はじめに
交際相手などから、過去に撮影された私的な性的画像や動画(以下「私事性的画像記録」)を、本人の同意なくインターネット上に公開される、いわゆる「リベンジポルノ」の被害が深刻な社会問題となっています。
一度インターネット上に流出した画像は、瞬く間に拡散され、完全に削除することが極めて困難となり、長期にわたる深刻な精神的苦痛と生活上の不利益をもたらします。
このような悪質な権利侵害行為に対しては、2014年に施行された「私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律」(通称:リベンジポルノ防止法)をはじめとする法律に基づき、加害者に対して刑事上の責任を追及することが可能です。
また、民事上も、責任を追及することが可能です。
本稿では、リベンジポルノの被害に遭い、どうすればよいか分からず苦しんでいる方のために、被害を回復し、加害者の責任を問うために取りうる具体的な法的対応の流れについて解説します。
削除請求
被害を発見した場合、被害の拡大を食い止めるためには、投稿を削除する削除請求が必要です。
画像が拡散されるスピードは非常に速いため、躊躇せず、迅速に行動することが重要です。
ただし、後述する発信者情報開示請求をする場合、そのタイミングには注意が必要です。
1-1. プラットフォーム事業者への削除請求
画像が投稿されているウェブサイトやSNS(X(旧Twitter)、Instagram、TikTokなど)、掲示板の運営者(プラットフォーム事業者)に対して、削除を請求します。これが最も迅速かつ効果的な方法です。
- 通報機能の利用: 多くのプラットフォームには、利用規約違反や権利侵害を報告するための「通報」機能が設けられています。「プライバシーの侵害」「嫌がらせ」「露骨なコンテンツ」などの項目を選択し、被害に遭っている画像やアカウントを具体的に指定して通報します。
- 送信防止措置依頼: より正式な手続きとして、「情報プラットフォーム対処法」に基づく「送信防止措置依頼」を行う方法があります。これは、プラットフォーム事業者に対し、法律に基づき、当該情報の送信(公開)を停止するよう正式に要請する手続きです。各プラットフォームが用意している専用のオンラインフォーム、あるいは弁護士を通じて書面(送信防止措置依頼書)を送付することで依頼を行います。情報プラットフォーム対処法及びリベンジポルノ防止法では、被害者から権利侵害の申告があった旨を投稿者(加害者)に通知し、2日以内に投稿者から反論がなければ、事業者は免責されて画像を削除できる、という仕組みが定められています。
1-2. 警察への相談と削除要請の協力
リベンジポルノは犯罪行為であるため、警察に被害を相談することも極めて重要です。
警察は、捜査の一環としてプロバイダに画像の削除を要請することがあり、被害者個人で請求するよりも迅速に削除が実行される可能性があります。
また、警察に相談することで、後述する刑事告訴に向けた手続きも円滑に進めることができます。
匿名の加害者を特定するための法的手続き
加害者がSNSなどで匿名の人物である場合、損害賠償請求や刑事告訴を行うためには、まずその人物の氏名や住所を特定する必要があります。
このために用いられるのが「発信者情報開示請求」という裁判手続きです。
2-1. 発信者情報開示請求の仕組み
この手続きも「情報プラットフォーム対処法」に基づいて行われます。
一般的に、以下の2段階の裁判手続きを経る必要があります。
- 【第1段階】コンテンツプロバイダへのIPアドレス等開示請求: まず、画像が投稿されたサイトの運営者(X社、Meta社など)を相手取り、裁判所に発信者情報開示請求(仮処分や開示命令)を申し立てます。そして、投稿者がその投稿を行った際に使用した「IPアドレス」と「タイムスタンプ(投稿日時)」の開示を命じるよう求めます。
- 【第2段階】アクセスプロバイダへの契約者情報開示請求: 第1段階で開示されたIPアドレスから、そのIPアドレスを割り当てているインターネット接続事業者(NTTドコモ、ソフトバンク、J:COMなどの携帯キャリアや固定回線事業者。これをアクセスプロバイダといいます)を特定します。次に、特定したアクセスプロバイダを相手取り、再度裁判所に訴訟を提起(または仮処分、開示命令を申し立て)し、「当該日時に、当該IPアドレスを使用していた契約者の氏名・住所・連絡先」を開示するよう命じる判決(または決定)を求めます。
2022年に改正プロバイダ責任制限法が施行され(現在の情報プラットフォーム対処法)、これら2つの手続きを一体的に進めることができる新たな裁判手続き(発信者情報開示命令事件)も創設されましたが、いずれにせよ、専門的な法的手続きであるため、弁護士への依頼が不可欠です。
この手続きには、数ヶ月から1年程度の期間を要することが一般的です。
2-2.どのような権利を侵害したといえるか
削除請求や発信者情報開示手続きをするためには、当該投稿により被害者の権利が侵害されているといえることが必要です。
リベンジポルノがどのような権利を侵害しているといえるかは、具体的な投稿内容によります。
私的な性的画像や動画は一般に公開されたくないと考えられるプライバシー性の高いものですので、まず考えられるのはプライバシー権侵害です。
その他にも、肖像権侵害や名誉毀損(名誉権侵害)、私生活の平穏等その他の人格的利益を侵害していると主張することも考えられます。
民事上の責任追及:損害賠償請求
加害者が特定できた場合、加害者の行為によって受けた損害について、民事上の不法行為(民法第709条、710条)に基づく損害賠償を請求することができます。
3-1. 請求できる損害賠償の内訳
損害賠償の内訳は、主に以下の項目から構成されます。
- ① 精神的苦痛に対する慰謝料: これが損害賠償請求の中心となります。自身の私的な性的画像が同意なく公開されたことによる精神的苦痛、プライバシーの侵害、名誉の毀損、将来への不安など、無形の損害を金銭に換算したものです。
- ② 調査費用: 加害者を特定するために要した費用、具体的には、発信者情報開示請求手続きを弁護士に依頼した場合の弁護士費用や、裁判所に納めた実費などが損害として認められます。ただし、近年は、調査費用がそのまま全額損害と認められるケースが減ってきていることに注意が必要です。
- ③ 治療費・休業損害など: 被害が原因でうつ病やPTSDなどの精神疾患を発症し、通院が必要となった場合の治療費や、仕事を休まざるを得なくなった場合の休業損害なども、因果関係が認められれば損害として請求可能です。
3-2. 慰謝料の金額を左右する要素
慰謝料の額に法的な定価はありませんが、裁判所は以下の要素を総合的に考慮して、個別の事案ごとに金額を判断します。
- 画像の性質: 顔が明確に写っているか、裸体の程度、行為の悪質性など。
- 公開・拡散の範囲: 投稿されたサイトの種類(会員制か、誰でも閲覧可能か)、拡散の程度(リツイート数、転載の有無など)。
- 加害者の行為の悪質性: 脅迫の有無、「ばらまくぞ」といった言動、被害者をおとしめる目的の有無など。
- 被害者が受けた不利益: 退職や転居を余儀なくされた、結婚が破談になったなど、具体的な生活上の不利益の程度。
- 加害者の事後対応: 投稿の削除に応じたか、謝罪の有無など。
過去の裁判例を見ると、慰謝料額は数十万円から数百万円の範囲で認定されることが多いですが、特に悪質な事案ではこれを上回る金額が認められる可能性もあります。
刑事上の責任追及:刑事告訴
リベンジポルノの公開は、民事上の責任だけでなく、刑事罰の対象ともなる犯罪行為です。
加害者に刑事罰を科すことを求める場合、警察に対して「告訴」という手続きを行います。
4-1. 成立する犯罪と刑罰
- ① 私事性的画像記録提供等(リベンジポルノ防止法第3条1項2項): これがリベンジポルノ行為を直接処罰する法律です。
- 成立要件:
- 第三者が撮影対象者を特定できる形で、
- 人の私事性的画像記録(性的な姿態や行為を撮影した画像・動画)を、
- 不特定または多数の者に提供(インターネット上への公開など)する行為や、公然と陳列する行為。
- 刑罰: 3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金
- 成立要件:
- ② 名誉毀損罪(刑法第230条): 画像が公開されたことにより、被害者の社会的評価が低下した場合に成立します。
- 刑罰: 3年以下の拘禁刑もしくは禁錮または50万円以下の罰金
- ③ 脅迫罪(刑法第222条): 画像を公開する旨を告知して、被害者を怖がらせた場合に成立します。
- 刑罰: 2年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金
また、これ以外にも、①の行為をさせる目的で、電気通信回線を通じて私事性的画像記録を提供し、又は私事性的画像記録物を提供した場合、1年以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金となります(リベンジポルノ防止法第3条3項)。
4-2. 刑事告訴の手続き
刑事告訴は、捜査機関(警察)に対して、犯罪事実を申告し、犯人の処罰を求める意思表示です。
リベンジポルノ防止法違反、名誉毀損罪は親告罪なので、告訴がなければ公訴を提起することができません。
通常、弁護士が代理人となり、被害事実や処罰を求める意思を記載した「告訴状」を作成し、証拠資料と共に管轄の警察署に提出します。
告訴状が受理されると、警察は正式な刑事事件として捜査を開始し、加害者の取調べや証拠収集を行い、事件を検察官に送致します。
最終的に、検察官が加害者を起訴するか否かを判断します。
ただし、現実的には、加害者が特定されていない段階で告訴をしようとしても、警察はなかなか受理してくれません。
弁護士等を通じて発信者情報開示を行い、投稿者を特定してから告訴を行うことが一般的です。
4-3. 時間的制約
刑事告訴には時間的な制約があります。
- 公訴時効: 犯罪行為が終わった時(画像が公開された時)から進行します。リベンジポルノ防止法違反罪や名誉毀損罪の公訴時効は3年です。
- 告訴期間: 名誉毀損罪は親告罪であり、「犯人を知った日から6ヶ月」以内に告訴しなければなりません。「犯人を知った日」とは、発信者情報開示請求などによって加害者の身元が特定できた日を指します。
おわりに
リベンジポルノの被害に遭われた場合、多くの方は、精神的に大きなショックを受け、一人で行動を起こすことは非常に困難です。
重要なのは、できるだけ早く、以下の行動を取ることです。
- 証拠を保全する(スクリーンショット、URLなど)。
- 信頼できる家族や友人に相談する。
- 警察に相談する。
- IT・インターネット問題に精通した弁護士に相談する。
弁護士であれば、あなたの代理人として、法的手続きを進めるなどのサポートを行うことが可能です。
一人で抱え込まず、専門家の助けを借りて、毅然と対応することが、問題解決への第一歩です。
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