はじめに
刑事事件で起訴された被告人が、身体拘束から一時的に解放される制度として「保釈」があります。
保釈が許可される際には、ほとんどの場合、裁判所に対して「保釈保証金(以下、保釈金)」を納付することが条件とされます。
ニュースなどでは「保釈金〇〇万円で保釈」といった報道がなされますが、この金額が一体どのような基準で決められているのか、正確に理解している方は少ないかもしれません。
「保’釈金は高額なほど罪が重いのか」「支払能力がない場合はどうなるのか」といった疑問も多く聞かれます。
本稿では、この保釈金の法的な性質と、裁判所がその金額を決定する際に考慮する具体的な要素、そして実際の刑事事件における金額の水準について、刑事訴訟法の規定と実務的な観点から解説します。
保釈金の法的な性質と目的
まず、保釈金が何のために納付を求められるのか、その法的な目的を理解することが重要です。
1-1. 保釈金の目的:「出頭確保」のための担保
保釈金の最も重要な目的は、保釈された被告人が、その後の公判期日に必ず出頭することを確保するための担保です。
保釈制度は、被告人の防御権の保障や不必要な身体拘束の回避を目的としつつも、裁判手続きの円滑な進行を妨げてはなりません。
そこで、裁判所は「もし逃亡したり、裁判所の定めた条件に違反したりすれば、この保’釈金は没取(没収)され、返還されない」という金銭的な制約を課すことで、被告人に出頭を心理的に強制し、裁判への確実な出席を促します。
したがって、保釈金は「罰金」や「制裁金」とは全く性質が異なります。
事件の対価として支払うものではなく、あくまで裁判所に預ける「保証金」です。
そのため、被告人が逃亡や証拠隠滅などをせず、裁判所の定めた条件を全て守り、判決の言い渡しまで全ての公判に出頭すれば、その判決が実刑であっても執行猶予であっても、あるいは無罪であっても、納付した保釈金は原則として全額返還されます。
1-2. 保釈の種類
日本の刑事訴訟法では、保釈は主に3つの種類に分けられます。
- ① 権利保釈(必要的保釈): 法律が定める一定の除外事由(証拠隠滅のおそれ、被害者等への加害のおそれ、常習性など)に該当しない限り、裁判所が原則として許可しなければならない保釈です。
- ② 裁量保釈: 権利保釈の除外事由に該当する場合でも、裁判所が「保釈することが適当である」と裁量で判断した場合に許可される保釈です。実務上、多くの事案はこの裁量保釈によって許可されています。
- ③ 義務的保釈: 勾留による拘禁が不当に長くなった場合に、裁判所が必ず許可しなければならない保釈です。
いずれの種類の保釈が許可される場合でも、裁判所は保釈金の額を決定することになります。
保釈金の金額を決定する際の判断要素
刑事訴訟法第93条第2項は、保釈金の金額を定める際の基準について、以下のように規定しています。
刑事訴訟法第93条第2項 保証金額は、犯罪の性質及び情状、証拠の証明力並びに被告人の性格及び資産を考慮して、被告人の出頭を保証するに足りる相当な金額を定めなければならない。
この条文に基づき、裁判官は以下の要素を総合的に考慮して、個別の事案ごとに「被告人の出頭を確保するために必要かつ十分な金額」を決定します。
2-1. 犯罪の性質及び情状
- 犯罪の性質: 事件がどのような種類の犯罪であるか、その法定刑の重さが考慮されます。一般的に、法定刑が重い重大犯罪(殺人、強盗など)であるほど、有罪となった場合に科される刑罰も重くなるため、被告人が逃亡する動機が強いと評価され、保釈金は高額になる傾向があります。
- 情状: 事件の具体的な態様や、被告人の事件における役割などが考慮されます。例えば、組織犯罪における末端の構成員よりも、主犯格の方が保釈金は高くなる傾向があります。また、被害額が大きい経済事件なども、情状が重いと判断される一因となります。
2-2. 証拠の証明力
検察官が裁判所に提出した証拠が、どの程度強力に被告人の有罪を推認させるかが考慮されます。
客観的な証拠が豊富で、有罪判決となる可能性が高いと見込まれる事案では、被告人が実刑を恐れて逃亡するリスクが高いと判断され、保釈金は高額になる傾向があります。
逆に、被告人が被疑事実を争っており、証拠上も有罪・無罪の判断が微妙な事案では、逃亡の動機が比較的低いと評価され、保釈金額が抑制されることがあります。
2-3. 被告人の性格
被告人のこれまでの経歴や生活態度が考慮されます。
前科・前歴の有無、特に同種の犯罪による前科がある場合は、規範意識が低いと評価される可能性があります。
また、定職に就いておらず、住居が不定であるといった事情は、逃亡の可能性を高める要素として考慮されることがあります。
逆に、長年にわたり真面目に勤務し、安定した家庭生活を築いているといった事情は、保釈金を低くする方向に作用します。
2-4. 被告人の資産
保釈金の目的が「金銭的な負担によって出頭を確保する」ことにあるため、被告人の経済力は極めて重要な判断要素となります。
同じ150万円という金額でも、資産がほとんどない人にとっては極めて大きな負担である一方、数億円の資産を持つ人にとっては、逃亡を思いとどまらせる担保として機能しない可能性があります。
そのため、裁判所は、「被告人にとって、没取されると経済的に大きな痛手となり、逃亡を躊躇させるに足る金額」を個別に設定します。
したがって、被告人の資産が多いほど、保釈金は高額になるのが原則です。
実務上の保釈金額の水準
上記の判断要素を総合的に考慮した結果、実際の事件でどの程度の保釈金額が定められているのでしょうか。
これには法的な定価はありませんが、実務上、ある程度の水準が存在します。
3-1. 一般的な事件における標準的な金額
被告人が罪を認めており、比較的軽微な犯罪(窃盗、覚せい剤取締法違反の初犯など)で、被告人に十分な資産がない一般的なケースでは、150万円から300万円の範囲で決定されることが最も多いです。
日本の刑事事件における保釈金の最低ラインは、実務上おおむね150万円程度とされています。
3-2. 犯罪類型別の金額水準の傾向
- 薬物犯罪(覚せい剤・大麻など): 初犯で使用のみであれば150万円~200万円程度。営利目的の所持や密売など、態様が悪質になるにつれて金額は上昇します。
- 窃盗・詐欺など: 被害額が大きくない初犯であれば150万円~300万円程度。被害額の大きさや、組織的詐欺(特殊詐欺など)への関与の程度に応じて高額になります。
- 暴行・傷害: 150万円~300万円程度が中心ですが、被害の程度や暴力団関係者であるか否かなどによって変動します。
- 経済事件・汚職事件: 社会的地位の高い人物による大規模な経済事件や汚職事件などでは、被告人の資産が多いこと、社会的な影響が大きいことなどから、保釈金が数千万円から数億円に達することもあります。
3-3. 否認事件の場合
被告人が容疑を否認している事件では、保釈金の判断は複雑になります。
無罪を主張している以上、有罪を前提とした逃亡の動機は低いと評価されるという考えもあります。
他方、罪証隠滅(特に共犯者や証人への働きかけ)のおそれが強いと判断されやすく、そもそも保釈が許可されにくい傾向にあります。
保釈が許可される場合でも、証拠隠滅のリスクが高いと判断されれば、それを抑制するために、罪を認めている事件よりも保釈金が高額に設定されることがあります。
3-4.事件の数
これまで検討してきた金額は、あくまでも一つの事件のものに過ぎません。
余罪があり、それが別事件として追起訴されて併合されているような場合、それぞれが別事件として、個別に保釈金が設定されます。
そのため、追起訴されている事件の数が増えると、保釈金の合計金額も必然的に高くなります。
もっとも、単純に事件数の分だけ2倍、3倍となるわけではなく、一括で起訴された場合との均衡なども踏まえて金額を算出します。
保釈金の納付手続きと返還
4-1. 納付方法
保釈許可決定が出されると、弁護人を通じて裁判所から保釈金の金額が告知されます。
この金額を現金で裁判所の会計課に納付するか、銀行振込で納付します。
納付が確認された後、検察官の指揮によって、被告人は拘置所や警察署から釈放されます。
保釈金は、被告人本人だけでなく、家族や友人、弁護人が代わりに納付することも可能です。
4-2. 保釈金の準備が困難な場合
定められた保釈金を自己資金で準備できない場合、いくつかの制度を利用することが考えられます。
- 日本保釈支援協会: 公的な団体ではありませんが、資力が乏しい被告人のために、保釈金の立替支援を行っている一般社団法人です。審査を経て、手数料を支払うことで、協会が裁判所に保釈金を立て替えて納付します。
- 保釈保証書発行事業:全国弁護士協同組合連合会が、保証料を受け取って、保釈金の代わりとなる「保釈保証書」を発行する制度です。
4-3. 保釈金の返還
冒頭で述べた通り、保釈金は保証金であるため、定められた条件を守り、裁判が終了すれば全額が返還されます。
判決言い渡し後、数日~1週間程度で、納付時に指定した銀行口座に振り込まれます。
4-4. 保釈金の没取
被告人が、正当な理由なく公判期日に出頭しなかったり、証拠隠滅行為や被害者への接触禁止といった保釈条件に違反したりした場合は、裁判所は決定により、保釈金の全部または一部を没取(没収)することができます。
没取された保釈金は、国庫に帰属し、返還されることはありません。
おわりに
保釈金の金額は、単に犯罪の重さだけで決まる機械的なものではなく、「被告人の出頭を確保する」という目的を達成するために、犯罪の性質、証拠の状況、そして被告人自身の性格や経済力といった、極めて個別的な事情を総合的に考慮して、裁判官が決定するものです。
特に、被告人の経済力に応じて金額が変動する点は、保釈金制度の重要な特徴です。
保釈は、起訴された被告人が社会生活を維持しながら裁判に臨むための重要な権利です。
その金額の決定メカニズムを正しく理解することは、ご自身やご家族が刑事事件の当事者となった際に、適切な防御活動を行う上での一助となります。
保釈請求の手続きや金額の交渉には、専門的な知識と経験が求められるため、刑事事件に精通した弁護士に相談することが不可欠です。
刑事弁護についてはこちらから
弊所の弁護士へのご相談等はこちらから