名誉毀損罪・侮辱罪の「公訴時効」と「告訴期間」

目次

はじめに

インターネット上の誹謗中傷に対し、刑事責任の追及を検討する際、法律で定められた2つの重要な時間的制約、「公訴時効」と「告訴期間」を正確に理解しておく必要があります。
これらの期間を徒過すると、たとえ悪質な権利侵害が存在したとしても、加害者を刑事罰に処すことができなくなる可能性があります。

本稿では、名誉毀損罪と侮辱罪を対象に、それぞれの公訴時効と告訴期間がどのように定められ、いつから計算が開始されるのか(起算点)、そして両者の関係性について、刑事訴訟法等の規定に基づき解説します。

基礎知識:親告罪としての名誉毀損罪と侮辱罪

公訴時効と告訴期間を理解する上で、まず前提となるのが、両罪の法的な性質です。

1-1. 名誉毀損罪と侮辱罪の定義

  • 名誉毀損罪(刑法第230条): 公然と具体的な事実を摘示し、人の社会的評価を低下させる行為を罰する犯罪です。
  • 侮辱罪(刑法第231条): 具体的な事実を摘示せず、公然と人を侮辱する行為を罰する犯罪です。例えば、「バカ」「無能」といった抽象的な罵倒がこれに該当します。

1-2. 親告罪

上記2つの犯罪は、いずれも「親告罪(しんこくざい)」に分類されます。
親告罪とは、検察官が起訴(公訴提起)するために、被害者からの告訴(犯罪事実を申告し、加害者の処罰を求める意思表示)を必要とする犯罪類型を指します。

これは、当事者間の問題としての性格が強く、被害者が処罰を望まない場合には国家が介入すべきではない、という考え方に基づいています。
親告罪は、告訴できる期間に制限があります。
したがって、名誉毀損罪・侮辱罪の責任追及を考える際は、「公訴時効」と「告訴期間」という2つの時間的制約を両方クリアする必要があります。

検察官の起訴権を制約する「公訴時効」

公訴時効は、犯罪行為が終わった時から一定期間が経過することにより、検察官が起訴する権限(公訴権)を消滅させる制度です。

2-1. 公訴時効の起算点(いつから始まるか)

公訴時効の計算は、「犯罪行為が終わった時」(刑事訴訟法第253条第1項)から開始されます。
インターネット上の名誉毀損や侮辱の場合、「問題となる投稿がインターネット上にアップロードされ、不特定または多数の人が閲覧可能な状態になった時点」となります。
被害者がその投稿の存在を知った日や、投稿者が誰であるかが判明した日からではありません。
投稿が行われたその瞬間から、時効期間のカウントダウンは始まります。

2-2. 名誉毀損罪の公訴時効

犯罪の公訴時効期間は、その犯罪の法定刑の重さに応じて、刑事訴訟法第250条に定められています。
名誉毀損罪の法定刑は「3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金」です。
刑事訴訟法第250条第2項第6号は、「長期5年未満の拘禁刑又は罰金に当たる罪」の公訴時効を3年と定めています。
したがって、名誉毀損罪の公訴時効は3年です。

2-3. 侮辱罪の公訴時効(法改正による変更点)

侮辱罪については、2022年7月7日に施行された刑法改正(厳罰化)により、法定刑が変更されたため、公訴時効も変更されています。

  • 改正後(2022年7月7日以降の行為)の侮辱罪 法定刑が「1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」(現在は、「懲役若しくは禁錮」の部分が「拘禁刑」に)に引き上げられました。これにより、名誉毀損罪と同様に「長期5年未満の懲役」に該当することになったため、公訴時効は3年となります。
  • 改正前(2022年7月6日以前の行為)の侮辱罪 改正前の法定刑は「拘留又は科料」でした。これは、刑事訴訟法第250条第2項第7号の「拘留又は科料に当たる罪」に該当し、公訴時効は1年でした。

被害者の告訴権を制約する「告訴期間」

告訴期間は、親告罪について、被害者が加害者を知ってから一定期間内に告訴を行わなければ、告訴する権利が失われるという制度です。

3-1. 告訴期間の起算点(いつから始まるか)

刑事訴訟法第235条第1項本文は、親告罪の告訴について、「犯人を知った日から6箇月を経過したときは、これをすることができない」と定めています。
公訴時効とは異なり、告訴期間の起算点は「犯罪行為が終わった時」ではありません。

3-2. 「犯人を知った日」の法的な解釈

告訴期間の計算において最も重要なのが、「犯人を知った」とは具体的にどのような状態を指すか、という点です。
判例・実務上、これは単に「投稿者のハンドルネームやアカウント名を知った」というだけでは不十分とされています。
「犯人を知った」とは、告訴状に被告訴人(加害者)を特定して記載できる程度に、その人物の氏名や住所などを知った状態を意味します。

3-3. 匿名投稿と告訴期間の関係

この解釈は、インターネット上の匿名による誹謗中傷において極めて重要です。
被害者が匿名の投稿を発見した時点では、まだ「犯人を知った」ことにはなりません。
したがって、その時点から6ヶ月の告訴期間が進行を開始することはありません。

告訴期間のカウントダウンが始まるのは、弁護士に依頼して「発信者情報開示請求」という法的手続きを行い、サイト運営者やプロバイダから投稿者の氏名・住所などの情報開示を受け、加害者が誰であるかを現実に特定できた日からとなります。
発信者情報開示請求には数ヶ月から1年以上の期間を要することも少なくないため、この起算点の理解は、被害者の告訴権を守る上で不可欠です。

3-4.インターネット上の名誉毀損罪における告訴期間の起算日に関する裁判例

インターネット上の名誉毀損罪においては、興味深い裁判例があります。

この裁判例(大阪高判平成16年 4月22日)では、「刑訴法235条1項にいう「犯人を知った日」とは、犯罪終了後において、告訴権者が犯人が誰であるかを知った日をいい、犯罪の継続中に告訴権者が犯人を知ったとしても、その日をもって告訴期間の起算日とされることはない。」と述べました。
そして、インターネット上の投稿について、「本件記事は、少なくとも平成15年6月末ころまで、サーバーコンピュータから削除されることなく、利用者の閲覧可能な状態に置かれたままであったもので、被害発生の抽象的危険が維持されていたといえるから、このような類型の名誉毀損罪においては、既遂に達した後も、未だ犯罪は終了せず、継続していると解される。」として、告訴が告訴期間内に適法になされていると判断しました。

この裁判例では、刑訴法235条1項の「犯人を知った日」とは、単に犯人が誰であるかを知った日ではなく、「犯罪終了後において」犯人が誰であるかを知った日のことをいい、「犯罪の継続中」に犯人を知っても、その日が起算日となるわけではないとしています。
そして、インターネット上の投稿による名誉毀損については、「投稿が残っている間は犯罪の継続中」であると判断しています。

インターネット上の名誉毀損等については、投稿が残っているのかどうかについても注意する必要があります。

公訴時効と告訴期間の相互関係

名誉毀損罪・侮辱罪で加害者の刑事責任を追及するためには、公訴時効と告訴期間の両方の期間制限をクリアする必要があります。

  • 公訴時効(3年): 投稿された日から進行を開始する、検察官の起訴のタイムリミット。
  • 告訴期間(6ヶ月): 発信者情報開示請求などを通じて加害者の身元を特定した日から進行を開始する、被害者の告訴のタイムリミット。

つまり、被害者は、投稿日から3年が経過する前に加害者を特定し、かつ、特定した日から6ヶ月以内に告訴を完了させ、さらに検察官が公訴時効完成前に起訴する、という全ての条件を満たさなければなりません。

【具体例】

  • 2025年10月1日に名誉毀損投稿が行われた場合
    • 公訴時効の完成日は、2028年9月30日です。
  • 発信者情報開示請求を経て、2028年3月1日に加害者の氏名・住所が判明した場合
    • 告訴期間の起算日は、2028年3月1日です。
    • 告訴期間の満了日は、その6ヶ月後である2028年8月31日です。

このケースでは、被害者は2028年8月31日までに告訴を行う必要があり、検察官は2028年9月30日までに起訴する必要があります。
もし加害者の特定に時間がかかり、特定できたのが2028年5月1日だった場合、告訴期間の満了は2028年10月31日となりますが、その前に公訴時効(2028年9月30日)が完成してしまうため、起訴は不可能となります。

このように、2つの期間は独立して進行するため、特に公訴時効が迫っている事案では、迅速な対応が求められます。

※現実としては、プロバイダのログ保存期間の関係で、投稿者の特定はもっと急ぐ必要があります。

おわりに

名誉毀損罪および侮辱罪の刑事責任を追及する上で、時間的制約は重要な要素です。
公訴時効は投稿日から3年、告訴期間は加害者を特定した日から6ヶ月と、それぞれ起算点と期間が異なります。

これらの期間の計算や起算点の判断には、専門的な法的解釈が伴う場合があります。
誹謗中傷の被害に遭い、刑事告訴を検討されている場合は、ご自身の権利を確実に保全するため、弁護士などの法律専門家に相談することをお勧めします。

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この記事を書いた人

髙田法律事務所の弁護士。
インターネットの誹謗中傷や離婚、債権回収、刑事事件やその他、様々な事件の解決に携わっている。
最新のビジネスや法改正等についても日々研究を重ねている。

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