はじめに
親が離婚した後も、子どもが経済的に不自由なく、健やかに成長していけるように、親として当然に負うべき責任が「養育費」の支払いです。
しかし、養育費は「子どものための権利」であるにもかかわらず、その取り決めが曖昧であったり、支払いが途中で滞ってしまったりと、数多くのトラブルが生じているのが現実です。
民法の改正に伴い、養育費の不払い対策として新設する「法定養育費」の省令案が発表されました。
こちらにも触れつつ、本稿では、これから離婚を考えている方、すでにおひとりで子育てをされている方のために、養育費に関して、その法的性質から具体的な請求・回収手続きまで解説します。
養育費の基礎知識
1.養育費とは何か
養育費とは、子どもが社会人として自立するまでに必要となる全ての費用を指します。
これは、子どもを直接監護・養育していない親(非監護親)が、実際に子どもを育てている親(監護親)に対して支払うのが一般的です。
養育費は、単に「食費」や「学費」だけを指すものではありません。
具体的には、以下のような費用が含まれます。
・衣食住に関する費用: 食費、被服費、家賃や光熱費の一部など、基本的な生活費
・教育費: 公立学校の学費、教科書代、塾や習い事の月謝、進学費用など
・医療費: 病院での診療費、薬代、保険料など
・娯楽費: お小遣い、友人との交際費、旅行費など、年齢相応の文化的な生活を送るための費用
養育費の根本にあるのは、「子どもは、親の経済力や社会的地位に応じた水準の生活を維持する権利がある」という「生活保持義務」の考え方です。
これは、「子どもには自分と同水準の生活を保障しなければならない」という、親子間の強い扶養義務を意味します。
2.誰が、いつまで支払う義務を負うのか
養育費の支払義務を負うのは、子どもの親権者であるか否かに関わらず、法律上の親子関係にあるすべての親です。
したがって、離婚して親権を持たない親にも、当然に支払義務があります。
支払い期間については、法律で明確に「〇歳まで」と定められているわけではありませんが、実務上は「子どもが成人するまで(満20歳に達する月まで)」とされるのが原則です。
※2022年4月1日に成年年齢が18歳に引き下げられましたが、養育費の終期は、子どもが経済的に自立していない実態を考慮し、引き続き20歳を原則とする家庭裁判所の運用が主流です。
ただし、近年は大学等への進学率が非常に高いことから、当事者間の合意によって「大学を卒業する月まで」と定めるケースも増えています。
この場合、単に「大学卒業まで」と曖昧に定めるのではなく、「4年制大学を卒業する日の属する月まで」のように、具体的に特定しておくことが後のトラブル防止に繋がります。
子どもの障害や病気など、特別な事情がある場合には、20歳以降も扶養が必要となるため、個別に取り決めを行うことになります。
養育費の算定方法
養育費の金額は、まず当事者間の話し合いで自由に決めることができます。
しかし、話がまとまらない場合や、裁判所の手続きを利用する場合には、「養育費算定表」という基準を用いて、客観的かつ公平な金額を算出するのが一般的です。
実際には、細かい計算式を用いて計算することもあるのですが、本稿では、養育費算定表を用いた計算方法について説明します。
1. 「養育費算定表」とは
養育費算定表とは、裁判所の裁判官や調査官が研究を重ねて作成した、養育費の標準的な金額を簡易・迅速に算出するための表です。
家庭裁判所における調停や審判、裁判において、養育費を決定する際の重要な基準として広く活用されています。
この算定表は、以下の3つの要素に基づいて、養育費の月額が一定の幅(例えば「4~6万円」)で示される仕組みになっています。
・義務者(支払う側)と権利者(受け取る側)の年収
・子どもの人数
・子どもの年齢(0~14歳と15歳以上で区分)
2.養育費算定表の具体的な使い方
算定表を用いて、ご自身のケースにおける養育費の目安を算出する手順は以下の通りです。
【STEP1】双方の年収を確認する
まず、支払う側と受け取る側、双方の総収入を確認します。
このとき、職業によって収入の捉え方が異なる点に注意が必要です。
給与所得者(会社員・公務員など): 源泉徴収票の「支払金額」(税引前の総収入)を用います。
自営業者: 確定申告書の「課税される所得金額」を基礎としますが、ここから実際に支出されていない費用(基礎控除、青色申告特別控除など)を足し戻して、収入を算出します。
【STEP2】該当する算定表を選ぶ
裁判所のウェブサイト(平成30年度司法研究(養育費,婚姻費用の算定に関する実証的研究)の報告について https://www.courts.go.jp/toukei_siryou/siryo/H30shihou_houkoku/index.html)などで公開されている算定表の中から、ご自身の子どもの人数と年齢に応じた表を選びます。
例えば、「子ども1人、年齢0~14歳」のケースであれば、「表1」を使用します。
【STEP3】表の縦軸と横軸から金額を見つける
算定表は、縦軸が義務者(支払う側)の年収、横軸が権利者(受け取る側)の年収となっています。
ご自身の職業(給与所得者か自営業者か)に応じた目盛りを使い、双方の年収が交差するマス目を探します。
そのマス目に記載されている金額が、養育費の標準的な月額となります。
3.算定表の金額が修正されるケース(特別の事情)
算定表はあくまで標準的なケースを想定したものです。
そのため、以下のような特別な事情がある場合には、算定表の金額に費用が加算されたり、あるいは当事者間の合意によって柔軟な取り決めがなされたりすることがあります。
・私立学校の学費: 義務者が私立への進学を承諾していた場合など、公立学校の学費との差額分について、その費用が考慮されます。
・子どもの持病や障害に伴う高額な医療費: 定期的に高額な医療費や付添費用がかかる場合、その費用が考慮されます。
その他: 住宅ローン(権利者が義務者名義の家に住み続け、義務者がローンを支払う場合)や、その他特別な習い事の費用など。
これらの事情がある場合は、算定表の金額をベースとしつつ、具体的な加算額について話し合う必要があります。
養育費の請求と合意の形成
養育費の金額や支払方法について、具体的に請求し、取り決めを行うための手続きについて解説します。
1.話し合いによる決定(協議)
まずは、夫婦間で直接話し合い、養育費に関する合意を目指します。
これが最も円満かつ迅速な方法です。
協議で合意した場合は、必ずその内容を書面に残すことが極めて重要です。
口約束だけでは、後になって「そんな約束はしていない」と言われたり、約束の内容が曖昧になったりする危険があります。
作成する書面は、離婚届と同時に作成する「離婚協議書」に養育費の条項を盛り込む形が一般的です。
2.「公正証書」の作成
単なる夫婦間の合意書(離婚協議書)だけでは、万が一支払いが滞った場合に、法的な強制力が弱く、改めて裁判を起こさなければならない可能性があります。
そこで、協議で合意した内容を、公証役場で「公正証書」として作成しておくという方法があります。
公正証書とは、公証人という法律の専門家が作成する公文書であり、高い証明力を持っています。
そして、公正証書を作成する際に「強制執行認諾文言」という一文を付け加えておくことで、その公正証書は「債務名義」としての効力を持ちます。
これにより、養育費の支払いが滞った場合、改めて裁判を起こすことなく、直ちに相手の給与や預貯金などを差し押さえる「強制執行」の手続きに進むことができます。これは、将来の未払いを防ぐための最も強力な保険となります。
3.裁判所の手続きを利用する場合
当事者間での話し合いがまとまらない場合や、相手が話し合いに一切応じない場合には、家庭裁判所に申立てを行い、法的な手続きを通じて養育費の取り決めを行います。
調停: 調停委員という中立な第三者が間に入り、双方から事情を聞きながら、合意形成に向けた話し合いを進める手続きです。
調停で合意に至ると、その内容は「調停調書」に記載されます。
この調停調書は、確定判決と同じ効力を持ち、強制執行も可能です。
審判: 調停でも話がまとまらない場合、手続きは自動的に「審判」に移行します。
審判では、裁判官が一切の事情を考慮して、養育費の金額などを判断し、決定を下します。
この「審判書」も、確定判決と同じ効力を持ちます。
訴訟: 離婚そのものについて争いがある場合には、離婚訴訟の中で、養育費についても判断を求めることになります。
養育費の未払いへの対処法
残念ながら、一度取り決めた養育費の支払いが、相手の都合で滞ってしまうケースは少なくありません。
その場合における回収方法について説明いたします。
1.裁判所を通じた督促
まずは、家庭裁判所を通じて、相手に支払いを促す比較的手軽な手続きがあります。
履行勧告: 家庭裁判所から相手に対し、「取り決め通りに支払いをしてください」と電話や書面で勧告してもらう制度です。
手数料もかからず、手続きも簡単ですが、法的な強制力はありません。
履行命令: 履行勧告に従わない場合などに、裁判所が「支払え」と命令を出す制度です。
この命令にも従わない場合、10万円以下の過料(行政罰)が科される可能性がありますが、直接財産を差し押さえることはできません。
2.強制執行
履行勧告や履行命令でも支払いに応じない悪質なケースでは、地方裁判所に「強制執行」を申し立て、相手の財産を強制的に差し押さえて回収を図ります。
前述の通り、強制執行を行うには、「公正証書(強制執行認諾文言付)」「調停調書」「審判書」「判決書」などの「債務名義」が必要です。
給与の差押え: 最も効果的で一般的な方法です。
相手の勤務先を特定できれば、裁判所を通じて勤務先に通知し、毎月の給料から天引きする形で養育費を直接回収できます。
養育費の場合、特別に手取り給与の2分の1まで差し押さえることが認められており、将来にわたって発生する養育費についても継続的に差し押さえることが可能です。
預貯金の差押え: 相手の銀行口座を特定し、その口座を差し押さえて残高から回収します。
不動産・自動車などの差押え: 不動産などを差し押さえて競売にかけ、その売却代金から回収します。
3.相手の財産が不明な場合の対策
2020年4月に施行された改正民事執行法により、これまで困難だった「相手の勤務先や銀行口座が分からない」という問題に対処するための新制度が導入されました。
財産開示手続: 裁判所に相手を呼び出し、自身の財産状況について陳述させる手続きです。
正当な理由なく出頭しなかったり、虚偽の陳述をしたりした場合には、刑事罰が科されるようになりました。
第三者からの情報取得手続: 裁判所を通じて、市区町村や年金事務所に相手の勤務先情報を照会したり、金融機関に口座情報の有無を照会したりすることが可能になりました。
これらの新制度により、財産を隠して支払いを逃れようとする相手に対しても、以前より格段に実効性のある対応が取れるようになっています。
離婚後の事情変更と養育費の見直し
一度決めた養育費の金額も、その後の人生における様々な変化に応じて、見直すことが可能です。
これを「事情変更」といいます。
増額を請求できるケース
義務者(支払う側)の収入が大幅に増加した。
権利者(受け取る側)が失業や病気で収入が大幅に減少した。
子どもが進学したり、病気になったりして、想定以上にお金がかかるようになった。
減額を請求されるケース
義務者が失業や病気で収入が大幅に減少した。
義務者が再婚し、扶養すべき子どもが新たに生まれた。
権利者が再婚し、その再婚相手と子どもが養子縁組をした(この場合、第一次的な扶養義務は養親に移るため、支払義務が免除または大幅に減額される可能性があります)。
養育費の金額を変更する場合も、まずは当事者間で話し合い、合意できなければ家庭裁判所に「養育費増額(減額)請求調停」を申し立てることになります。
法定養育費
2025年8月29日に、民法改正との関係で、養育費を離婚時に取り決めなくても子どもの同居親が別居親に請求できる「法定養育費」について、子ども1人当たり月額2万円とする省令案が公表されました。
改正民法は2026年5月までに施行されることとなっており、この「法定養育費」についてもどのような制度となるか注目されています。
法定養育費は、あくまでも、養育費の取り決めをしていない場合に義務者に一定額の支払額を義務付けるものであり、先述した養育費の金額が減額となるわけではありません。
おわりに
養育費の問題は、お子様の生活を守るためにも非常に重要な問題です。
感情的な対立が生まれやすい離婚の問題の中でも、子どもの利益を最優先に考え、冷静かつ法的な根拠に基づいて、着実に手続きを進めることが何よりも大切です。
養育費の取り決めや未払いで少しでも不安や困難を感じた場合は、決して一人で抱え込まず、弁護士等にご相談されることをお勧めいたします。
弁護士であれば、ご自身の代理人として、相手方との交渉や法的手続きを代行し、ご自身とお子様の権利を実現するため、サポートすることが可能です。