「建物の老朽化」を理由に立ち退きを求められたら?正当事由の判断基準と対策

目次

【この記事の結論・要約】

  • 賃貸人が「建物の老朽化」のみを理由に借主を強制的に退去させることは、法的に困難です。
  • 立ち退きが認められるには、建物の危険性や賃貸人側の事情を含む「正当事由」が必要であり、多くの場合、それを補完する「立ち退き料」の支払いが不可欠となります。
  • 借主は、一方的な通知に対して即座に合意せず、建物の修繕可能性や正当事由の有無を慎重に精査することで、居住権を守る、あるいは有利な条件での解決を目指すことができます。

はじめに

賃貸物件に長く住んでいると、オーナー(賃貸人)から「建物が老朽化し、地震の際の耐震不足も懸念されるため、取り壊して建て替えることにした。
半年後までに立ち退いてほしい」という通知を受けることがあります。

長年住み慣れた家を離れるのは、生活基盤を揺るがす重大な事態です。
しかし、賃貸人から「老朽化」や「危険性」を強調されると、借主側は「古い建物だから仕方ない」「法的に対抗するのは難しいのではないか」と不安になり、言われるがままに合意書に署名してしまうケースが少なくありません。

日本の借地借家法は、生活の基盤である借主の居住権を強く保護しており、単に「建物が古い」という理由だけでは、法的に有効な立ち退き理由にはならない可能性が高いです。
本稿では、建物の老朽化を理由とした立ち退き請求に対し、どのような判断基準で「正当事由」が検討されるのか、そして借主が取るべき具体的な対抗策について解説します。

第1章 借地借家法における「正当事由」の原則

1-1. 普通借家契約と更新拒絶の制限

日本の多くの賃貸借契約は「普通借家契約」です。
この契約形態では、契約期間が満了しても、賃貸人が更新を拒絶するためには、借地借家法第28条に定められた「正当事由」が必要とされます。

正当事由がない限り、契約は自動的に更新(法定更新)され、借主はそのまま住み続ける権利を有します。
賃貸人が解約を申し入れる場合、少なくとも6ヶ月前に行う必要がありますが、期間を守れば解約できるわけではなく、あくまで「正当事由」の存在が前提となります。

1-2. 正当事由を構成する4つの要素

裁判所が正当事由の有無を判断する際、以下の要素を総合的に考慮します。

  1. 賃貸人および借主が建物の使用を必要とする事情(主たる要素)
  2. 賃貸借に関する従前の経過
  3. 建物の利用状況
  4. 建物の現況(ここに「老朽化」が含まれます)
  5. 賃貸人が建物の明渡しと引き換えに提供する財産上の給付(立ち退き料)

老朽化はあくまで判断材料の一部であり、それだけで立ち退きを正当化するものではないという点が重要です。

第2章 「建物老朽化」と「耐震不足」の法的評価

2-1. 単なる老朽化と「朽廃」の違い

法律上の概念として、建物が自然に崩壊するほど古くなった状態を「朽廃(きゅうはい)」と呼びますが、現代のRC造(鉄筋コンクリート造)などのマンションにおいて、自然に朽廃することは稀です。

裁判所が老朽化を正当事由として認めるには、単に「見た目が古い」「設備が時代遅れである」という程度では不十分です。
「建物の構造自体が物理的に限界に達しており、修繕による維持が経済的に著しく不合理である」と客観的に認められる必要があります。

2-2. 耐震不足(耐震診断結果)の扱い

近年、立ち退きの理由として頻繁に挙げられるのが「耐震不足」です。
しかし、耐震性が現行基準を満たしていない(耐震診断の結果が思わしくない)という事実だけで、即座に立ち退きが認められるわけではありません。

判例では、「耐震補強工事によって安全性を確保できるか」が重視されます。
もし、立ち退かせなくても補強工事が可能であり、その費用が建物の価値に照らして妥当な範囲内であれば、立ち退きの正当事由は否定されやすくなります。

2-3. 建て替えの必要性と正当事由

賃貸人が「老朽化した建物を壊して、より高度な利用(高層ビルへの建て替えなど)をしたい」と主張する場合、それは賃貸人側の経済的利益の追求に過ぎないとみなされることがあります。
この場合、建物の危険性が極めて高いという事情がない限り、立ち退き料の支払いによって正当事由を補完することが求められます。

第3章 立ち退き料の役割と相場の考え方

3-1. 正当事由を「補完」する立ち退き料

前述の通り、賃貸人側の「建物を建て替えたい」という事情が、借主側の「住み続けたい」という事情に及ばない場合、その不足分を補うのが「立ち退き料」です。

逆に言えば、賃貸人側の立ち退かせる理由が極めて強力な場合(建物が明日にも崩落する危険がある等)には、立ち退き料が少額、あるいは不要とされることも理論上はあり得ますが、実務上はほとんどのケースで立ち退き料の支払いが議論の中心となります。

3-2. 立ち退き料の内訳

立ち退き料には法律上の決まった計算式はありませんが、一般的に以下の要素を積み上げて算出されます。

  • 移転費用: 新居の引越し代、仲介手数料、礼金、敷金(償却分)などの実費。
  • 差額賃料補償: 現在の家賃と新居の家賃の差額(数か月分から数年分)。
  • 慰謝料・迷惑料: 長年住み慣れた場所を離れる精神的苦痛や、転居に伴う不便への対価。
  • 営業補償(店舗・オフィスの場合): 移転による顧客離れや休業期間中の損失、内装造作の解体・新設費用。

3-3. 金額交渉のポイント

老朽化を理由とする場合、賃貸人側は「建物に価値がない」として立ち退き料を低く提示する傾向があります。
しかし、借主側が守っているのは「建物自体の価値」ではなく、そこに住み続けることができる「借家権」という権利です。

建物の老朽化が進んでいても、借主が居住を継続する必要性が高い(高齢である、近隣に介護施設がある等)場合は、高額な立ち退き料が必要とされる傾向にあります。

第4章 立ち退きを求められた際の具体的対抗策

4-1. 通知に対して安易に同意・署名しない

賃貸人や管理会社から立ち退きを求められた際、最も注意すべきは、その場で安易に書面に署名・捺印をしないことです。
一度「合意解約」が成立してしまうと、後から「正当事由がない」と争うことは極めて困難になります。

まずは「検討します」と伝え、通知の内容を持ち帰り、専門家へ相談することが第一歩です。

4-2. 建物の老朽化に関する証拠(エビデンス)を求める

「老朽化して危険だ」という主張がなされた場合、以下の情報の開示を求めるなどして検討します。

  • 耐震診断報告書: 実際に診断が行われたのか、どの程度の数値なのか。
  • 修繕履歴: これまで適切なメンテナンスを行ってきたのか(管理を怠って放置していた場合、賃貸人側の事情は弱まります)。
  • 建て替え計画書: 単に追い出すことが目的ではないかを確認します。

4-3. 賃料の支払いを継続する

立ち退き要求を受けても、契約が終了したわけではありません。
賃料の支払いを停止すると「賃料不払い」による契約解除の口実を与えてしまいます。
相手が賃料の受領を拒否した場合は、供託(きょうたく)という手続きを行い、支払う意思があることを公的に証明し続ける必要があります。

第5章 強引な立ち退き要求(嫌がらせ)への対処

5-1. 自力救済の禁止

賃貸人が「正当事由」の有無を裁判所で争わずに、勝手に鍵を交換したり、共用部の電気を止めたり、窓ガラスを外したりする行為は「自力救済」として違法です。
これらは不法行為となり、賃貸人に対して損害賠償を請求できるだけでなく、刑事罰の対象にもなり得ます。

5-2. 適切な交渉ルートの確立

感情的な対立を防ぐため、交渉は書面(内容証明郵便など)を中心に行うのが望ましいです。
特に賃貸人側が強引な態度を取る場合、法的な根拠に基づいて一つひとつの主張を精査し、冷静に対応することが、結果的に有利な和解案を引き出すことに繋がります。

おわりに

建物の老朽化を理由とした立ち退きは、賃貸借トラブルの中でも特に頻出するテーマです。
賃貸人にとっては「経営判断としての建て替え」であっても、借主にとっては「生活の基盤の喪失」であり、両者の利益は真っ向から対立します。
正当事由がどの程度あるのか、提示された立ち退き料は妥当なのかを客観的に判断することが、最善の解決への近道です。

もし現在、立ち退き通知を受け取ってお悩みであれば、弊所にご相談ください。

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この記事を書いた人

髙田法律事務所の弁護士。東京弁護士会所属 登録番号60427
インターネットの誹謗中傷や離婚、債権回収、刑事事件やその他、様々な事件の解決に携わっている。
最新のビジネスや法改正等についても日々研究を重ねている。

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