はじめに
「オレオレ詐欺」「架空料金請求詐欺」などに代表される、電話やハガキ等を用いて金銭を振り込ませる、あるいは直接受け取る犯罪行為は、一般に「振り込め詐欺」と総称され、近年では「特殊詐欺」というより広い枠組みで呼ばれています。
金融庁では、「オレオレ詐欺」、「架空請求詐欺」、「融資保証金詐欺」、「還付金等詐欺」を総称して「振り込め詐欺」と呼称し、注意喚起をしています(https://www.fsa.go.jp/policy/kyuusai/index.html)。
これらの犯罪は、多数の被害者から多額の金銭をだまし取る組織的な手口が特徴であり、社会的に極めて悪質な犯罪として、年々取締りと処罰が強化されています。
「高額なアルバイト」「闇バイト」といった誘い文句に乗り、軽い気持ちで現金を受け取る「受け子」や引き出す「出し子」として関わった場合でも、犯罪組織の末端として極めて重い刑事責任を問われることになります。
本稿では、振り込め詐欺(特殊詐欺)に関与してしまった場合に、どのような犯罪が成立し、どの程度の刑罰が科されるのかについて、刑法および組織的犯罪処罰法の規定と、実際の裁判例の傾向に基づき解説します。
「詐欺罪」
振り込め詐欺は、その本質において、人を欺いて財産を交付させる行為であり、刑法上の「詐欺罪」に該当します。
1-1. 刑法の条文と成立要件
詐欺罪は、刑法第246条に規定されています。
刑法 第246条(詐欺)
- 人を欺いて財物を交付させた者は、10年以下の拘禁刑に処する。
- 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
この条文から、詐欺罪が成立するためには、以下の4つの要素が、一連の因果関係をもって満たされる必要があります。
- ① 欺罔行為(ぎもうこうい): 相手方を錯誤に陥らせる「だます行為」です。振り込め詐欺においては、「電話をかけて息子や警察官になりすます」「架空の未納料金があるというハガキを送る」といった行為がこれにあたります。
- ② 相手方の錯誤: 欺罔行為によって、相手方が事実を誤認することです。「息子がトラブルに遭い、すぐにお金が必要なのだと信じ込む」「有料サイトの未納料金を支払わなければならないと信じ込む」といった状態を指します。
- ③ 財物の交付または財産上の利益の移転: 錯誤に陥った相手方が、自らの意思で財産を差し出す行為です。指定された口座に現金を振り込む行為(財産上の利益の移転)、あるいは現金を手渡しする行為(財物の交付)がこれにあたります。
- ④ ①~③の因果関係: 加害者の「だます行為」によって被害者が「錯誤に陥り」、その結果として「財産を交付した」という、一連の流れに因果関係が認められることが必要です。
振り込め詐欺は、これらの成立要件(構成要件)を典型的に満たすものであり、関与した者は詐欺罪の実行犯または共犯として処罰の対象となります。
1-2. 「受け子」「出し子」が詐欺罪の共犯となる理由
振り込め詐欺は、電話をかける「かけ子」、現金を受け取る「受け子」、ATMから現金を引き出す「出し子」など、役割が細かく分担されています。
たとえ、自分が被害者を直接だます行為(欺罔行為)に関与していない「受け子」や「出し子」であっても、刑法上の「共同正犯(きょうどうせいはん)」として、詐欺罪全体の責任を負うことになります。
共同正犯とは、2人以上の者が、共同して犯罪を実行した場合に成立します。
判例上、犯罪の一部にしか関与していない者でも、他の共犯者と意思の連絡(共謀)があり、その犯罪計画の中で重要な役割を果たしていれば、共同正犯とみなされます。
「受け子」や「出し子」は、詐欺という犯罪計画全体を認識し、その中で現金の回収という不可欠かつ重要な役割を担っているため、被害者を直接だましてはいないとしても、詐欺罪の共同正犯として責任を負う可能性が非常に高いです。
1-3. 詐欺罪の刑罰
詐欺罪の法定刑は「10年以下の拘禁刑」です。
罰金刑の規定はなく、起訴されて有罪となれば、必ず懲役刑が科される重い犯罪です。
初犯であっても、被害額が大きい場合や、犯行態様が悪質な場合には、執行猶予がつかずに実刑判決(刑務所に収監されること)となる可能性も十分にあります。
特に、振り込め詐欺により詐取された金銭は、反社会的勢力の資金源となっている可能性が高いことから、単なる詐欺よりも重い刑罰が科されることが多いです。
令和3年版犯罪白書の特殊詐欺事犯者調査の結果(https://hakusyo1.moj.go.jp/jp/68/nfm/n68_2_8_6_3_2.html)によると、全部実刑の者が約3分の2を占めたとのことです。
振り込め詐欺は、「主犯・指示役」、「架け子」、「犯行準備役」、「受け子・出し子」により構成されることが多いですが、左から順に実刑となる割合が高いようです。
もっとも、「受け子・出し子」でも実刑となる割合は半分を超えているようですので、かなり厳しい判断がなされると考えた方がよいでしょう。
「組織的詐欺罪」
近年の振り込め詐欺は、そのほとんどが暴力団などの反社会的勢力を含む犯罪組織によって、計画的かつ大規模に行われています。
このような組織犯罪の実態に対応するため、通常の詐欺罪よりもさらに重い刑罰を科す目的で定められているのが「組織的詐欺罪」です。
2-1. 組織的犯罪処罰法の条文
組織的詐欺罪は、「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律」(通称:組織的犯罪処罰法)の第3条に規定されています。
組織的犯罪処罰法 第3条
次の各号に掲げる罪に当たる行為が、団体の活動(団体の意思決定に基づく行為であって、その効果又はこれによる利益が当該団体に帰属するものをいう。以下同じ。)として、当該罪に当たる行為を実行するための組織により行われたときは、その罪を犯した者は、当該各号に定める刑に処する。
十三 刑法第二百四十六条(詐欺)の罪 1年以上の有期拘禁刑
2-2. 組織的詐欺罪の成立要件
この条文から、詐欺行為が「組織的詐欺罪」として処罰されるためには、通常の詐欺罪の要件に加え、以下の2つの要件を満たす必要があります。
- 「団体の活動として」行われたこと: 詐欺行為が、個人の単独犯ではなく、ある集団の活動の一環として行われたことを意味します。この「団体」は、必ずしも暴力団のような厳格な組織である必要はなく、詐欺を行うことを目的として集まった複数の人間の集団であれば足りるとされています。
- 「犯罪を実行するための組織により」行われたこと: その団体が、単なる人の集まりではなく、首謀者を中心とした指揮命令系統が存在し、役割分担がなされるなど、詐欺行為を反復継続して実行するための「組織」としての実態を備えていることを意味します。振り込め詐欺グループは、首謀者、「かけ子」、「受け子」、「出し子」、口座管理者など、明確な役割分担と指揮命令系統が存在するため、この要件を満たします。
2-3. 組織的詐欺罪の刑罰
組織的詐欺罪の法定刑は「1年以上の有期拘禁刑」です。
これは、刑の上限を20年とするもので、下限が「1年」と定められている点が、通常の詐欺罪(下限は1ヶ月)と大きく異なります。
これは、裁判官が刑を決める際に、執行猶予を付すことが可能な「3年以下の拘禁刑」という判断をしにくくさせる効果を持ちます。
したがって、組織的詐欺罪で起訴された場合、たとえ初犯であっても、実刑判決となる可能性が非常に高くなります。
近年の振り込め詐欺の検挙事案では、末端の「受け子」や「出し子」であっても、通常の詐欺罪ではなく、この組織的詐欺罪で起訴されるケースが増えてきています。
関与した役割によって成立しうるその他の犯罪
振り込め詐欺への関与の仕方によっては、詐欺罪や組織的詐欺罪以外にも、以下のような犯罪が成立する可能性があります。
- 窃盗罪(刑法第235条): 法定刑:10年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金 被害者からだまし取ったカードで現金を引き出す場合、現金を引き出す行為が金融機関(ATM管理者)に対する窃盗罪に該当します。また、警察官などを装い、「キャッシュカードを預かる」と言って被害者宅を訪れ、被害者が目を離した隙に別のカードとすり替えて盗む手口も、窃盗罪となります。
- 犯罪収益移転防止法違反: 法定刑:1年以下の拘禁刑若しくは100万円以下の罰金、またはこれらの併科 自己名義の銀行口座のキャッシュカードや預金通帳を、詐欺グループに有償または無償で譲渡・提供する行為は、「預貯金通帳等の譲り渡し等」の罪に該当します。詐欺の実行行為に直接関与していなくても、犯罪のインフラを提供したとして処罰の対象となります。
- 電子計算機使用詐欺罪(刑法第246条の2): 法定刑:10年以下の拘禁刑 だまし取った、あるいは盗み取った他人のキャッシュカードを使い、ATMを操作して自己の口座に送金(振替)させた場合などに成立します。現金を引き出す窃盗罪とは異なり、コンピュータシステムを不正に操作して財産上の利益を得たとして処罰されます。
おわりに
振り込め詐欺(特殊詐欺)への関与は、「少し手伝うだけ」という軽い気持ちであったとしても、法的には極めて重大な犯罪として扱われます。
末端の「受け子」や「出し子」として関与した場合でも、多くは「詐欺罪」や「組織的詐欺罪」の共同正犯として、という重い法定刑の対象となります。
被害額の大きさや、組織犯罪への加担という悪質性から、初犯であっても実刑判決を受ける可能性が非常に高いのが実情です。
また、現金の回収方法によっては窃盗罪なども成立し、さらに罪が重くなる可能性があります。
もし、ご自身やご家族が、このような犯罪に一度でも関わってしまい、逮捕されるのではないかと不安を感じている場合は、事態が深刻化する前に、一刻も早く刑事事件に精通した弁護士に相談することが不可欠です。
自首や被害者への弁償といった対応を早期に行うことで、最終的な処分を軽減できる可能性も残されています。
安易な判断が取り返しのつかない結果を招く前に、弁護士に相談する方が良いでしょう。
刑事弁護についてはこちら
弊所の弁護士へのご相談等はこちらから