はじめに
2023年7月13日に施行された改正刑法は、性犯罪に関する規定に大きな変更をもたらしました。
特に、従来の「強制性交等罪」および「準強制性交等罪」が統合・再編成され、新たに「不同意性交等罪」(刑法第177条)が創設されたことは、処罰対象となる行為の範囲を実質的に拡大するものであり、社会的に大きな関心を集めています。
不同意性交等罪は、法定刑が「5年以上の有期拘禁刑」と定められている極めて重大な犯罪です。
この被疑事実で捜査対象となった場合、逮捕・勾留による長期の身体拘束や、起訴された場合の刑事裁判、そして有罪判決による深刻な社会的影響など、その後の人生に計り知れない影響が及ぶ可能性があります。
しかし、逮捕されたからといって、直ちに有罪が確定するわけではありません。
刑事手続きの初期段階から、被疑事実の内容に応じて迅速かつ適切な弁護活動を行うことで、身体拘束からの早期解放や、最終的に検察官が起訴しないという判断、すなわち「不起訴処分」を獲得できる可能性は存在します。
本稿では、この不同意性交等罪の具体的な成立要件を詳細に解説するとともに、不起訴処分を得るための具体的な弁護活動等について法的な観点から客観的に解説します。
不同意性交等罪の成立要件(2023年刑法改正の要点)
まず、どのような行為が「不同意性交等罪」として処罰の対象となるのか、その成立要件を確認しましょう。
1-1. 改正の趣旨:処罰の根幹を「暴行・脅迫」から「不同意」へ
今回の法改正の最も重要な点は、性犯罪処罰の根幹を、加害者の「暴行・脅迫の有無」から、被害者の「同意の有無」へと明確に移行させたことにあります。
従来の強制性交等罪では、被害者の反抗を著しく困難にするほどの暴行・脅迫があったかどうかが主な争点となり、被害者がどれだけ抵抗したかが問われるという問題が指摘されていました。
改正後の不同意性交等罪では、暴行・脅迫は処罰対象の一類型に過ぎず、より広く、被害者が「同意しない意思」を形成、表明、全うすることが困難な状況を利用して性交等を行う行為全般を処罰の対象としています。
1-2. 「同意しない意思の表明が困難な状態」の8類型
刑法177条1項が引用する刑法176条1項は、被害者が「同意しない意思を形成し、表明し、もしくは全うすることが困難な状態」に陥る原因として、以下の8つの類型を具体的に例示しています。
これらはあくまで例示であり、これらと同程度に意思表示が困難な状態であれば、処罰対象となり得ます。
- 暴行または脅迫を用いること: 身体への攻撃や、危害を加える旨を告知することなど。
- 心身の障害を生じさせること: 身体的・精神的な障害により、抵抗や拒絶の意思表示が本質的に難しい状態に乗じること。
- アルコールまたは薬物を摂取させること: 酩酊状態や薬物の影響で、正常な判断能力が著しく低下している状態を利用すること。意識を失っている状態に限りません。
- 睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること: 睡眠中や、疲労・病気などで意識が朦朧としている状態を利用すること。
- 同意しない意思を表明するいとまを与えないこと: 行為が突然かつ予想外に行われ、被害者が拒否する時間的・心理的な余裕がない状況を作り出すこと。
- 予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、または驚愕させること: 予想外の又は予想を超える事態に直面したことから、自分の身に危害が加わると考え、極度に不安になったり、強く動揺して平静を失った状態、フリーズ状態のこと
- 虐待に起因する心理的反応を生じさせること: 日常的なDVや虐待関係の中で、恐怖心から抵抗することが常態的にできなくなっている心理状態を利用すること。
- 経済的または社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること: 上司と部下、教師と生徒、指導者と選手といった関係性において、拒否すれば解雇、単位不認定、キャリアの中断などの不利益を受けるのではないかと懸念し、意思表示が困難な状態に乗じること。
これらの状態に乗じて、またはその状態に陥らせて、性交、肛門性交、口腔性交を行った場合に、本罪は成立します。
また、相手が16歳未満である場合(ただし、被害者が13歳以上のときは、年齢差が5歳以上の場合)は、これらの状態の有無にかかわらず、性交等を行うこと自体が処罰の対象となります。
これは、「性交同意年齢」といいます。
性交同意年齢は、改正前は13歳だったのですが、性的行為についてきちんと判断するためには、相手との関係で、その行為が自分に与える影響について自律的に考えて理解したり、その結果に基づいて相手に対処する能力が必要だという考えから、13歳ではまだその判断ができず、16歳程度必要と考えられたため、このような改正となりました。
1-3. 法定刑
法定刑は「5年以上の有期拘禁刑」と定められています。
これは裁判員裁判の対象となる重大犯罪です。
拘禁刑とは、2025年6月1日に施行された、従来の懲役と禁錮を一本化したもので、刑務所に収容され、必要な作業や指導が行われる刑罰を指します。
不起訴処分を獲得するための具体的な弁護活動
被疑者にとって、刑事手続きにおける最大の目標の一つは、検察官に起訴されない「不起訴処分」を獲得し、刑事裁判を回避することです。
そのためには、容疑の内容に応じた迅速かつ的確な弁護活動が不可欠となります。
なお、逮捕された場合の具体的な手続きの流れにつていは、以下のページも参考にしてください。

2-1. 最も重要な弁護活動:被害者との示談交渉
不同意性交等罪のように被害者が存在する犯罪において、被疑事実を認めている場合に不起訴処分を目指す上で、最も重要かつ効果的な活動が、被害者との示談交渉です。
- 示談の目的と法的効果: 示談とは、加害者側が被害者に対して真摯に謝罪し、慰料を含む示談金を支払うことで、被害者が受けた精神的・身体的損害の回復を図り、当事者間で民事上の紛争を解決する私的な合意です。検察官が起訴・不起訴を判断する際、犯罪の客観的な悪質性に加え、被害者の処罰感情を非常に重要な要素として考慮します。示談が成立し、示談書の中に「加害者を宥恕(ゆうじょ)する」、すなわち「加害者を許し、刑事処罰を求めない」という宥恕の意思表示を得ることができれば、被害者の処罰感情が相当程度緩和されたものと評価されます。これにより、検察官は「当事者間で一定の解決が図られ、被害者も処罰を望んでいない以上、国家が刑罰権を行使してまで処罰する必要性は低下した」と判断し、不起訴処分(特に起訴猶予)とする可能性が格段に高まります。
- 示談金の算定要素と金額水準: 示談金の額に法的な定価はありませんが、行為の態様、被害者の年齢、精神的苦痛の程度、後遺症の有無、加害者の社会的地位や資力などを総合的に考慮して決定されます。一般的には数十万円から数百万円の範囲となることが多いですが、事案によってはこれを大きく上回ることもあります。弁護士は、過去の裁判例や実務経験に基づき、適切な示談金額を提案し、交渉を進めます。
- 弁護士による示談交渉の必要性: 性犯罪の性質上、被疑者本人やその家族が被害者と直接接触することは、被害者にさらなる精神的苦痛を与え、かえって事態を悪化させる危険性が極めて高い行為です。捜査機関も、通常は被疑者側に被害者の連絡先を開示しません。したがって、示談交渉は、必ず刑事弁護の経験が豊富な弁護士に依頼する必要があります。弁護士は、検察官を通じて被害者(または被害者側代理人弁護士)と連絡を取り、第三者として冷静に交渉を進め、適切な内容での示談成立を目指します。
2-2. 容疑を否認する場合の弁護活動
「性交等は完全に合意の上であった」「そもそも性交等の事実は存在しない」など、被疑事実を全面的に否認する場合、弁護活動の方針は全く異なります。
この場合、示談交渉は行わず、嫌疑が不十分であることを捜査機関に対して客観的な証拠をもって主張していくことになります。
- 客観的証拠の収集と提出: 弁護士は、被疑者の主張を裏付ける客観的な証拠を多角的に収集します。例えば、性交時の録音録画、性交等の前後における当事者間の親密なメッセージのやり取り(LINE、DMなど)、当日の行動を示す防犯カメラの映像やGPSデータ、第三者(友人、店員など)の証言などがこれにあたります。これらの証拠を捜査報告書や意見書としてまとめ、検察官に提出します。
- 被害者供述の信用性の弾劾: 性犯罪では、被害者の供述が最も重要な証拠となることが多いため、その供述内容を詳細に分析します。供述内容が客観的な証拠と矛盾する点はないか、供述内容に不合理な変遷はないか、供述に至る経緯に不自然な点はないかなどを検討し、その信用性に疑問があることを検察官に具体的に主張します。
- 取調べへの対応助言: 被疑者が捜査官の誘導や長時間の取調べによる疲労から、事実に反する供述調書に署名してしまうと、後の裁判で極めて不利になります。弁護士は、接見を通じて、黙秘権の適切な行使や、供述調書の内容を訂正させる権利などについて詳細な助言を与え、被疑者の権利を守ります。
これらの活動を通じて、検察官に対し、被疑者が罪を犯したと裁判で立証するための証拠が不十分であると判断させ、「嫌疑不十分」(または嫌疑なし)による不起訴処分を目指します。
不同意性交等罪における不起訴率の統計的分析
実際に不同意性交等罪(および改正前の強制性交等罪)で検挙された事案のうち、どの程度の割合が不起訴となっているのでしょうか。
法務省が公表している検察統計年報によれば、近年の不同意性交等罪に関する検察官の最終的な処分状況は、以下の通りです。
■ 不同意性交等罪の処分状況(改正前の強制性交や強姦、致死傷等の関連犯罪を含みます)
- 2023年(令和5年)
- 処理人員総数:2,169人
- 起訴人員:653人 (起訴率 約30%)
- 不起訴人員:1.303人 (不起訴率 約60.0%)
- 2022年(令和4年)
- 処理人員総数:1,634人
- 起訴人員:481人 (起訴率 約29.4%)
- 不起訴人員:1,016人 (不起訴率 約62.1%)
出典: e-Stat 政府統計の総合窓口 – 検察統計調査
不起訴の内訳
検察統計によれば、2023年の不起訴人員1,303人の内訳は以下のようになっています。
- 起訴猶予: 396人 (不起訴者のうち約30%)
- 嫌疑不十分: 880人 (不起訴者のうち約67%)
- 嫌疑なし:6人
- その他
おわりに
2023年の刑法改正により新設された不同意性交等罪は、法定刑が重く、その容疑をかけられた場合に生じる不利益は計り知れません。
しかし、統計データが示すように、逮捕・検挙された全ての事案が起訴されるわけではなく、不起訴処分となる可能性は十分に存在します。
その可能性を追求し、最善の結果を得るためには、刑事手続きの極めて早い段階、理想を言えば逮捕直後に、弁護士に相談・依頼することが不可欠です。
容疑を認めているのであれば、弁護士を通じて被害者との間で誠実に示談交渉を行うことが、起訴猶予による不起訴処分への最も確実な道筋です。
容疑を否認しているのであれば、取調べに対する適切な対応と、無実を裏付ける客観的証拠の収集が、嫌疑不十分による不起訴処分を獲得するための鍵となります。
身体拘束下での捜査は、精神的に大きな負担を伴い、冷静な判断を困難にさせます。
また、不同意性交等罪の被疑者となってしまった場合、家族へ相談できない、家族からの協力が得られないという悩みが生じることもあります。
不同意性交等罪の容疑をかけられてしまった場合には、直ちに性犯罪弁護に精通した弁護士に相談し、専門的な助言と支援を求めることが、社会生活への早期復帰に向けた唯一かつ最善の選択であると言えます。
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