【この記事の結論・要約】
- 器物損壊罪は他人の「物の効用」を害することで成立し、物理的な破壊だけでなく、心理的に使用不能にする行為や、一時的な隠匿も含まれます。
- 本罪は「親告罪」であり、被害者の告訴がなければ起訴できないため、示談による「告訴取り消し」が不起訴獲得への最も確実な法的手段です。
- 逮捕された場合は最大23日間の身柄拘束のリスクがありますが、早期の示談成立は「前科回避」と「即時の釈放」に直結します。
はじめに
器物損壊罪(刑法261条)は、日常生活において比較的発生しやすい犯罪の一つです。
酒席でのトラブルや、近隣住民との不和、あるいは感情に任せた破壊行為など、その態様は多岐にわたります。
「他人の物を壊した」という事実に争いがない場合でも、本罪の成立には厳格な構成要件があり、また刑事手続き上、他の犯罪にはない大きな特徴を備えています。
それが「親告罪」という性質です。
本稿では、器物損壊罪が成立するための法的な要件から、逮捕・勾留のタイムリミット、そして本罪においてなぜ示談が決定的な意味を持つのかについて解説します。
第1章 器物損壊罪の成立要件と罰則の体系
器物損壊罪は、刑法261条に規定されています。
(器物損壊等)
第二百六十一条前三条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、三年以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する。
1-1. 「損壊」の法的意義と広範な解釈
器物損壊罪における「損壊」とは、単に物を物理的に破壊することだけを指すのではありません。
判例上、損壊とは「物の効用を害する一切の行為」と定義されています。
具体的には、以下のような行為も「損壊」に該当し得ます。
- 物理的損壊: 茶碗を割る、スマートフォンの画面を叩き割る、車のボディを傷つける。
- 機能的損壊: 精密機器のプログラムを書き換えて動作不能にする、時計の針を抜く。
- 心理的・生理的損壊: 食器に放尿し、心理的に使用不能にする。
- 隠匿(いんとく): 他人の物を隠し、所有者が利用できない状態にする(一時的であっても成立し得ます)。
1-2. 動物に対する「傷害」
器物損壊罪の条文には「傷害」という言葉が含まれています。
これは、「他人のペット(動物)」を傷つけた場合に適用されます。
法律上、動物は「物」として扱われるため、他人の犬や猫に怪我をさせた場合は、動物愛護法違反だけでなく器物損壊罪も検討されます。
1-3. 故意の必要性と過失の扱い
器物損壊罪は「故意犯」です。
すなわち、相手の物を壊してやろうという意図、あるいは壊れても構わないという認識(未必の故意)が必要です。
不注意で他人の物を壊してしまった「過失」の場合、刑事罰としての器物損壊罪は成立しません。
この場合、解決は民事上の損害賠償問題に委ねられます。
1-4. 罰則の内容と量刑の決定要因
刑法第261条により、器物損壊罪の罰則は「3年以下の拘禁刑(懲役)又は30万円以下の罰金若しくは科料」と定められています。
実際の量刑は、以下の要素を総合的に考慮して決定されます。
- 被害額の大きさ。
- 犯行の態様(執拗さ、計画性)。
- 動機の悪質性(嫌がらせ、報復など)。
- 示談の成否および被害者の処罰感情。
第2章 「親告罪」の意味
2-1. 親告罪とは何か
器物損壊罪の特徴は、刑法264条により「親告罪」に指定されている点です。
親告罪とは、被害者等の告訴権者による「告訴」がなければ、検察官が公訴を提起(起訴)することができない犯罪を指します。
(親告罪)
第二百六十四条第二百五十九条、第二百六十一条及び前条の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
2-2. 告訴の有無が刑事処分を左右する
警察が捜査を行い、証拠が揃っていても、被害者が告訴をしない、あるいは告訴を取り消した場合には、検察官は法律上、起訴することができません。
この場合、検察官は必ず「不起訴処分」を下さなければならず、裁判が開かれることも、前科がつくこともありません。
2-3. 告訴取消のタイムリミット
親告罪における告訴の取り消しは、公訴の提起(起訴)があるまで行うことができます(刑事訴訟法第237条第1項)。
そのため、示談等によって告訴の取り消しを求める場合は、迅速に手続きを進める必要があります。
なお、告訴を取り消した場合、さらに告訴をすることは出来ません(刑事訴訟法第237条第2項)。
第3章 逮捕から判決までの刑事手続きの流れ
器物損壊罪で逮捕された場合、手続きは迅速に進みます。
各段階での時間的制約を把握することが重要です。
なお、逮捕されずに在宅で捜査が進められるケースも多くあります。
3-1. 逮捕から検察送致まで(48時間)
警察官が被疑者を逮捕すると、48時間以内に事件書類とともに被疑者の身柄を検察官に送ります(送検)。
この間、弁護士以外との面会は原則として認められません。
3-2. 勾留請求と裁判官の判断(24時間)
事件を引き継いだ検察官は、24時間以内に、引き続き身柄を拘束する必要(逃亡や証拠隠滅の恐れ)があるかを判断し、裁判官に「勾留」を請求します。
裁判官が勾留を認めれば、身柄拘束は長期化します。
3-3. 勾留期間(最大20日間)
勾留期間は原則10日間ですが、捜査の必要に応じてさらに最長で10日間延長されることがあります。
検察官はこの計20日間のうちに、起訴するか不起訴にするかを決定しなければなりません。
3-4. 起訴・不起訴の判断
- 不起訴処分: 告訴の取り消しがあった場合や、嫌疑不十分、起訴猶予などの場合。身柄は釈放されます。
- 略式起訴: 公判を開かず、書面審理のみで罰金刑を下す手続き。前科はつきますが、身柄は釈放されます。
- 公判請求: 通常の裁判。判決が出るまで勾留が続くか、保釈を請求することになります。
第4章 示談交渉が不起訴獲得に与える影響
器物損壊罪において、示談は単なる賠償問題ではなく、「刑事手続きそのものを終了させる手段」となり得ます。
4-1. 告訴の取り消しを含む示談
器物損壊罪の示談書において最も重要なのは、「被害者が告訴を取り消す(または告訴をしない)」という文言を盛り込むことです。
前述の通り、親告罪である本罪では、告訴の取り消しがあれば検察官は起訴できません。
4-2. 示談金の相場と構成要素
器物損壊の示談金は、主に以下の合算で算出されます。
- 実損額: 修理費用や、再購入費用(時価相当額)。
- 慰謝料: 精神的苦痛への補償。
- その他: 事件解決にかかる諸費用。 被害額が数万円であっても、処罰感情が強い場合は上乗せが必要になるケースも少なくありません。
4-3. 示談成立のタイミング別の効果
- 勾留決定前: 勾留されずに即日釈放される可能性が高まります。
- 勾留期間中: 起訴される前に告訴を取り消せば、不起訴が確定し釈放されます。
- 起訴後: 告訴取り消しによる不起訴はできませんが、執行猶予の獲得や大幅な減刑に寄与します。
第5章 実務上の注意点:親告罪ではないケース
すべての器物損壊に似た行為が「親告罪」であるわけではありません。
以下のケースは注意が必要です。
5-1. 公用文書等毀棄罪・公正証書原本不実記載罪など
公の文書(公証役場の書類、裁判所の書類など)を毀棄(損壊と同じ)した場合は、刑法258条等の別個の罪となり、これらは親告罪ではありません。
示談をしても当然に不起訴になるわけではありません。
5-2. 建造物等損壊罪(刑法260条)
建物の主要構造部を破壊したり、建物の効用を著しく害した場合には、器物損壊罪ではなく「建造物等損壊罪」が適用されます。
- 罰則: 5年以下の拘禁刑(懲役)。
- 性質: 非親告罪。告訴の有無にかかわらず起訴が可能です。 窓ガラスを1枚割った程度なら器物損壊ですが、壁に大きな穴を開けるなどは建造物損壊となるリスクがあります。
おわりに
器物損壊罪で逮捕された場合、最も優先すべきは被害者との示談交渉です。
本罪が親告罪である以上、被害者の許しを得て告訴を取り消してもらうことは、法的に「事件を消滅させる」に等しい効果を持ちます。
一方で、手続きには厳格なタイムリミットがあり、逮捕から数日のうちに適切なアクションを起こさなければ、身柄拘束が長引くことになります。
客観的な被害状況の精査と、誠実な謝罪・賠償の提示。この二つを正確に進めることが、平穏な生活を取り戻すための唯一の道と言えます。
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