はじめに
賃貸経営において、オーナーを悩ませるのは「家賃滞納」だけではありません。
家賃は支払われているものの、契約やルールを守らない「不良入居者」の存在もまた、アパート・マンション経営の大きなリスク要因です。
「単身者用アパートなのに、勝手に同棲を始めている」 「ペット不可物件なのに、隠れて犬や猫を飼育している」 「入居者とは違う人間が出入りしており、無断で転貸(また貸し・民泊利用)されているようだ」 「部屋を勝手に改造したり、騒音や異臭で近隣から苦情が殺到している」
こうした行為は、賃貸借契約における「用法遵守義務違反」にあたります。
これらを放置すれば、物件の価値が毀損されるだけでなく、他の優良な入居者が退去してしまう「負の連鎖」を招きかねません。
本稿では、家賃滞納以外の契約違反(用法違反)を理由として、問題のある入居者を法的に退去させるための要件、具体的な手順、そしてオーナー側が取るべき証拠収集の方法等について、解説いたします。
賃貸借契約における「用法遵守義務」とは
賃借人(入居者)には、家賃を支払う義務に加え、借りている物件を契約の定めに従い、善良な管理者の注意をもって使用する義務があります。
これを「用法遵守義務(善管注意義務)」といいます。
1-1. 代表的な用法違反のケース
契約書には通常、禁止事項として以下のような項目が記載されています。
これらに違反する行為は、債務不履行(契約違反)となります。
- 無断転貸(また貸し): 契約者以外の第三者に部屋を使わせる行為。最近では、無断でAirbnbなどの民泊施設として利用されるケースが増えています。
- 無断譲渡: 賃借権(借りる権利)を勝手に他人に譲る行為。
- ペットの飼育: ペット不可物件での飼育、あるいは許可された種類・頭数を超えた飼育。
- 無断増改築: オーナーの承諾なく、壁に穴を開けたり、間取りを変更したりする行為。
- 用途違反: 住居専用契約なのに事務所や店舗として使用する、あるいはその逆の行為。
- 近隣迷惑行為: 深夜の騒音、ゴミ屋敷化、共用部分の私物化など。
契約解除の壁「信頼関係破壊の法理」
「契約書に『ペット不可』と書いてあるのに飼ったのだから、即刻契約解除できるはずだ」 オーナーとしては当然そう思われるでしょう。
しかし、日本の法律(借地借家法および判例)では、借主の権利が強く守られています。
2-1. 軽微な違反では解除できない
裁判所は、単に契約違反の事実があるだけでは契約解除を認めず、その違反によって「貸主と借主の信頼関係が破壊された」と認められる場合に限って解除を認めます。
これを「信頼関係破壊の法理」といいます。
例えば、「ハムスターを1匹こっそり飼っていた」「友人を数日泊めた」という程度では、契約違反ではあっても、即座に追い出せるほどの信頼関係の破壊とはみなされないことが多いです。
2-2. 解除が認められるポイント
用法違反で明け渡しを勝ち取るためには、以下の要素を積み上げ、「信頼関係はもはや修復不可能である」と立証する必要があります。
- 違反の程度・態様:
- ペットであれば、大型犬や多頭飼育か、鳴き声や悪臭で近隣に被害が出ているか、部屋が汚損されているか。
- 騒音であれば、頻度や時間帯、警察が出動する騒ぎになっているか。
- 違反の期間:
- 一時的なものか、長期間継続しているか。
- 貸主からの警告に対する態度(重要):
- オーナーや管理会社が何度も注意・警告したにもかかわらず、無視して違反行為を継続しているか。「是正の機会を与えたのに従わなかった」という事実は、信頼関係破壊を裏付ける重要な証拠となります。
【ケース別】契約解除が認められやすい案件と証拠の集め方
用法違反の中でも、特に契約解除が認められやすいケースと、そのために必要な証拠について解説します。
3-1. 無断転貸(また貸し・民泊)
これは、貸主にとって勝ちやすい(解除が認められやすい)類型のひとつです。
民法第612条は、貸主の承諾のない賃借権の譲渡・転貸を禁止しており、これに違反した場合は「契約を解除することができる」と明記しています。
無断転貸は、オーナーが「誰に貸しているか」という根本的な信頼を裏切る行為であるため、信頼関係の破壊が認められやすく、裁判でも明け渡し判決が出やすい傾向にあります。
- 必要な証拠:
- 見知らぬ人物が出入りしている写真・動画。
- 民泊仲介サイト(Airbnb等)に当該物件が掲載されている画面のスクリーンショット。
- 郵便受けの表札が違う名前になっている写真。
- 近隣住民からの「違う人が住んでいる」という証言。
3-2. ペット飼育(ペット不可物件)
ペット飼育の場合、単に飼っているだけでなく、それによる「弊害」を立証することが重要です。
- 必要な証拠:
- ペットの鳴き声の録音データ。
- ベランダや共用部でのペットの毛、糞尿の写真。
- 室内に入った際に撮影した、柱の傷やペット用品の写真。
- 近隣住民からの苦情の記録(日時、内容)。
- 「直ちに飼育を中止するか、退去してください」という内容証明郵便を送付し、それでも飼育を続けている事実。
3-3. 騒音・ゴミ屋敷などの迷惑行為
生活態度の問題は、個人の感覚差があるため立証が難しい場合がありますが、客観的な証拠があれば解除が認められるケースもあります。
- 必要な証拠:
- 騒音計による測定記録。
- ゴミが溢れているバルコニーや玄関前の写真。
- 警察への通報記録(事件番号)。
- 他の入居者からの「このままでは退去したい」という苦情の書面。
契約解除から明け渡し請求までの手順
用法違反を理由に入居者を退去させるための、法的なステップを解説します。
STEP 1:証拠収集と現状確認
まずは前章で述べたような証拠を集めます。
管理会社と協力し、他の入居者へのヒアリングや現地確認を行います。
STEP 2:書面による是正勧告(警告)
いきなり解除通知を送るのではなく、まずは「警告」を行います。
「契約違反の状態を〇月〇日までに解消してください。是正されないようであれば契約を解除します」という内容を通知します。
これも証拠として残す必要があるため、口頭や電話ではなく、書面で行います。
STEP 3:内容証明郵便による「契約解除通知」
警告期間を過ぎても改善が見られない場合、いよいよ契約解除に踏み切ります。
ここでは必ず「配達証明付き内容証明郵便」を使用します。
通知書には、以下の内容を記載します。
- 契約違反の具体的な事実(日時、内容)。
- 過去に警告したにもかかわらず改善されなかった事実。
- 本通知をもって賃貸借契約を解除すること。
- 指定期日までに建物を明け渡すこと。
この「警告→無視→解除」というプロセスを踏むことで、裁判において「信頼関係の破壊」が認定されやすくなります。
なお、実務上は、「〇月〇日までに契約違反の状態を解消してください。万が一是正されない場合は、本書面をもって賃貸借契約を解除いたします」という内容の書面(催告および催告期間経過後の解除の意思表示を兼ねたもの、停止条件付解除の意思表示などと言ったりします。)を送付することも一般的です。
STEP 4:任意の明け渡し交渉
解除通知が届いた後、入居者と明け渡しの時期や条件について交渉します。
ここで入居者が合意して退去すれば、最も低コストで解決します。
弁護士が代理人として通知を送ることで、オーナーの本気度が伝わり、この段階で退去に応じるケースも多々あります。
STEP 5:建物明け渡し請求訴訟
交渉に応じない、居座り続ける場合は、裁判所に訴訟を提起します。
用法違反の証拠等を元に、契約違反と解除の有効性その他について主張します。
STEP 6:強制執行
判決が出ても退去しない場合は、裁判所に強制執行を申し立てます。
執行官が現地に赴き、強制的に荷物を搬出し、鍵を交換して、明け渡しを完了させます。
弁護士に依頼するメリット(費用対効果)
用法違反による明け渡し請求は、オーナー自身で行うことも不可能ではありませんが、弁護士に依頼することで、結果的にコストと時間を削減できるケースが多いです。
5-1. 「自力救済」のリスク回避
「勝手に鍵を交換する」「荷物を外に出す」といった実力行使(自力救済)は、日本では禁止されています。
これを行うと、逆にオーナーが住居侵入罪や損害賠償請求の対象となり、入居者に対し慰謝料や損害賠償として高額の支払いを命じられる可能性もあります。
弁護士を入れて適法に解決する方が被害が抑えられる可能性が高いです。
5-2. 「信頼関係破壊」の立証
どの程度の証拠があれば裁判で勝てるか、どのような文面の警告書を送れば「是正の機会を与えた」と言えるか、という判断は専門的です。
弁護士であれば、裁判を見据えて証拠を積み上げ、解除の有効性が認められる可能性を高くすることができます。
また、特に無断転貸のような類型では、弁護士名義の通知一本で解決することも少なくありません。
5-3. スピード解決による損害の最小化
不良入居者を放置すれば、部屋が荒らされ(原状回復費用の増大)、優良な入居者が逃げ出し(空室リスク)、近隣トラブルの対応に追われる(管理コストの増大)ことになります。
早期に弁護士に依頼し、強制退去させることは、将来発生しうるこれらの損害を食い止めるための「投資」といえます。
おわりに
家賃を払っているからといって、契約違反を繰り返す入居者を放置する必要はありません。
特に「無断転貸」や「著しい迷惑行為」は、賃貸経営の根幹を揺るがす重大な問題であり、法的手続きによって明け渡しを実現すべき事案です。
ここで重要なのは、「警告した事実」と「違反の証拠」を確実に残すことです。
「この違反理由で追い出せるだろうか?」「証拠はこれで足りるか?」と迷われた場合は、弁護士にご相談ください。
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