不貞行為の慰謝料請求

はじめに

配偶者の不貞行為(一般的に「不倫」「浮気」と呼ばれます)が発覚したとき、裏切られた側が受ける精神的苦痛は計り知れません。
その苦痛に対する心の埋め合わせとして、法律は「慰謝料」という形で損害賠償を請求する権利を認めています。

しかし、感情的になっている中で、具体的に何をすれば良いのか、そもそも請求が認められるのか、分からない方も多いと思います。
本稿では、不貞行為に基づく損害賠償請求(慰謝料請求)について、その基本的な知識から具体的な手続きの流れまでを解説します。

慰謝料請求が認められるための要件

感情的に「許せない」と感じるだけでは、法的に慰謝料請求が認められるわけではありません。
裁判で請求を行う場合、以下の要件を請求する側が証拠をもって証明する必要があります。

1・不貞行為の存在
最も重要な要件は、配偶者と第三者の間に「不貞行為」があったことです。
法的な意味での不貞行為とは、原則として、配偶者以外の異性と自由な意思で肉体関係(性交渉)を持つことを指します。

二人きりで食事やデートを繰り返す、頻繁に親密なメッセージを送り合うといった行為だけでは、原則として不貞行為とは認められません。
ただし、これらの行為が夫婦関係を破綻させるほど悪質なものであった場合には、例外的に慰謝料が認められる可能性もあります。

2. 請求相手の「故意」または「過失」
不貞行為の相手方に対して慰謝料を請求する場合、その相手方が「あなたの配偶者が既婚者であると知っていた(故意)」、または「少し注意すれば既婚者だと分かったはずだ(過失)」という事実が必要です。

例えば、相手方が「独身だと聞いていた」と主張しても、職場が同じで周囲が皆知っていた、指輪をしていた等の状況があれば、「過失があった」と判断される可能性があります。

3.夫婦関係が破綻していなかったこと
不貞行為が始まる以前から、夫婦関係が既に修復不可能なほどに破綻していた場合には、慰謝料請求が認められない、または大幅に減額されることがあります。
不貞行為によって平穏な婚姻生活が侵害された」という損害が発生しないからです。

ただし、単なる喧嘩やすれ違いがあったという程度では「破綻」とは認められません。
長期間の別居が継続しているなど、客観的に見て夫婦としての実態が失われている状態を指します。

4.慰謝料請求権の時効が完成していないこと
慰謝料請求権には「時効」というタイムリミットがあります。
・不貞行為の事実と、その相手が誰であるかを知った時から3年
・不貞行為があった時から20年

上記いずれかの期間が経過すると、時効によって請求権が消滅してしまいます。
特に「知った時から3年」という期間は、あっという間に過ぎてしまうため注意が必要です。

慰謝料の金額はどのように決まるのか

慰謝料の金額に、法律で定められた明確な基準はありません。
個別の事情を総合的に考慮して、最終的には裁判官が判断します。
ここでは、金額を左右する主な要因と、裁判になった場合の相場について解説します。

1. 慰謝料の算定で考慮される主な要素
慰謝料の金額は、「不貞行為によって受けた精神的苦痛の大きさ」を金銭に換算したものです。
その大きさを測る指標として、以下のような様々な事情が考慮されます。

不貞行為が原因で離婚・別居に至ったか
離婚や別居に至った場合、婚姻関係が破綻したとして精神的苦痛が大きいと判断され、慰謝料は高額になる傾向があります。
離婚せずに関係を再構築する場合には、比較的低額になります。

婚姻期間の長さ
婚姻期間が長いほど、裏切られた側の精神的ショックは大きいとされ、増額の要因となります。

不貞行為の期間・頻度・態様
長期間にわたり、多数回、悪質な態様(夫婦の自宅で不貞に及ぶなど)で行われていた場合、慰謝料は増額される傾向にあります。

未成熟の子(未成年など)の有無
幼い子どもがいる家庭での不貞行為は、子どもへの影響も考慮され、精神的苦痛が大きいと判断される一因になります。

不貞行為の発覚後の対応
不貞行為を行った側が、真摯に謝罪し反省しているか、あるいは開き直ったり、関係を継続したりしていないか、といった点も考慮されます。

2.裁判になった場合の慰謝料相場
上記の要素を踏まえ、裁判所が認める慰謝料額には一定の相場観が存在します。

離婚・別居に至った場合:100万円~300万円
離婚も別居もしない場合:数十万円~100万円

芸能人の高額な慰謝料報道などを目にすることがありますが、あれらは慰謝料以外の財産分与や解決金(口外禁止など)が含まれているケースがほとんどです。
個別の事情によって相場を超えることもありますが、多くの事案はこの範囲内に収まるのが実情です。

慰謝料請求の具体的な手続きと流れ

実際に慰謝料を請求する場合、どのような手順で進めるのでしょうか。
まずは証拠の確保が重要となり、その後、交渉、そして最終的には訴訟という流れが一般的です。

1.証拠の収集
慰謝料請求で最も重要なのが「不貞行為(肉体関係)を証明する客観的な証拠」です。
相手が事実を否定した場合、証拠がなければ請求は極めて困難になります。

<有力な証拠の例>
ラブホテルに出入りする写真や動画
性交渉の様子がわかる写真、動画、音声データ
肉体関係があったことを直接的・具体的に推認させるメール、LINE、SNSのやり取り
探偵事務所の調査報告書
不貞行為を認める内容の念書や録音データ
ラブホテルの領収書やクレジットカードの利用明細(他の証拠と組み合わせる)

「怪しい」というだけでは証拠として不十分です。
違法な手段(相手のスマホに無断でスパイウェアをインストールするなど)で収集した証拠は、裁判で使えなくなる可能性もあるため、収集方法は慎重に検討する必要があります。

相手方との交渉(話し合い)

証拠が確保できたら、まずは配偶者や不貞相手に対して慰謝料を請求する意思を伝え、話し合い(示談交渉)を行います。
直接会って話す方法のほか、電話や書面で行うこともあります。

弁護士が交渉をする場合、「内容証明郵便」で請求書を送付することが多いです。
内容証明郵便は、いつ、どのような内容の文書を送ったかを郵便局が証明してくれるため、「請求された覚えはない」といった言い逃れを防ぐ効果があります。

交渉で双方が合意に至った場合は、必ず「示談書(合意書)」を作成します。
示談書には、慰謝料の金額、支払方法、支払期限、そして「今後一切の接触を禁止する(求償権を放棄するなど)」といった条項や、「本件に関して、示談書に定めるほか、両当事者間に何らの債権債務も存在しないことを相互に確認する」という清算条項を盛り込みます。

支払いが分割になるなど、不払いが心配な場合は、示談書を「公正証書」にしておくという方法も。
公正証書を作成しておけば、万が一支払いが滞った場合に、裁判を経ずに相手の給与や財産を差し押さえる「強制執行」が可能となります。

裁判所の手続(訴訟)

交渉が決裂した場合や、相手が話し合いに一切応じない場合は、裁判所に訴訟を提起することになります。

訴訟では、原告(請求する側)が、慰謝料請求の要件を証拠に基づいて主張・立証し、被告(請求される側)がそれに反論します。
最終的には、裁判官が双方の主張や証拠を吟味し、慰謝料の支払い義務の有無やその金額について判決を下します。

訴訟には、専門的な知識と多大な時間・労力を要するため、この段階では弁護士に依頼するのが一般的です。

おわりに

不貞行為による慰謝料請求は、精神的に非常につらい手続きです。
感情的になって相手と直接やり取りをすると、かえって話がこじれてしまうことも少なくありません。

適切な慰謝料を得て、ご自身の心の区切りをつけるためにも、まずは一度、専門家である弁護士にご相談ください。
法的な見通しを立て、証拠の集め方から交渉、そして万が一の訴訟まで、あなたに代わって手続きを進めることで、精神的なご負担を大きく軽減することができます。

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この記事を書いた人

髙田法律事務所の弁護士。
インターネットの誹謗中傷や離婚、債権回収、刑事事件やその他、様々な事件の解決に携わっている。
最新のビジネスや法改正等についても日々研究を重ねている。

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