はじめに
SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)は、現代社会における主要なコミュニケーションツールとなりましたが、その匿名性や拡散性の高さから、他者に対する攻撃的な投稿が深刻な社会問題となっています。
単なる誹謗中傷にとどまらず、相手を畏怖させる害悪の告知、すなわち「脅迫」や、義務のないことを無理に行わせる「強要」にあたる悪質な投稿も増えています。
このような行為は、被害者に深刻な精神的苦痛を与えるだけでなく、刑法上の犯罪として処罰の対象となります。
しかし、どのような投稿が具体的に脅迫罪や強要罪に該当するのか、その法的な境界線は必ずしも明確ではありません。
本稿では、SNSへの投稿が脅迫罪・強要罪に問われるのはどのような場合か、両罪の成立要件を解説します。
さらに、被害に遭った場合に、加害者を特定し、民事上および刑事上の責任を追及するための具体的な法的手続きについても解説いたします。
脅迫罪の成立要件
1-1. 刑法の条文
脅迫罪は、刑法第222条に規定されています。
刑法 第222条(脅迫)
- 生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、2年以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金に処する。
- 親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者も、前項と同様とする。
この条文を分解すると、脅迫罪が成立するためには、以下の3つの要件を満たす必要があります。
1-2. 要件①:害悪の告知
脅迫罪が成立するための中心的な行為は「害悪の告知」です。
法律は、告知される害悪の対象として、以下の5つのカテゴリーを限定的に列挙しています。
- 生命: 「殺すぞ」「お前を消す」など、生命を絶つことを示唆する内容。
- 身体: 「殴るぞ」「痛い目に遭わせてやる」「怪我をさせる」など、身体的な危害を加えることを示唆する内容。
- 自由: 「誘拐する」「監禁してやる」など、身体の自由を拘束することを示唆する内容。
- 名誉: 「お前の不倫を会社にばらす」「過去の犯罪歴をネットに晒す」など、人の社会的評価を低下させる情報を暴露することを示唆する内容。
- 財産: 「お前の家に火をつける」「車を破壊してやる」など、財産を毀損することを示唆する内容。
告知の対象は、脅迫される本人だけでなく、その親族(配偶者、子、親、兄弟など)に対するものであっても脅迫罪は成立します。
重要なのは、上記5つの対象以外への害悪の告知は、原則として脅迫罪には該当しないという点です。例えば、「お前のペットに危害を加えるぞ」という告知は、ペットが法律上は「財産」とみなされるため財産への害悪告知に該当しますが、「お前の友人を殴る」という告知は、友人が「親族」ではないため、原則として脅迫罪の構成要件にはあたりません(ただし、別の犯罪が成立する可能性はあります)。
1-3. 要件②:告知の方法
「告知」とは、害悪を加える意思があることを相手に知らせる行為です。
その方法は、明示的であるか暗示的であるかを問いません。
- SNSにおける告知:
- ダイレクトメッセージ(DM): 特定の個人に対して直接メッセージを送る行為。
- リプライ・コメント: 他のユーザーからも閲覧可能な形で、相手のアカウント宛に返信する行為。
- 投稿本文: 相手のアカウント名を挙げるなどして、間接的にその個人に向けられたと分かるように投稿する行為。
判例上、「告知」は、相手方にその内容が伝達され、認識されることによって完了すると考えられています。
また、告知内容は必ずしも明確な言葉である必要はなく、「夜道に気をつけろよ」「お前の住所は分かっている」といった暗示的な表現であっても、前後の文脈から、生命や身体などに対する害悪の告知であると一般人が解釈できる場合には、脅迫罪が成立し得ます。
1-4. 要件③:脅迫の程度
脅迫罪が成立するためには、その害悪の告知が、客観的に見て、相手方を畏怖させる(怖がらせる)に足りる程度のものである必要があります。
客観的判断: 判断の基準は、被害者本人が主観的に「怖かった」と感じたかどうかだけではありません。その告知内容、告知の方法、当事者間の関係性、その他の付随する状況を総合的に考慮し、一般の人がその状況に置かれた場合に恐怖を感じるであろうと評価されることが必要です。例えば、冗談であることが明らかな文脈での「殺すぞ」という投稿や、明らかに実現不可能な内容(例:「呪いをかけてやる」)は、通常、客観的に人を畏怖させるに足りる害悪の告知とは評価されません。
1-5.未遂罪の規定がない
脅迫罪には未遂を罰する規定がないため、既遂に至らない場合は処罰されません。
強要罪の成立要件
強要罪は、脅迫罪と類似していますが、単に相手を怖がらせるだけでなく、それによって義務のないことを行わせる点で、より悪質であり、刑罰も重くなっています。
2-1. 刑法の条文
強要罪は、刑法第223条に規定されています。
刑法 第223条(強要)
- 生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、又は暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者は、3年以下の拘禁刑に処する。
- 親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者も、前項と同様とする。
- 前二項の罪の未遂は、罰する。
2-2. 強要罪の成立要件
強要罪が成立するためには、脅迫罪の要件に加えて、以下の2つの要件が必要です。
- 要件①:脅迫または暴行を用いること 手段として、脅迫罪と同様の害悪の告知(脅迫)、または有形力の行使(暴行)が用いられることが必要です。SNS上では、主に「脅迫」が手段となります。
- 要件②:義務のないことを行わせる、または権利の行使を妨害すること
- 義務のないことを行わせる: 法律上、相手方が行う義務のない特定の作為を強制することです。
(SNSでの具体例)- 「例の動画をばらまかれたくなければ、土下座動画をアップしろ」と要求し、謝罪動画を投稿させる。
- 「過去の秘密を暴露するぞ」と脅し、特定の投稿を削除させる。
- 権利の行使を妨害する: 相手方が正当に持つ権利の行使を、脅迫や暴行によって妨げることです。
(SNSでの具体例)- 被害者が警察に被害届を提出しようとしていることに対し、「もし警察に行ったら家族がどうなるか分かっているな」と投稿し、被害届の提出を断念させる。
- 会社を退職しようとしている従業員に対し、「退職するなら、お前の悪評を業界に流して再就職できなくしてやる」とDMを送り、退職の意思を撤回させる。
- 義務のないことを行わせる: 法律上、相手方が行う義務のない特定の作為を強制することです。
2-3. 脅迫罪との関係
脅迫行為によって、相手方が畏怖したものの、要求された行為をしなかった場合(例えば、土下座動画を投稿しなかった場合)でも、強要罪の未遂が成立します。
脅迫罪は、害悪の告知によって相手が畏怖した時点で犯罪が成立しますが、強要罪は、さらにその先の「義務のない行為をさせる」という結果まで求めている点で、より保護しようとする法益が広いと言えます。
そのため、両罪が成立しうる場面では、より重い強要罪が成立し、脅迫罪は成立しません。
第3章:被害者が取りうる法的手続き
SNS上で脅迫・強要の被害に遭った場合、被害の回復と加害者の責任追及のため、民事・刑事の両面から法的手続きを進めることが可能です。
3-1. 民事上の手続き
民事手続きの主な目的は、①加害者の特定、②行為の差止め、そして③損害の賠償です。
- STEP1:証拠の保全 まず、証拠を保全することが重要です。問題となる投稿のスクリーンショット(URL、アカウント名、投稿日時が分かるように)、DMのやり取りなどを、削除される前に必ず保存してください。
- STEP2:発信者情報開示請求 加害者が匿名の場合、「発信者情報開示請求」という裁判手続きを行います。これにより、サイト運営者とインターネットプロバイダから、加害者の氏名・住所を特定します。
- STEP3:損害賠償請求 加害者が特定できた後、不法行為(民法第709条、710条)に基づき、受けた損害の賠償を請求します。請求できる損害には、主に精神的苦痛に対する慰謝料や、加害者を特定するために要した弁護士費用(調査費用)などが含まれます。 慰謝料の額は、脅迫の悪質性、期間、被害者が受けた精神的苦痛の程度などを総合的に考慮して判断され、数十万円から百万円を超えることもあります。 まずは内容証明郵便で請求し、示談交渉を行うのが一般的ですが、交渉がまとまらなければ、裁判所に損害賠償請求訴訟を提起します。
- STEP4:差止請求 加害者が継続的に脅迫的な投稿を繰り返している場合、将来の被害を防ぐため、投稿の差止めを求める仮処分を裁判所に申し立てるという方法もあります。
3-2. 刑事上の手続き
刑事手続きの目的は、加害者に対して国の法律に基づき刑罰を科すことを求めるものです。
- 警察への被害相談・被害届の提出: まずは、保全した証拠を持参し、最寄りの警察署または都道府県警のサイバー犯罪相談窓口に被害を相談します。警察は、事案が悪質であると判断すれば、捜査を開始します。被害の事実を申告する「被害届」を提出することが、その第一歩となります。
- 刑事告訴: より強力な手続きとして「告訴」があります。告訴は、単なる被害の申告にとどまらず、加害者の処罰を求める強い意思表示です。犯罪事実を特定し、処罰を求める旨を記載した「告訴状」を作成して警察に提出します。脅迫罪・強要罪は、名誉毀損罪などと異なり「非親告罪」であるため、告訴がなくても検察官は起訴できます。しかし、実務上、当事者間のトラブルに端を発する事案では、被害者からの正式な告訴があるかどうかが、警察が本格的に捜査に着手し、検察官が起訴するか否かを判断する上で、非常に重要な要素となります。 告訴状が受理されれば、警察は原則として捜査を進め、事件を検察官に送致する義務を負います。
- 公訴時効: 犯罪行為が終わった時(投稿時)から、検察官が起訴できる期間には限りがあります。脅迫罪・強要罪の公訴時効は、いずれも3年です。この期間を過ぎると、刑事責任を問うことはできなくなります。
ただし、警察などは、加害者が特定されていない段階での被害届や告訴の受理を嫌がります。
発信者情報開示請求をして加害者を特定してから告訴をする方がスムーズに進む場合が多いです。
おわりに
SNS上での「殺すぞ」「ばらすぞ」といった書き込みは、決して単なる「ネット上の悪口」ではありません。
刑法上の脅迫罪や強要罪という、拘禁刑(懲役刑)も定められた重大な犯罪行為に該当する可能性があります。
被害の拡大を防ぎ、加害者に正当な責任を取らせるためには、証拠を確実に保全した上で、できるだけ早く警察や弁護士に相談することが不可欠です。
特に、加害者が匿名の場合、その特定には専門的な裁判手続きと時間を要します。
一人で悩まず、弁護士にご相談ください。
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