はじめに
VTuber(バーチャルユーチューバー)事務所を経営する方にとって、イラストの発注は事業の基盤となる重要な業務です。
魅力的なキャラクターイラストや立ち絵、Live2Dモデルなどは、VTuberのデビューや活動を支える鍵となります。
しかし、こうしたクリエイティブな発注作業は、単なるクリエイターとのやり取りにとどまらず、法的側面を無視すると大きなトラブルを招く可能性があります。
特に、フリーランスのイラストレーターに委託する場合、2024年11月に施行された「フリーランス新法」(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)と、従来からある「下請法」(下請代金支払遅延等防止法)の遵守が不可欠です。
これらの法律は、発注者(VTuber事務所側)が優位な立場を悪用しないよう、受注者(イラストレーター側)を保護するためのものです。
実際、VTuber業界では、2024年に大手事務所のカバー株式会社(ホロライブ運営)が下請法違反で公正取引委員会から勧告を受け、無償やり直しの繰り返しが問題視されました(https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2024/oct/241025_cover.html)。
この事例のように、イラスト発注で生じやすい「曖昧な指示による修正の多発」や「支払い遅延」は、法令違反となり、罰金や行政指導のリスクを伴います。
本稿では、VTuber事務所経営者向けに、これらの法律の概要と発注時の具体的な注意点を解説します。
法的遵守により、クリエイターとの信頼関係を築き、事業の安定を図りましょう。
1. フリーランス新法の概要とVTuberイラスト発注への適用
フリーランス新法は、フリーランス(個人事業主)への業務委託取引を適正化するための法律で、2024年11月1日に施行されました。
従来の下請法が資本金規模による「親事業者」と「下請事業者」の関係に限定されていたのに対し、この新法は規模に関係なく、発注者(事業者)がフリーランスに委託する場合に広く適用されます。
VTuber事務所が個人イラストレーターにキャラクターイラストを発注する場合、典型的な適用対象となります。
(1) 発注者の主な義務
フリーランス新法では、発注者が守るべき義務が明確に定められています。
これを怠ると、公正取引委員会や内閣府からの指導・勧告、または罰金(最大50万円)の可能性があります。
- 取引条件の明示義務(3条):発注時に、委託内容、報酬額、支払期日などを書面またはメールなどの電磁的記録で明示しなければなりません。VTuberイラストの場合、例えば「全身立ち絵1枚、解像度300dpi、PSD形式納品、著作権譲渡込みで報酬5万円、納品後30日以内に銀行振込」などと具体的に記載します。口頭やDMだけのやり取りはNGで、曖昧さを残すと後々のトラブル(例:仕様変更の争い)の原因となります。
- 支払期日の設定義務(4条):納品(受領)日から60日以内で、可能な限り短い期日を設定します。期日を曖昧にすると遅延利息の支払い義務が生じます。
- 就業環境の整備(13条、14条):フリーランスのハラスメント防止や、育児・介護との両立支援を求められます。イラストレーターが女性や子育て中の場合、過度な納期短縮を強いるのは避けましょう。
(2) 禁止事項とVTuber発注での注意点
新法は、発注者の「優越的地位の濫用」を防ぐため、禁止行為を定めています。特にイラスト発注で問題になりやすいものを挙げます。
- 不当なやり直し(修正)の禁止(5条2項2号):イラストレーターの責任でない場合、無償での修正を強要できません。VTuberの場合、「キャラクターの表情がイメージと違う」といった主観的な理由で繰り返すと違反。カバー社の事例では、243回の無償やり直しが下請法違反となりましたが、新法でも同様です。対策として、発注時にラフ確認のステップを入れたり、修正回数を契約で制限(例:3回まで無料)するなどの方法があります。
- 報酬の減額・遅延の禁止(5条1項2号、4条5項):当初の報酬を一方的に減らすのはNG。VTuberイラストで「追加要素が必要になったから減額」とするのは違反です。また、支払い遅延も禁止で、利息が発生します。
- 受領拒否や不当返品の禁止(5条1項1号、同項3号):納品されたイラストを「気に入らない」と拒否できません。事前の仕様書で合意内容を明確にしましょう。
- 強制購入等の禁止(5条2項1号):イラストレーターに自社グッズの購入を強いるなど、取引外の強要は避けましょう。
注意点として、個人VTuberがイラストを発注する場合も新法が適用される可能性があります。
事務所が法人でなくても、「業務委託事業者」として扱われます(ただし、「特定業務委託事業者」は、従業員を雇用している個人事業主か、2人以上の役員があり、又は従業員を使用する法人が該当します。)。
また、著作権の扱いも重要です。
イラストの著作権は通常イラストレーターに帰属するので、契約で譲渡や利用許諾を明記する必要があります。
無断使用は別途著作権法違反となる可能性があります。
2. 下請法の概要とVTuberイラスト発注への適用
下請法も、VTuber業界で頻発するトラブルに直結します。
この法律は、資本金が一定規模以上の「親事業者」(例:資本金5000万円超の法人)が、下請事業者(資本金5000万円以下の中小企業や個人事業主)に製造・作成を委託する場合に適用されます。
VTuber事務所が成長し法人化した場合、イラストレーターが個人事業主なら適用されやすいです。
(1) 発注者の主な義務
下請法の義務はフリーランス新法と重なる部分が多いですが、より厳格です。
- 発注書面の交付義務(3条):発注時に、委託内容、下請代金、支払期日その他の事項(例:発注者・受注者名、発注日、納期、検査方法)を記載した書面を直ちに交付します。メール可ですが、事前承諾が必要です。VTuberイラストでは、「三面図付き立ち絵、色指定RGB値、納品形式」というように、委託内容について記載しておく必要があります。
- 支払期日の設定義務(2条の2、4条の2):納品後60日以内で、可能な限り短く設定。遅延すると年率14.6%の遅延利息を支払う義務が生じます。
- 記録作成・保存義務(5条):取引記録を2年間保存。トラブル時の証拠となります。
(2) 禁止事項とVTuber発注での注意点
下請法の禁止事項は新法と類似しています。
- 不当なやり直しの禁止(4条2項4号):イラストレーターの責任でない場合、無償修正を強要できません。VTuber業界では、発注書面の曖昧さが原因で「イメージ違い」の修正が多発しています。カバー社のケースでは、イラストや3Dモデルのやり直しが問題になりました。
- 受領拒否・減額・返品の禁止(4条1項1号、同項3号):納品物を理由なく拒否したり、代金を減額したりできません。口頭発注がトラブルの元凶なので、避けましょう。
- その他の禁止:強制購入、強要等などもNG。
下請法は資本金規模で限定されるため、個人VTuberの発注では適用外ですが、新法は適用されます。
両法が重なる場合(事務所が親事業者で、イラストレーターがフリーランス下請)、両方を遵守する必要があります。
3.カバー株式会社に対する勧告について
勧告の概要
公正取引委員会は、カバー株式会社に対して、下請法第4条2項4号(不当な給付内容の変更及び不当なやり直しの禁止)の規定と同法第4条1項2号(下請代金の支払遅延の禁止)に違反する行為が認められたとして、令和6年10月25日に、下請法第7条第3項の規定に基づき、勧告を行いました(https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2024/oct/241025_cover.html)。
下請法第4条2項4号違反については、簡単にまとめると、発注書等で示された仕様等からは作業が必要か分からないやり直しを無償でさせていたというものです。
よくあるパターンとしては、イラストレーターが納品したイラストや3Dモデル等に対して、VTuber(若しくは担当者等)から「〇〇の部分をもう少し●●のように修正してほしい」という要望があり、それを担当者からイラストレーターに修正を伝えて修正をしてもらうことを繰り返す、というものです。
VTuber側としてもイラストやモデルはキャラクターの肝となる部分ですから、どうしてもこだわりたいという気持ちが強くなってしまい、そこで、修正が繰り返されてしまうようです。
今回問題となっているのは、下請法第4条2項4号(不当な給付内容の変更及び不当なやり直しの禁止)と法第4条1項2号(下請代金の支払遅延の禁止)の規定です。
下請法第4条2項4号
2 親事業者は、下請事業者に対し製造委託等をした場合は、次の各号(役務提供委託をした場合にあつては、第一号を除く。)に掲げる行為をすることによつて、下請事業者の利益を不当に害してはならない。
四 下請事業者の責めに帰すべき理由がないのに、下請事業者の給付の内容を変更させ、又は下請事業者の給付を受領した後に(役務提供委託の場合は、下請事業者がその委託を受けた役務の提供をした後に)給付をやり直させること。
下請法第4条1項2号
親事業者は、下請事業者に対し製造委託等をした場合は、次の各号(役務提供委託をした場合にあつては、第一号及び第四号を除く。)に掲げる行為をしてはならない。
二 下請代金をその支払期日の経過後なお支払わないこと。
対策について
では、カバー株式会社の件では、どのような対策を取るべきだったでしょうか。
まず、下請法第4条1項2号(下請代金の支払遅延の禁止)については、社内での経理処理の体制を見直し、代金支払日までの支払いを徹底することに尽きます。
なお、代金支払日は給付を受領した日から60日以内の期間内で定めなければならないことに注意が必要です。
あくまでも「受領した日から」であり、「検収が完了した日から」ではありません。
次に、下請法第4条2項4号(不当な給付内容の変更及び不当なやり直しの禁止)については、以下のように、イラスト発注の各過程において対策を講じるべきです。
- イラスト発注前:社内(VTuberも含め)で、どのようなイラストを発注するのかのコンセプトを決めておく。
- 契約段階:イラストレーターとの間で、どのようなイラストを発注したいのか、どのような用途なのかなどについて詰めておく。その上で、その内容をきちんと仕様書などの書面にして契約を締結する。また、修正が必要な場合に備えて、検収期間や修正回数についてもきちんと話し合いをし、書面にしておく。
- イラストを受領した後:仕様書等に沿ったものであるかどうかを速やかに確認する。修正等が必要な場合、仕様書等を根拠に修正を求めるのか、それを超えて修正を求めるのかを判断。当初の契約内容を超えた修正を求める場合、別契約となることを前提に、修正内容や費用について合意をする。
イラストやモデルの発注が今どの段階にあり、どのような状況になっているか、常にチェックできる体制を整えておくことが望ましいです。
4. 実務的な注意点:契約書作成とトラブル回避策
イラスト発注で法的問題を防ぐには、契約書の活用が鍵です。以下の点を明記しましょう。
- 仕様の詳細化:キャラクターのポーズ、色、サイズ、修正回数、追加報酬を具体的に。VTuber特有の「Live2D対応」や「商用利用権」を記載。
- 著作権・利用権の扱い:イラストの著作権譲渡を明記。無断でグッズ化するとトラブルに。
- 支払い条件:期日と方法を明確に。分割払いの場合も60日ルールを守る。
- キャンセル条項:途中キャンセルの場合の違約金を設定。
また、発注前にイラストレーターの事業形態を確認(個人か法人か)しましょう。
おわりに
VTuber事務所のイラスト発注は、フリーランス新法と下請法の観点から見ると、リスクの多い領域です。
曖昧な取引が原因で、クリエイター離れや行政処分を招く事例が増えています。
VTuber業界は急速に発展している業界であり、事業者側も運営体制の整備が追い付いていないことが多いようです。
しかし、急発展している事業だからこそ、法律違反をしてしまうことで、業界そのものに対する信頼感を失い、「やっぱりダメな業界じゃん」と周りから見放されてしまう可能性があります。
ご不明な点や不安な点がありましたら、顧問弁護士や詳しい弁護士にご相談ください。