はじめに
覚醒剤は、心身に深刻な悪影響を及ぼし、依存性が極めて高いことから、日本では「覚醒剤取締法」によって厳しく規制されています。
好奇心や誘いなど、軽い気持ちで一度でも使用してしまうと、法律上の「犯罪」が成立し、厳しい刑事罰の対象となります。
また、単なる使用にとどまらず、所持や譲渡、密売といった行為に関与した場合、その刑罰はさらに重くなります。
本稿では、覚せい剤を使用してしまった場合に、どのような犯罪が成立し、どの程度の刑罰が科されるのか、そして営利目的が加わった場合の刑罰の加重等について解説いたします。
覚醒剤使用の罪
覚醒剤事犯の中で、最も基本的な犯罪が「使用」です。
1-1. 覚醒剤取締法の条文
覚醒剤の使用は、覚醒剤取締法第19条で禁止され、その罰則が同法第41条の3に定められています。
覚醒剤取締法 第19条(使用の禁止)
次に掲げる場合のほかは、何人も、覚醒剤を使用してはならない。
一 覚醒剤製造業者が製造のため使用する場合
二 覚醒剤施用機関において診療に従事する医師又は覚醒剤研究者が施用する場合
三 覚醒剤研究者が研究のため使用する場合
四 覚醒剤施用機関において診療に従事する医師又は覚醒剤研究者から施用のため交付を受けた者が施用する場合
五 法令に基づいてする行為につき使用する場合
覚醒剤取締法 第41条の3第1項第1号(罰則)
次の各号のいずれかに該当する者は、十年以下の拘禁刑に処する。
一 第十九条(使用の禁止)の規定に違反した者
この条文から明らかなように、法律で例外的に許可されている医療目的や研究目的などを除き、いかなる理由があっても、一般の人が覚せい剤を使用することは全面的に禁止されています。
そして、この禁止規定に違反した場合の法定刑は「10年以下の拘禁刑」です。
詐欺罪などと同等の、非常に重い刑罰が定められており、罰金刑の規定はありません。起訴されて有罪となれば、必ず拘禁刑が科されることになります。
1-2. 「使用」の立証方法
犯罪として「使用」を立証するためには、身体から覚醒剤成分が検出される必要があります。
このため、警察は、被疑者の尿を任意で提出させ、または裁判官の発付する令状に基づいて強制的に採尿し、科学捜査研究所(科捜研)で鑑定を行います。
この尿鑑定の結果、覚醒剤成分が検出されれば、それが覚醒剤を使用したことを強く推認させる強力な証拠となります。
1-3. 初犯の場合の刑罰水準
法定刑は「10年以下」と幅がありますが、実際の裁判で科される刑罰は、事案の具体的な内容によって異なります。
覚せい剤の使用罪で起訴された場合、初犯であれば、拘禁刑(懲役)1年6ヶ月、執行猶予3年といった判決が下されることが実務上多いです。
執行猶予とは、判決で定められた期間中、別の罪を犯すことなく過ごせば、刑の執行が免除される制度です。
しかし、これはあくまで一般的な傾向であり、使用の態様が悪質である場合や、他に不利な事情がある場合には、初犯であっても実刑判決(執行猶予がつかずに刑務所に収監されること)となる可能性は十分にあります。
覚醒剤所持の罪
覚せい剤を使用するためには、その前提として、覚せい剤を物理的に所持しているのが通常です。
そのため、使用罪で検挙される場合、多くは「所持罪」も同時に成立し、合わせて訴追されることになります。
2-1. 覚醒剤取締法の条文
覚醒剤の所持は、覚醒剤取締法第14条で禁止され、その罰則が同法第41条の2に定められています。
覚醒剤取締法 第14条第1項(所持の禁止)
覚醒剤製造業者、覚醒剤施用機関の開設者及び管理者、覚醒剤施用機関において診療に従事する医師、覚醒剤研究者並びに覚醒剤施用機関において診療に従事する医師又は覚醒剤研究者から施用のため交付を受けた者のほかは、何人も、覚醒剤を所持してはならない。
覚醒剤取締法 第41条の2第1項(罰則)
覚醒剤を、みだりに、所持し、譲り渡し、又は譲り受けた者(第四十二条第五号に該当する者を除く。)は、十年以下の拘禁刑に処する。
所持罪の法定刑も、使用罪と同じく「10年以下の拘禁刑」です。
使用罪と所持罪の両方が成立する場合、両罪は個別に成立し、併合罪の関係に立つと考えられています。
そのため、両罪が成立する場合、その法定刑は、「15年以下の拘禁刑」ということになります。
2-2. 「所持」の定義
「所持」とは、覚醒剤が自己の支配下にあるという事実状態を指します。
- 直接所持: ポケットやカバンの中など、身体に密着させて携帯している状態。また、自宅の机の引き出しや、自動車のダッシュボードなど、必ずしも身に着けていなくても、自分が管理・支配している場所に保管している状態。
- 間接所持: 知人などに物の保管、管理を委託して間接的に所持する場合、郵便や宅配便などを通じて物を輸送する場合など、間接的に管理・支配している状態。
いずれの状態であっても、「所持」に該当します。
2-3. 刑罰への影響
使用罪と所持罪の両方で起訴された場合、刑罰は使用罪単体の場合よりも重くなる傾向があります。
所持していた覚醒剤の量が多ければ、それだけ依存性が高く、常習的であると判断され、より重い処罰が科される一因となります。
営利目的がある場合の刑罰の加重
覚醒剤に関する犯罪は、自己の使用目的(個人的な使用)か、営利目的(販売・密売など)かによって、科される刑罰が大きく異なります。
3-1. 覚醒剤取締法の条文
営利目的の所持や譲渡し(販売など)は、覚醒剤取締法の罰則の中でも最も重い類型として規定されています。
覚醒剤取締法 第41条(罰則)
覚醒剤を、みだりに、本邦若しくは外国に輸入し、本邦若しくは外国から輸出し、又は製造した者(第四十一条の五第一項第二号に該当する者を除く。)は、一年以上の有期拘禁刑に処する。
2 営利の目的で前項の罪を犯した者は、無期若しくは三年以上の拘禁刑に処し、又は情状により無期若しくは三年以上の拘禁刑及び一千万円以下の罰金に処する。
3 前二項の未遂罪は、罰する。
覚醒剤取締法 第41条の2(罰則)
覚醒剤を、みだりに、所持し、譲り渡し、又は譲り受けた者(第四十二条第五号に該当する者を除く。)は、十年以下の拘禁刑に処する。
2 営利の目的で前項の罪を犯した者は、一年以上の有期拘禁刑に処し、又は情状により一年以上の有期拘禁刑及び五百万円以下の罰金に処する。
3 前二項の未遂罪は、罰する。
3-2. 「営利目的」とは
「営利目的」とは、自ら財産上の利益を得、又は第三者に得させることを動機・目的とする場合を指します。
覚せい剤を販売して利益を上げようとする目的がこれに該当します。
この目的の有無は、本人の供述だけでなく、以下のような客観的な事情から総合的に判断されます。
- 所持量の多さ: 個人が使用する量としては明らかに多量の覚せい剤を所持していた場合。
- 小分けされた包装: 販売しやすいように、覚せい剤がパケなどに小分けされていた場合。
- 計量器具等の存在: 精密なはかりなど、密売に使用される器具を所持していた場合。
- 多数の他人との連絡履歴: スマートフォンなどに、多数の購入希望者と思われる人物との連絡履歴が残っている場合。
3-3. 営利目的犯の刑罰
- 営利目的の輸出・輸入・製造: 法定刑は「無期または3年以上の拘禁刑」となり、情状によっては1000万円以下の罰金も併科されます。これは、殺人罪に匹敵する極めて重い刑罰です。
- 営利目的の所持・譲渡し・譲受け: 法定刑は「1年以上の有期拘禁刑」となり、情状によっては500万円以下の罰金も併科されます。下限が「1年」と定められているため、初犯であっても実刑判決となる可能性が非常に高くなります。
このように、たとえ自身が使用していなくても、密売組織の一員として覚せい剤の運搬や保管に関与しただけで、極めて厳しい刑事罰の対象となります。
その他の関連犯罪
覚せい剤の使用は、しばしば他の犯罪行為と関連して行われます。
- 覚醒剤原料の規制: 覚醒剤の原料となる物質(エフェドリンなど)についても、「覚醒剤取締法」で輸入、輸出、所持、製造などが厳しく規制されており、違反した場合は重い罰則(例:営利目的での輸入・輸出・製造は1年以上の有期拘禁刑、情状によっては500万円以下の罰金の併科)が科されます。
- 使用後の犯罪行為: 覚醒剤の薬理作用により、正常な判断能力や抑制力が失われ、幻覚や妄想に支配された結果、傷害、窃盗、交通人身事故といった二次的な犯罪を引き起こすケースも少なくありません。その場合、覚醒剤取締法違反の罪とは別に、引き起こした犯罪についても刑事責任を問われることになります。
おわりに
覚醒剤の使用は、単に「個人の身体に悪影響を及ぼす」というだけでなく、「10年以下の拘禁刑」という重い刑罰が科される明確な犯罪行為です。
そして、多くの場合、使用罪は所持罪と合わせて立件され、再犯の可能性が高い薬物犯罪の特性から、たとえ初犯であっても厳しい刑事処分が下される傾向にあります。
さらに、一度でも販売などの「営利目的」に関与すれば、その法定刑は飛躍的に重くなり、人生を根本から覆すほどの深刻な結果を招きます。
覚醒剤は、一度手を出せば、法的にも、医学的にも、そして社会的にも、極めて困難な状況に陥る危険な薬物です。
もしご自身やご家族が、覚醒剤に関する事件で捜査の対象となるなど、法的な対応が必要な状況に置かれた場合は、一刻も早く刑事事件、特に薬物事犯に精通した弁護士に相談することが不可欠です。
専門家の助力を得て、適切な対応を取ることが、その後の更生への第一歩となります。
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