はじめに
もう社会に浸透していると言っても過言ではないぐらい知名度が出てきているVTuberですが、人気商売ということもあり、日々、誹謗中傷に晒されているという問題もあります。
今回は、VTuberに対する名誉毀損(名誉権侵害)と侮辱(名誉感情侵害)について、実際にVTuberに対する誹謗中傷が問題となった事例も踏まえて解説いたします。
名誉毀損(名誉権侵害)
誹謗中傷は、あくまでも一般的な用語で法律用語ではありません。
民事の法律的には、特定人に対して権利侵害等が認められるかどうかが重要になります。
そのうちの一つが、名誉権を侵害している(名誉毀損)かどうかです。
名誉毀損(名誉権侵害)とは、人の外部的な名誉、つまり、社会的な評価を低下させることで成立します。
例えば、「既婚者であるAが、愛人であるBと不倫している」と言いふらすようなことが該当します。
名誉毀損は、事実を摘示(てきし)する方法で行われた場合に成立します。
例えば、先ほど挙げた例である、「既婚者であるAが、愛人であるBと不倫している」というのは「事実」ですから、「事実の摘示」に当たります。
これに対して、「バカ」「アホ」のような表現は、「対象者の知能が劣っていること」などを示す「評価」ですから、「事実の摘示」には当たりません。ややこしいですね。
このような事実の摘示ではない表現に対しては、後述する侮辱(名誉感情侵害)に該当するかを検討することになります。
「事実」と「評価」を切り分ける作業というのは奥が深く、「名誉毀損で主張したけど、裁判所は名誉感情侵害と認定した」というようなことも起こり得ます。
※なお、名誉毀損(名誉権侵害)には、事実摘示型と意見論評型の区別や、真実性の抗弁や公正な論評の法理等の抗弁等の問題もあるのですが、その解説はまた別の機会にします。
名誉毀損(名誉権侵害)における同定可能性
先述したように、名誉毀損とは、人の社会的な評価を低下させることです。
社会的な評価ですから、第三者から見て、誰のことを指しているのか分かる必要があります。
どこの誰のことを言っているのか分からなければ、その人の評価を下げようがありませんからね。
普通の人の場合、氏名、住所、職業その他の事情等から、特定の人だと結び付けられるかどうかが重要になってきます。
このように、当該投稿が誰について述べているのかという問題を「同定可能性」といいます。
ところが、VTuberの場合、この点が非常に難しくなってきます。
何しろ、VTuberの「中の人」がどこの誰なのか、第三者からはわかりません。
「A」という名前のVTuberがいたとして、その「中の人」を「B」とした場合、例えば、「Aは実は既婚者で、愛人と不倫してるよ」という投稿があっても、それが「中の人」である「B」のことを指しているとは簡単には分からないわけです。
もっとも、本当に個人のみでスタッフが一切いない「個人勢」であればともかく、特に「企業勢」と言われるような、企業に所属しているVTuberは、現実での打ち合わせや収録現場での収録、ライブ会場でのライブなど、現実でも一定の活動をしているため、所属企業やその関係者は(本名まで把握しているかは別として)「中の人」が誰であるかを把握しています。
そのため、当該VTuberに対する誹謗中傷であっても、どこの誰に対するものなのかを把握できるわけです。
そのため、異論はありますが、特定できるだけの背景知識を持っている読者が存在すれば、当該読者から不特定多数に伝わっていく可能性があるとして、「同定可能性」があるということも考えられます1。
侮辱(名誉感情侵害)
名誉毀損とは別に、侮辱(名誉感情侵害)というものがあります。
これは、人が、自分自身に対して持つ主観的な評価(主観的名誉)を問題とするもので、主観的名誉が社会通念上許される限度を超えるぐらい傷つけられた場合に、権利侵害が認められます(最判平成22年4月13日民集64巻3号758頁)。
すごく分かりにくい表現ですが、要するに、「一般常識的に考えて、この表現だと人のプライド(や感情)を傷つける」というものがアウトとなるわけです。
とはいえ、具体的な表現のうちどこからどこまでがアウトなのかは、線引きが非常に難しいところです。
侮辱(名誉感情侵害)における同定可能性
侮辱(名誉感情侵害)は、社会的な評価ではなく、人の内心に関するものです。
そのため、第三者から見て誰のことを言っているのか特定できる必要はない、すなわち、同定可能性は必要ないのではないかという議論があります。
このことについて、過去には、同定可能性が不要であると判断した裁判例があります(福岡地判令和元年9月26日)。
この裁判例では、裁判所は、以下のように述べています。
「名誉毀損は,表現行為によってその対象者の社会的評価が低下することを本質とするところ,社会的評価低下の前提として,一般の読者の普通の注意と読み方を基準として,不特定多数の者が対象者を同定することが可能であることを要すると解されるのに対し,名誉感情侵害はその性質上,対象者が当該表現をどのように受け止めるのかが決定的に重要であることからすれば,対象者が自己に関する表現であると認識することができれば成立し得ると解するのが相当である。」
「これに対し,一般の読者が普通の注意と読み方で表現に接した場合に対象者を同定できるかどうかは,表現が社会通念上許容される限度を超える侮辱行為か否かの考慮要素となるにすぎない。」
つまり、同定可能性までは必要なく、「自己に関する表現であると認識することができるかどうか」が重要であると述べているわけです。
もっとも、「一般の読者が普通の注意と読み方で表現に接した場合に対象者を同定できるかどうかは,表現が社会通念上許容される限度を超える侮辱行為か否かの考慮要素となる」とも述べているわけですから、あまりにもどこの誰だか分からないような投稿だと、そもそも侮辱に当たらないという判断される可能性が高まります。
どのような表現がアウトか
VTuberは、動画投稿や配信を事業としてやっていることから、その内容に対する意見や評価などに対しては、権利侵害に当たらないと判断されることが多いです。
例えば、配信の内容や音楽、ライブ、グッズなどに対する意見は、悪質なものでない限りは、営業活動に対する意見として、権利侵害に当たらないと判断されるでしょう。
ラーメン屋の口コミで、味やサービスについて書き込みがなされるのと似たような構図ですね。
一方で、配信内容などではなく、個人の人格に対する非難などは、権利侵害が認められやすいように思います(とはいえ、「バカ」や「アホ」の一言程度では難しいですが。)。
実際に認められたケースは、「仕方ねぇよバカ女なんだから 母親がいないせいで精神が未熟なんだろ」、「(精神的に不調をきたし、活動休止したことがあるVTuberに対して)もう一回心が壊れた方がいい」という表現がなされていました。
参考裁判例
VTuberに対する誹謗中傷は、当該VTuberがどのような活動をしているか、ということも考慮しなければなりません。
例えば、キャラクターに声を当てることでアニメーション作品を作り上げていく声優の場合、アニメキャラクターに対して誹謗中傷を行っても、それが声優に対する権利侵害になるとは言い難いです。
なぜなら、それが声優に向けられたものだとは考えにくいわけです。
これに対して、VTuberは、アバター(ガワ)をまとって活動をしているものの、アニメキャラクターとは違い、「中の人」の個性を生かして活動をしていることがほとんどです。
そのような点について、興味深いことを述べている裁判例(大阪地判令和4年8月31日)がありますので紹介いたします。
この裁判では、企業に所属するVTuberである「B」さんが、体調不良で休養する旨のツイートをした後、X(旧Twitter)への投稿を一時的に中止したところ、「もうとっくに体調は戻ってるんじゃない? 一度配信から離れたくなったんだろう リツイートしてるのは俺らへの義理だと思うぜ」との投稿がなされ、これを受け、「いやマジでリツイート出来る余裕あるなら近況報告くらいツイートしろや、なに捻くれてんねん。一連の行動が避難を受けたのは身錆だろ 課金してる連中に申し訳無い気持ちねーの?」という投稿がなされ、この投稿に対し、「仕方ねぇよバカ女なんだから 母親がいないせいで精神が未熟なんだろ」との投稿がなされました。
本件では、この「仕方ねぇよバカ女なんだから 母親がいないせいで精神が未熟なんだろ」という投稿が、「B」さんの「中の人」の権利を侵害するか(侮辱に該当するか)が争われていました。
裁判所は、「「仕方ねぇよ」という表現にとどまれば、被告が主張するように不満・愚痴という程度のものにすぎないといえるとしても、本件投稿の内容は、およそ不満・愚痴にとどまるものではなく、「B」の名称で活動する者を一方的に侮辱する内容にほかならない。そして、「バカ女」「精神が未熟」というように分断して捉えるのではなく、本件投稿の内容を一体として捉えつつ、その表現が見下すようなものになっていることや、成育環境に問題があるかのような指摘までしていることをも踏まえれば、特段の事情のない限り、本件投稿による侮辱は、社会通念上許される限度を超えるものであると認められる。」と述べて、侮辱(名誉感情侵害)に該当すると判断しました。
また、「誹謗中傷されたのはあくまでもBというキャラクターなんじゃないか?」という疑問に対して、「「B」としての言動に対する侮辱の矛先が、表面的には「B」に向けられたものであったとしても、原告は、「B」の名称を用いて、アバターの表象をいわば衣装のようにまとって、動画配信などの活動を行っているといえること、本件投稿は「B」の名称で活動する者に向けられたものであると認められることからすれば、本件投稿による侮辱により名誉感情を侵害されたのは原告」だと述べています(「原告」は「中の人」のことです。)。
先述したように、VTuberの場合、同定可能性が認められるかは難しい問題があるのですが、この裁判例では、侮辱(名誉感情侵害)の場合において、たとえVTuberであろうと権利侵害が認められる可能性があることを示したともいえます。
前掲の福岡地判の考えを踏襲したといえるのではないでしょうか。
今後、VTuberについて名誉毀損(名誉権侵害)やその他の権利侵害として争った場合に、同定可能性についてどのような判断がなされるか注目です。
おわりに
誹謗中傷への対応は、権利侵害が認められるかどうか、投稿者特定の手続をどう進めるのかなど、検討しなければならない事項がたくさんあります。
誹謗中傷のない世の中が理想なのでしょうが、それはおそらく難しいでしょうから、弁護士にご相談されると良いと思います。
- 松尾剛行『サイバネティック・アバターの法律問題 VTuber時代の安心・安全な仮想空間にむけて』6頁(弘文堂、2024年) ↩︎