はじめに:AI生成画像に関する著作権法違反での書類送検事例
2025年11月20日、千葉県警は、生成AIを用いて制作された画像を無断で複製し、自らが販売する電子書籍の表紙に使用したとして、男性を著作権法違反(複製権侵害)の疑いで書類送検しました(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUD2067T0Q5A121C2000000/)。
AIで生成された画像に著作権があるとして、同法違反で摘発されたのは全国で初めてとみられます。
これまで、AI生成物が著作権法上の「著作物」に該当するか否かについては、法的な議論が続いていました。
今回の事例において、警察当局は、被害者が「生成AIに具体的な指示や入力を繰り返して制作したものであること」等を根拠に、当該画像が著作物に当たると判断し、書類送検に至りました。
本件は「書類送検」であり、被疑者の身柄を拘束する「逮捕」ではなく、また裁判所による確定判決が出たわけではありません。
しかし、捜査機関が特定のAI生成画像について著作物性を認め、刑事事件として取り扱った事実は、今後の実務に影響を与える可能性があります。
本稿では、今回の摘発事例および文化審議会著作権分科会法制度小委員会が公表した「AIと著作権に関する考え方について」に基づき、AI生成画像が法的に保護されるための要件、および無断複製被害に遭った際の法的対処法について解説します。
事例の概要と捜査機関の判断根拠
1-1. 書類送検の経緯
報道によれば、被疑者は2024年8月、被害者が生成AIで制作しSNSに投稿した画像を無断で複製し、電子書籍の表紙に使用した疑いが持たれています。
被疑者は警察の調べに対し、「タイトルや内容にフィットする素材だったから複製した」と容疑を認めています。
千葉県警は、被害者からの相談を受け捜査を進めた結果、当該画像が著作権法による保護対象となると判断し、起訴を求める「厳重処分」の意見を付けて書類送検しました。
1-2. 「著作物」と認定された理由
著作権法における「著作物」とは、「思想又は感情を創作的に表現したもの」を指します(同法第2条第1項第1号)。
本件において警察は、被害者が「生成AIに具体的な指示や入力を繰り返して制作したものであること」を重視し、著作物に当たると判断しました。
これは、単にAIに指示を出しただけでなく、試行錯誤の過程に人間の「創作的寄与」が存在したことを評価したものと考えられます。
AI生成画像に著作権が認められる具体的要件
文化庁の文化審議会著作権分科会法制度小委員会は、2024年3月に「AIと著作権に関する考え方について」を取りまとめました。
裁判所の判断ではないため、今後どのような判断がなされるかはまだ不明ですが、同文書の内容は、一定の指針にはなり得ます。
同文書では、AI生成物が著作物に該当するか否かは、人間の「創作的寄与」の有無によって判断されるとしています。
2-1. 創作的寄与の判断要素
AI生成物が著作物と認められるためには、人間がAIを「道具」として利用し、創作意図を持って表現を行ったと評価される必要があります。
具体的には、以下の要素が総合的に考慮されます。
① 指示・入力(プロンプト)の分量・内容
AIに対する指示(プロンプト)が、単なるアイデアにとどまる場合(例:「猫の絵を描いて」等の短い指示)は、創作的寄与は認められません。
一方で、長大な指示であり、かつ「創作的表現といえるものを具体的に示す詳細な指示」である場合は、創作的寄与があると評価される可能性が高まります。
作り手が明確な「完成図」のイメージを持ち、それを再現する意図がプロンプトに込められているかが重要となります。
② 生成の試行回数(試行錯誤)
単に試行回数が多いだけでは創作的寄与には影響しません。
しかし、生成された画像を確認し、その結果を踏まえて「指示・入力を修正しつつ試行を繰り返す」というプロセスを経ている場合は、人間による創作的な関与があったとして、著作物性が認められる可能性があります。
今回の摘発事例でも、「具体的な指示や入力を繰り返して制作された」点が判断の根拠とされています。
③ 複数の生成物からの選択
単にAIが生成した複数候補から一つを選択する行為自体は、創作的寄与とは認められにくいとされています。
ただし、上記のプロンプト調整や試行錯誤と組み合わされた一連の行為として評価される場合は、創作性の一要素となり得ます。
2-2. 加筆・修正による著作物性
AIが生成した画像に対し、人間が後から加筆・修正(レタッチ等)を加えた場合、その「創作的表現といえる加筆・修正を加えた部分」については、著作物性が認められます。
無断複製・使用が発覚した場合の証拠保全
AI生成画像の無断使用に対し、著作権侵害を主張するためには、当該画像が「著作物」であること(創作的寄与の存在)を被害者側が立証する必要があります。
3-1. 創作過程の記録(ログ)の保存
最も重要な証拠は、生成に至るまでのプロセスです。
- プロンプトの履歴: 具体的にどのような指示を与えたか。
- 試行錯誤の履歴: 修正を繰り返して生成を行った際の、各段階のプロンプトや生成画像のログ。
- 使用ツールと日時: 生成に使用したAIモデルやバージョン、生成日時(タイムスタンプ)。
3-2. 侵害行為の証拠化
- 侵害物の保全: 無断使用されているウェブサイトのURL、スクリーンショット、日時。
- 類似性・依拠性の確認: 著作権侵害が成立するためには、既存の著作物との「類似性」および「依拠性(既存の著作物を知っており、それに基づいて作成したこと)」が必要です。AI生成画像をそのまま複製(コピー)している事例では、類似性・依拠性ともに認められやすい傾向にあります。
民事上の法的措置(損害賠償・差止請求)
著作権侵害が成立する場合、権利者は侵害者に対し、民事上の責任を追及することができます。
4-1. 差止請求
侵害者に対し、侵害行為の停止(画像の削除、販売停止など)および将来の侵害の予防措置を請求することができます(著作権法第112条)。
これは侵害者の故意・過失を問わず請求可能です。
4-2. 損害賠償請求
侵害者に対し、損害賠償を請求することができます(民法第709条)。
損害賠償請求には、侵害者の「故意」または「過失」が必要です。
侵害者が他人の著作物であることを認識していた場合(今回の事例のように「フィットする素材だったから複製した」と認識している場合)は、故意または過失が認められる可能性が高いと考えられます。
4-3. 不当利得返還請求
損害賠償請求とは別に、侵害者が無断使用によって得た利益(著作物の使用料相当額など)について、不当利得としての返還を請求できる場合があります。
刑事上の法的措置(刑事告訴)
著作権法違反は犯罪行為であり、刑事罰の対象となります。
5-1. 著作権法違反の罰則
著作権(複製権等)を侵害した者は、10年以下の拘禁刑(改正前は懲役)もしくは1000万円以下の罰金、またはその併科に処される可能性があります(著作権法第119条)。
刑事罰を科すためには、侵害者に「故意」があることが要件となります。
5-2. 告訴の手続き
著作権侵害罪の多くは親告罪(一部を除く)であり、被害者による告訴が訴追の条件となります。
今回の事例のように、警察が事件として立件し、書類送検するためには、被害者による相談や被害届の提出、告訴といった手続が前提となります。
AI生成画像に関する事案においては、「著作物性」の疎明が重要となるため、前述した創作過程の証拠を整理し、法的観点から説明する必要があります。
弁護士への相談と実務対応
AI生成画像の著作権侵害事案は、法的な判断基準が確立されつつある過渡期にあります。
6-1. 著作物性の法的評価
自身の生成したAI画像が「著作物」として保護される要件を満たしているか(創作的寄与の程度)については、専門的な判断を要します。
具体的なプロンプトの内容や試行錯誤の履歴に基づき、著作物性を法的に評価する必要があります。
6-2. 代理人による交渉・措置
侵害行為に対し、内容証明郵便による警告、示談交渉、あるいは訴訟提起を行う場合、弁護士が代理人となることで、法的な主張を適確に行うことが可能です。
また、刑事告訴を行う際にも、告訴状の作成や警察への説明において専門的なサポートが有用です。
おわりに
AI生成画像であっても、人間の創作的寄与が認められる場合には著作権法上の「著作物」として保護され、無断複製等の侵害行為に対しては法的措置(特に刑事)が執られることが、今回の摘発事例および文化庁の見解によって示されました。
AI生成画像の無断利用被害に遭われた方は、泣き寝入りするのではなく、証拠を保全した上で、著作権法に基づく適切な権利行使を検討することが推奨されます。
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