエイターにとって、より現実的かつ直接的な法的対応が可能となるのが、この「生成・利用段階」です。
AIによって生成されたコンテンツが、自身の作品と酷似している場合、その生成・利用行為は著作権侵害となる可能性があります。
著作権侵害が成立するための2つの要件
AI生成物に対して著作権侵害を主張するためには、人間が創作した作品同士の場合と全く同じく、以下の2つの要件を立証する必要があります 。
要件1:「類似性」~どれだけ似ているか~
AI生成物が、あなたの作品と法的に「類似」していると認められる必要があります。
これは、単に作風や画風、アイデア、ありふれた表現が似ているだけでは不十分です 。
裁判所が判断するのは、AI生成物から、あなたの作品の「表現上の本質的な特徴を直接感得することができる」かどうかです 。
つまり、誰が見ても、あなたの作品の創作的な部分が色濃く反映されている、と感じられるレベルの類似性が求められます。
要件2:「依拠性」~あなたの作品をもとに作られたか~
AI生成物が、偶然似てしまったのではなく、あなたの作品をもとにして(依拠して)創作されたことを証明する必要があります。
AIが関わるケースでは、この「依拠性」の判断が特有の難しさを持ちます。
AI利用者があなたの作品を認識していた場合
AI利用者が、あなたの作品の画像を入力する「Image to Image」機能(既存の画像を元にAIがテキストプロンプトの指示に従って新しい画像を生成する機能)を使ったり、プロンプトで自身の名前や作品名を具体的に指定したりして、意図的に似せようとした場合、依拠性は明確に認められます 。
AI利用者が作品を認識していなくても、AIが学習していた場合
たとえAI利用者があなたの作品を知らなかったとしても、そのAIが開発・学習段階であなたの作品を学習データとして利用していた場合、客観的にあなたの作品にアクセスしたと評価できるため、原則として依拠性は推認されます 。
この場合、AI事業者側が「学習はしたが、その創作的表現が決して出力されない技術的な仕組みがある」といった特別な事情を証明しない限り、依拠性の認定が覆ることは難しいと考えられます 。
誰に責任を追及できるのか
著作権侵害が認められる場合、誰に対して法的措置を取ることができるのでしょうか。
AI利用者
侵害物を生成し、SNSに投稿したり販売したりといった物理的な行為を行ったAI利用者が、第一の責任主体となります 。
AI開発・提供事業者
AIサービスを提供している事業者も責任を負う可能性があります。
これは「規範的行為主体論」という考え方に基づくもので、物理的に行為をしていなくても、侵害行為を実質的に管理・支配していると評価される場合には、侵害主体とみなされるというものです 。
具体的には、そのAIサービスを使うと、特定のクリエイターの作品に酷似した生成物が著しく高い頻度で出力されるような場合や、事業者が、侵害物生成の可能性が高いことを認識しながら、それを防ぐための技術的措置(フィルタリングなど)を全く講じていない場合などです。
このような事情があれば、AI事業者が、利用者と並んで、あるいは単独で、著作権侵害の責任を負う可能性があります。
取りうる具体的な法的措置
1.差止請求
侵害物の利用(ウェブサイトでの公開、グッズ販売など)の停止と、既に生成された侵害物の廃棄を求めることができます 。
差止請求は、相手方の故意・過失を問わずに請求可能です 。
また、AI事業者に対して、さらなる侵害を防ぐために、特定のプロンプトをブロックさせたり、フィルタリング機能を強化させたりといった「予防措置」を請求することも考えられます 。
2.損害賠償請求
著作権侵害によって受けた損害(逸失利益やライセンス料相当額など)の賠償を求めることができます 。
ただし、こちらを請求するには、相手方(AI利用者や事業者)に「故意」または「過失」があったことを立証する必要があります。
AI利用者があなたの作品の存在を知らず、AIが学習していたことも知らなかった場合、「過失」が否定され、損害賠償請求が認められない可能性もあります 。
その場合でも、民法上の「不当利得返還請求」として、使用料相当額の支払いを求めることができる可能性があります 。
3.刑事告訴
侵害行為が故意によるものの場合、著作権法違反として警察に告訴し、刑事罰を求めることも可能です。
法的対応に向けた具体的なアクションプラン
自身の作品の権利がAIによって侵害されている疑いがある場合、以下のステップで冷静に行動を進めましょう。
STEP1:証拠保全
何よりもまず、証拠を確保することが重要です。
- 侵害が疑われるAI生成物のスクリーンショットや、動画の場合は画面録画
- 公開されているウェブサイトのURL
- 投稿日時、投稿者のアカウント名
- 使用されたAIサービスの名称(もし分かれば)
- 生成に使われたプロンプト(もし公開されていれば)
これらの情報を、記録・保存してください。
STEP2:警告および削除要請
侵害物を公開しているAI利用者や、それが投稿されているプラットフォームの運営者に対して、まずは弁護士名で内容証明郵便を送付するなどして、著作権侵害の事実を伝え、当該生成物の削除を求めるのが一般的です。
この段階で問題が解決することも少なくありません。
STEP3:発信者情報開示請求
SNSなどでAI利用者が匿名で活動している場合、その正体を突き止めなければ交渉も訴訟もできません。
その際は、「情報プラットフォーム対処法」に基づく発信者情報開示請求の手続きを利用します。
これは、サイト運営者やインターネット接続プロバイダに対して、裁判所を通じて投稿者の氏名・住所などの開示を求める法的手続きです。
STEP4:示談交渉
相手方が特定でき次第、弁護士を代理人として、差止や損害賠償に関する具体的な話し合い(示談交渉)をします。
訴訟に至る前に、双方の合意によって解決を図ることを目指します。
STEP5:訴訟提起
交渉が決裂した場合、あるいは相手方が交渉に応じない場合には、裁判所に訴訟を提起し、差止請求や損害賠償請求といった法的な権利の実現を求めることになります。
おわりに
生成AIと著作権を巡る議論はまだ始まったばかりで、判例の蓄積等もまだありません。
技術は日進月歩で進化し、社会の受け止め方も変化していく中で、今後、新たな判例が積み重なり、将来的には法改正が行われる可能性も十分にあります 。
しかし、どのような時代になっても、クリエイターが心血を注いで生み出した作品の価値が、著作権法によって保護されるべきであるということは揺らぎません。
重要なのは、現行法で何ができて、何が難しいのかを見極め、自身の権利を守るための具体的な知識を身につけることです。
本稿が、AIという新たなテクノロジーと向き合うすべてのクリエイターにとって、自らの権利と創作活動を守るための一助となれば幸いです。
もし、あなた自身が具体的なトラブルに直面し、どう対応すべきか迷ったときには、決して一人で抱え込まず、著作権問題に精通した弁護士にご相談ください。
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参考文献
1.文化審議会著作権分科会法制度小委員会「AI と著作権に関する考え方について」https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/pdf/94037901_01.pdf
2.松尾剛行「生成AIの法律実務」(弘文堂・2025年)