はじめに
近年、リラクゼーションや健康維持を目的として、カンナビジオール(CBD)を含有するオイル、ベイプ、食品などの製品が急速に市場に普及しています。
その一方で、CBDと同様に大麻草(カンナビス)に含まれる成分であるテトラヒドロカンナビノール(THC)が法律で厳しく規制されていることから、「CBD製品は本当に安全なのか」「どのような場合に違法となるのか」といった法的な懸念や混乱が生じています。
さらに、2023年12月に可決・成立し、2024年以降段階的に施行される改正大麻取締法は、日本の大麻に関する規制のあり方を大きく転換させるものです。
本稿では、CBD製品を取り巻く法的状況を正確に理解するため、現行法および最新の法改正の内容を基に、CBD製品が適法とされるための要件、違法となるケース、そして事業者が負うべき責任について解説します。
CBDが合法でTHCが違法とされる根拠
まず、なぜCBDは許容され、THCは厳しく禁止されるのか、その法的な区別を理解することが全ての基本となります。
1-1. 規制の対象となる「大麻」の定義
日本の大麻規制は、長らく「大麻取締法」によって規律されてきました。
この法律における規制の根幹は、「大麻」の定義にあります。 2023年の法改正前の旧大麻取締法第1条では、「大麻」を以下のように定義していました。
(旧)大麻取締法 第1条 この法律で「大麻」とは、大麻草(カンナビス・サティバ・エル)及びその製品をいう。ただし、大麻草の成熟した茎及びその製品(樹脂を除く。)並びに大麻草の種子及びその製品を除く。
この規定の重要な点は、大麻草の全ての部位を規制対象とするのではなく、部位によって規制対象を分けていたことです。
幻覚作用などの精神作用(向精神作用)の原因となるTHCが、主に大麻草の花や葉、樹脂に集中していることから、これらの部位を規制の対象とし、THCがほとんど含まれていない成熟した茎や種子は規制の対象外としていました。
この「部位規制」の結果、「成熟した茎または種子のみから抽出・製造されたCBD製品」であれば、旧大麻取締法上の「大麻」には該当せず、国内での流通が認められてきました。
逆に言えば、たとえCBD製品であっても、規制対象部位である花や葉から抽出されたものであれば、それは違法な「大麻」製品とみなされる可能性がありました。
1-2. THCの残留問題
部位規制の考え方に基づいても、CBD製品が法的に問題となる最大の要因が、THCの残留です。
CBDを茎や種子から抽出する過程で、微量のTHCが意図せず混入・残留する可能性があります。
日本の法律では、THCの許容濃度に関する明確な基準値が定められておらず、原則としてTHCが検出されれば「大麻」に該当すると判断されるリスクがありました。
厚生労働省の指導のもと、実務上はごく微量(例えば0.001%など、検出限界に近いレベル)であれば問題視されないケースもありましたが、法的に明確な基準がないため、事業者・消費者ともに常に違法性のリスクを抱えている状態でした。
海外で適法に流通しているCBD製品を個人輸入した場合でも、日本の基準では違法な量のTHCが残留しており、大麻輸入の罪に問われるケースが発生しています。
2023年大麻取締法改正による規制の転換
このような部位規制に伴う問題や、医療用大麻の必要性の議論などを背景に、2023年12月6日、大麻取締法と麻薬及び向精神薬取締法の一部を改正する法律が可決・成立しました。
この改正は、日本の大麻規制を根本から変えるものです。
2-1. 「部位規制」から「成分規制」への移行
改正法の最大のポイントは、従来の「部位規制」を撤廃し、含有される成分に着目した「成分規制」へと移行した点です。
これにより、法律の名称も「大麻草の栽培の規制に関する法律」へと変更されます。
改正後の規制の核心は、大麻草から抽出されるTHCを、麻薬及び向精神薬取締法における「麻薬」として明確に指定し、規制することにあります。
麻薬及び向精神薬取締法 第2条第1号(改正後) (麻薬の定義) 別表第一に掲げる物及び大麻をいう。
同法 別表第一(改正後・抜粋)
四十二 六a・七・八・十a―テトラヒドロ―六・六・九―トリメチル―三―ペンチル―六H―ジベンゾ〔b・d〕ピラン―一―オール(別名デルタ九テトラヒドロカンナビノール)及びその塩類
四十三 六a・七・十・十a―テトラヒドロ―六・六・九―トリメチル―三―ペンチル―六H―ジベンゾ〔b・d〕ピラン―一―オール(別名デルタ八テトラヒドロカンナビノール)及びその塩類七十八 前各号に掲げる物又は大麻のいずれかを含有する物であつて、あへん以外のもの。ただし、次に掲げるものを除く。
ロ その濫用による保健衛生上の危害が発生しない量として政令で定める量以下の第四十二号に掲げる物(大麻草としての形状を有しないものに限る。)を含有する物であつて、前各号(同号を除く。)に掲げる物又は大麻を含有しないもの
ハ 第四十二号又は第四十三号に掲げる物を含有する大麻草の種子若しくは成熟した茎又はそれらの製品(大麻草の種子又は成熟した茎としての形状を有しないもの及び前各号に掲げる物又は大麻を人為的に含有させたものを除く。)
この改正により、「どこから抽出されたか」は問題ではなくなり、製品に「基準値を超えるTHCが含まれているか」が、その適法・違法を判断する基準となります。
2-2. THC残留濃度の基準値の設定
成分規制への移行に伴い、これまで曖昧であったTHCの残留許容濃度について、法的な基準値(閾値)が設けられることになりました。
麻薬、麻薬原料植物、向精神薬、麻薬向精神薬原料等を指定する政令
第二条 法別表第一第七十八号ロの政令で定める量は、次の各号に掲げる物の区分に応じ、当該各号に定める量とする。
一 油脂(常温において液体であるものに限る。)及び粉末 百万分中十分の量
二 水溶液 一億分中十分の量
三 前二号に掲げる物以外のもの 百万分中一分の量
政令によると、油脂及び粉末の場合は10ppm、水溶液の場合は0.1ppm、その他の場合は1ppmを超える場合には違法となります。
CBD製品に含まれるTHC濃度がその基準値を下回ることが証明されている限り、法的に「麻薬」とは扱われず、安心して利用・流通させることが可能となります。
これにより、事業者・消費者双方の予測可能性が大きく向上することが期待されます。
2-3. 事業者に対する規制強化とトレーサビリティ
法改正は、CBD製品の安全性を確保するため、事業者に対する新たな規制も導入します。
CBD製品を製造・販売・輸入する事業者は、厚生労働大臣の許可や届出が必要となる可能性があります。
また、製品の安全性を担保するため、THCが基準値以下であることを証明する成分分析証明書(CoA)の取得・保管や、製品の流通経路を追跡可能にするトレーサビリティシステムの導入などが事実上義務付けられることが想定されます。
これらの規制は、粗悪な製品や違法なTHCが混入した製品が市場から排除され、消費者が安全な製品を選択できる環境を整備することを目的としています。
違反した場合の刑事罰
1. 輸出・輸入・製造
THCを麻薬として許可なく輸出、輸入、または製造する行為は、最も重い刑罰の対象となります。
営利目的(販売目的など)の有無で刑罰が大きく異なります。
- 営利目的あり
- 刑罰: 1年以上の有期拘禁刑(情状により1年以上の有期拘禁刑及び500万円以下の罰金が併科されることがあります。)
- 根拠条文: 麻薬及び向精神薬取締法 第65条2項
- 営利目的なし
- 刑罰: 1年以上10年以下の拘禁刑
- 根拠条文: 麻薬及び向精神薬取締法 第65条1項1号
2. 譲渡し・譲受け・所持等
THCを麻薬として許可なく譲り渡す(販売、贈与など)、または譲り受ける(購入、譲り受けなど)行為が対象です。
- 営利目的あり
- 刑罰: 1年以上10年以下の拘禁刑(情状により1年以上10年以下の拘禁刑及び300万円以下の罰金が併科されることがあります。)
- 根拠条文: 麻薬及び向精神薬取締法 第66条2項
- 営利目的なし
- 刑罰: 7年以下の拘禁刑
- 根拠条文: 麻薬及び向精神薬取締法 第66条1項
3. 使用
医師などが治療目的で行う場合などを除き、THC(麻薬)を身体に使用する(施用する)、またはその施用を受ける行為です。
- 営利目的あり
- 刑罰: 1年以上10年以下の拘禁刑。情状により1年以上10年以下の拘禁刑および300万円以下の罰金が併科されることがあります 。
- 根拠条文: 麻薬及び向精神薬取締法 第66条の2第2項
- 営利目的なし
- 刑罰: 7年以下の拘禁刑
- 根拠条文: 麻薬及び向精神薬取締法 第66条の2第1項
「合成カンナビノイド」への対応
近年の法規制のもう一つの大きな柱が、大麻由来の成分ではなく、化学的に合成されたカンナビノイドへの対応です。
3-1. 指定薬物制度
THCと同様の精神作用を持つ合成カンナビノイド(HHCH、THCHなど)を含有する製品(いわゆる「大麻グミ」など)が市場に流通し、健康被害が相次いだことは記憶に新しいところです。
これまで、こうした新たな化合物に対しては、厚生労働省が医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)に基づき、個別に「指定薬物」として指定し、その製造・輸入・販売・所持・使用等を禁止してきました。
薬機法 第2条第15項(指定薬物の定義) この法律で「指定薬物」とは、中枢神経系の興奮若しくは抑制又は幻覚の作用(当該作用の維持又は強化の作用を含む。以下「精神毒性」という。)を有する蓋然性が高く、かつ、人の身体に使用された場合に保健衛生上の危害が発生するおそれがある物(覚醒剤取締法(昭和二十六年法律第二百五十二号)に規定する覚醒剤、麻薬及び向精神薬取締法(昭和二十八年法律第十四号)に規定する麻薬及び向精神薬並びにあへん法(昭和二十九年法律第七十一号)に規定するあへん及びけしがらを除く。)として、厚生労働大臣が薬事審議会の意見を聴いて指定するものをいう。
3-2. HHCH、THCHなどの規制
HHCHやTHCHなどの物質は、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律第二条第十五項に規定する指定薬物及び同法第七十六条の四に規定する医療等の用途を定める省令の改正により、指定薬物として指定されたため、医療等の用途以外での製造、輸入、使用等はできません。
第4章:CBD製品が違法となる具体的なケースと法的責任
以上の法的枠組みを踏まえ、CBD製品が違法となる具体的なケースを整理します。
- ケース1:基準値を超えるTHCが残留している場合 たとえ意図的でなくとも、製品から規制基準値を超えるTHCが検出された場合、その製品は「麻薬」とみなされます。これを輸入すれば麻薬輸入罪、所持していれば麻薬所持罪に問われることになります。過失(知らなかった)による場合でも、捜査の対象となり、少なくとも製品の廃棄や回収は免れません。
- ケース2:指定薬物(合成カンナビノイド)が含有されている場合 製品にHHCHなどの指定薬物が含まれていた場合、薬機法違反となります。これを知って輸入・販売・授与・所持・使用等すれば、刑事罰の対象となります。
- ケース3:虚偽または誤解を招く表示・広告を行った場合 製品がTHCフリーであるかのように表示しながら、実際にはTHCが残留していた場合や、医学的な効果・効能を標榜した場合(例:「がんに効く」「うつ病が治る」など)は、景品表示法違反や薬機法違反(未承認医薬品の広告)に問われる可能性があります。
法的責任
これらの違法行為が発覚した場合、行為者は刑事責任、行政処分、民事責任という三重の責任を負う可能性があります。
- 刑事責任: 麻薬及び向精神薬取締法違反や薬機法違反として、拘禁刑や罰金刑が科される。
- 行政処分: 事業者に対しては、営業許可の取消しや業務停止命令、製品の回収命令などの行政処分が下される。
- 民事責任: 健康被害を受けた消費者から、製造物責任法(PL法)や民法の不法行為に基づき、損害賠償請求訴訟を提起される。
おわりに
CBD製品は、日本の法規制を遵守する限りにおいて、適法に利用することが可能です。
2023年の大麻取締法改正は、従来の曖昧な「部位規制」から、科学的根拠に基づく「成分規制」へと移行し、THCの残留基準値を明確化するものであり、市場の健全化に大きく寄与することが期待されます。
しかし、その一方で、THCや指定薬物に関する規制は依然として非常に厳格です。CBD製品を利用または取り扱う際には、以下の点が不可欠です。
- 信頼できるメーカーや販売業者から購入すること。
- 第三者機関による成分分析証明書(CoA)が公開されており、THCや指定薬物が含まれていないことが確認できる製品を選ぶこと。
- 事業者においては、法改正の動向を常に注視し、新たな許可・届出制度や表示義務など、求められるコンプライアンス体制を遺漏なく整備すること。
CBD製品を取り巻く法的環境は、今まさに大きな変革期にあります。
その便益を安全に享受するためには、消費者・事業者双方が、最新の法規制に関する正確な知識を持ち、慎重に行動することが何よりも重要です。
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