はじめに
ある日突然、「発信者情報開示に係る意見照会書」という書面が、プロバイダから届くことがあります。
これは、あなたが過去にインターネット上で行った投稿(書き込み、レビュー、SNS投稿など)や、その他の行動(ファイルのダウンロードやアップロード等)によって「権利を侵害された」と主張する第三者(被害者)が、あなたを特定するために発信者情報開示請求をしていることを意味します。
そして、プロバイダが個人情報保護の観点から、開示に応じる前に、あなた自身の意見を聞くために送付してきたのが、この「意見照会書」です。
一般的に多いのは、SNSや掲示板などへの投稿ですが、近年は、BitTorrent(ビットトレント)と呼ばれるファイル共有ソフトを利用して、漫画やアニメ、AV(アダルトビデオ)などを無断でインターネット上にアップロードすることによる著作権侵害も増えています。
本稿では、意見照会書が届いた場合の対応などについて解説いたします。
発信者情報開示請求の仕組み
まず、この事態を正確に理解するため、意見照会書が届くまでの背景にある「発信者情報開示請求」という法的手続きの仕組みを知る必要があります。
1.発信者情報開示請求とは
インターネット上で名誉毀損、プライバシー権侵害、著作権侵害などの権利侵害を受けた被害者は、「情報プラットフォーム対処法(旧プロバイダ責任制限法)」という法律に基づき、プロバイダに対して、侵害投稿を行った発信者の情報(氏名、住所、メールアドレス、電話番号など)を開示するよう請求することができます。
匿名性の高いインターネットでは、投稿内容だけでは相手が誰なのか分かりません。
そこで、被害者が投稿者を特定し、損害賠償請求などの法的責任を追及するために認められたのが、この制度です。
2.開示請求から意見照会までの流れ
被害者があなたを特定しようとする場合、一般的に以下のような段階を踏みます。
【STEP1】コンテンツプロバイダへのIPアドレス開示請求
被害者はまず、あなたの投稿がなされたウェブサイトの運営者(X(旧Twitter)、Google、Facebookなどのコンテンツプロバイダ)に対して、裁判(仮処分)を起こし、投稿時に使用された「IPアドレス」と「タイムスタンプ」の開示を求めます。
【STEP2】アクセスプロバイダの特定
開示されたIPアドレスから、そのIPアドレスを割り当てているインターネット接続業者(NTTドコモ、ソフトバンク、KDDI、OCN、J:COMなどのアクセスプロバイダ)を特定します。
【STEP3】アクセスプロバイダへの契約者情報開示請求と「意見照会」
次に被害者は、特定したアクセスプロバイダに対して、「このIPアドレスを、この日時に使用していた契約者の氏名・住所・連絡先を開示せよ」という裁判手続をします(または、テレサ書式等による任意の開示請求)。
訴訟を起こされたアクセスプロバイダは、直ちに情報を開示するのではなく、法律に基づき、情報開示の対象となっている契約者本人、つまりあなたに対して、「このような開示請求が来ていますが、情報を開示してよいか、あなたの意見を聞かせてください」と確認します。
これが「意見照会」であり、その際に送られてくる書面が「意見照会書」なのです。
つまり、この書面が届いた時点で、被害者はすでに裁判所を通じてあなたの通信記録(IPアドレス)を入手し、あなたが契約しているプロバイダを突き止め、まさにあなたの個人情報にリーチをかけている、という非常に切迫した状況にあるのです。
意見照会書への対応
意見照会書には、通常2週間程度の回答期限が設けられています。
あなたは、この期限内に以下の3つのいずれかの対応を選択しなければなりません。
1.【選択肢①】開示に「同意する」
意見照会書に同封されている回答書で、「開示に同意する」という選択肢にチェックを入れて返送する方法です。
あなたが同意すれば、プロバイダは「本人の同意がある」として、あなたの氏名、住所などの個人情報を、請求者(被害者)に任意で開示します。
その後、ほぼ確実に、被害者の代理人弁護士からあなた宛に、損害賠償を請求する内容証明郵便が届くことになります。
そこから、慰謝料の金額などを巡る示談交渉が始まり、交渉がまとまらなければ、損害賠償請求訴訟を提起されることになります。
「同意」を選択すべきケース
この選択肢を積極的に選ぶべきなのは、自分の投稿が明らかに他者の権利を侵害しており、その責任を認めて、誠実に謝罪と賠償を行いたいと考えている場合です。
例えば、感情に任せて具体的な個人名を挙げ、「〇〇は会社の金を横領している犯罪者だ」といった事実無根の誹謗中傷をしてしまったケースなどが該当します。
このような場合、無駄に争って裁判で敗訴するよりも、早期に当事者間で交渉を開始した方が、最終的な賠償額を低く抑えられたり、公開の法廷での尋問などを避けられたりするメリットがあります。
ただし、安易に同意する前に、本当にご自身の投稿が「法的に権利侵害にあたるか」を冷静に検討する必要があります。
2.【選択肢②】開示を「拒否する」
回答書で、「開示に同意しない」という意思表示をする方法です。これが最も慎重な検討を要する選択肢です。
あなたが拒否の意思を示すと、プロバイダは「本人の同意がない」として、請求者への任意での開示は行いません。
しかし、これで全てが終わるわけではありません。
被害者側は、次に裁判所に対して「発信者情報開示命令」の申立てという法的手続きを行います(すでに申し立てられている場合、その手続きが進められます)。
裁判所は、被害者の主張と、プロバイダを通じて提出されるあなたの(拒否)意見などを基に、あなたの投稿が「権利侵害であることが明白か」などを審理します。
そして、裁判所が「開示を命じるべき」と判断すれば、プロバイダに対して開示命令を出し、あなたの拒否の意思にかかわらず、あなたの個人情報は開示されてしまいます。
逆に、裁判所が「権利侵害とはいえない」と判断すれば、申立ては却下され、あなたの情報は開示されずに済みます。
「拒否」を選択すべきケース
以下のいずれかに該当する場合は、開示を拒否し、裁判所の判断を仰ぐことを検討すべきです。
自分の投稿が権利侵害にあたらないと考えている場合
例えば、「あの店のラーメンは味が落ちた」といった個人の感想や正当な論評の範囲内である、公共の利害に関する事実を公益目的で投稿した場合(公益性・公共性・真実性の抗弁)、投稿内容が抽象的で特定の個人の社会的評価を低下させていない、などと主張できるケースです。
権利侵害にあたるか否か、法的な判断が微妙な場合
どこまでが正当な批評で、どこからが名誉毀損なのか、といった線引きは非常に専門的です。
安易に「侵害だ」と決めつけず、専門家の意見を聞き、裁判所で争う価値があるかどうかを判断すべきです。
投稿に身に覚えのない場合
極めて稀ですが、アカウントの乗っ取りや、家族があなたの契約回線を使って投稿した場合などです。
3.【選択肢③】回答せず「無視する」
回答期限までに、何も返信をしないという選択です。
プロバイダは、あなたから意見がなかったものとして扱います。
これは、実質的に「拒否」した場合とほぼ同じ結果をもたらします。
つまり、プロバイダは任意開示を行わず、被害者は裁判所に開示命令の申立てを行うことになります。
ただし、無視することには大きなデメリットがあります。
裁判になった際、プロバイダはあなたの意見を何も持っていないため、裁判所に対してあなたの主張を伝えることができません。
裁判所は、被害者側から提出された主張と証拠のみで判断せざるを得ず、あなたに有利な事情が全く考慮されないまま、開示命令が出されてしまうリスクが格段に高まります。
「無視」を選択すべきではない理由
無視は、自分の意見を主張する貴重な機会を自ら放棄する行為です。
「面倒だから」「怖いから」という理由で無視をすることは、最も不利益な結果を招く可能性が高い、最悪の選択肢であると認識してください。
開示拒否する場合の具体的な対応
「開示を拒否する」こととした場合、ただ回答書にチェックを入れて送り返すだけでは不十分です。
裁判所での対応を見据え、戦略的に行動する必要があります。
STEP1:投稿内容の再確認と法的検討
まず、意見照会書に記載されている投稿内容(どのサイトの、いつの、どの書き込みか)を正確に確認し、なぜこれが権利侵害だと主張されているのかを分析します。
請求者が主張している権利(名誉権、プライバシー権など)に応じて、法的な反論が可能かどうかを検討します。
<名誉毀損に対する反論の例>
公共性・公益性・真実性の証明
投稿内容が、公共の利害に関わる事実であり(公共性)、その目的が専ら公益を図ることにあり(公益性)、かつ、内容が真実である、または真実と信じるに足る相当な理由があった(真実性・相当性)ことを主張する。
意見・論評の法理
投稿が具体的な事実の摘示ではなく、個人の感想や評価(意見・論評)であり、その前提となる事実が重要部分で真実であり、人身攻撃に及ぶなど論評の域を逸脱したものではないことを主張する。
社会的評価の低下がない
投稿内容が抽象的な悪口に過ぎず、特定の個人の社会的評価を低下させるまでには至らないことを主張する。
これらの主張は、専門的な法的知識を要するため、この段階で弁護士に相談し、ご自身のケースでどのような反論が可能か、アドバイスを受ける方が良いでしょう。
STEP2:「回答書(意見書)」の作成
プロバイダに返送する回答書には、単に「開示を拒否する」というチェックだけでなく、なぜ開示を拒否するのか、その法的根拠を具体的に記載した意見書を添付することが極めて重要です。
この意見書は、プロバイダが任意開示をしないという判断を後押しすると同時に、その後の裁判になった際に、プロバイダから裁判所にあなたの主張として提出される、最初の反論書面としての役割を果たします。
意見書には、以下のような内容を、証拠を添えて記載します。
投稿の経緯や目的: なぜその投稿をしたのか。
権利侵害の明白性がないことの主張: 上記STEP1で検討した法的反論を、具体的に記載する。
その他、開示を拒否すべき理由: 投稿に至るまでに相手方から挑発があった、など。
この意見書の出来栄えが、その後の裁判所の判断に大きな影響を与える可能性があります。
STEP3:弁護士への相談・依頼
意見照会書が届いた時点で、できるだけ早く弁護士に相談することを強くお勧めします。
弁護士であれば、法的な見通しの判断や適切な対応方針の提案、意見書の作成が可能です。
また、万が一、情報が開示されてしまった場合の対応など、その後の手続へ対応することも可能です。
おわりに
大前提として、あなたが何か他者の権利を侵害するような行動をしてしまったのであれば、被害者のために適切な被害回復を図るべきでしょう。
とはいえ、焦って行動することによって、不当な結果になる可能性もあります。
また、自身が何か権利侵害となるような行動をしていないのであれば、適切に反論をしていく必要があります。
意見照会書が届いた場合、まずは弁護士等の専門家に相談する方が良いでしょう。