はじめに
配偶者による不貞行為(不倫・浮気)は、婚姻関係にあるもう一方の当事者に対し、計り知れない精神的苦痛を与えるものです。
日本の法律では、この精神的苦痛に対する損害賠償として、不貞行為を行った配偶者およびその不貞相手に対して慰謝料を請求する権利が認められています。
なお、不貞行為があった場合の慰謝料請求については、こちらもご確認ください。

本稿では、実際に慰謝料を請求する際に直面する具体的な法律問題、「誰に対して請求できるのか(請求の相手方)」、「一方が支払った慰謝料を他方に請求できるのか(求償権の問題)」、そして「いつまで請求できるのか(消滅時効)」という3つの重要な論点に焦点を当てて解説します。
慰謝料請求の相手方-誰に請求できるのか?
不貞行為は、法的に見ると、不貞を行った配偶者とその相手が共同で行った「共同不法行為」(民法第719条第1項)と評価されます。
これにより、慰謝料請求権を持つ被害者(不貞をされた側の配偶者)は、原則として以下の両者に対して損害賠償(慰謝料)を請求することが可能です。
1-1. 不貞行為を行った配偶者
夫婦は、互いに貞操を守る義務(貞操義務)を負っています。
不貞行為は、この婚姻の本質的な義務に違反する行為であり、配偶者に対する債務不履行または不法行為を構成します。
これにより、被害を受けた配偶者は、不貞を行った配偶者に対して、それによって被った精神的苦痛に対する慰謝料を請求することができます。
1-2. 不貞相手(第三者)
不貞相手は、婚姻関係にない第三者ですが、故意または過失によって、他人の夫婦としての権利(婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益)を侵害したとして、不法行為責任を負います。
ここで重要なのは「故意または過失」の要件です。
不貞相手に対して慰謝料を請求するためには、その相手方が、
- 故意: 交際相手が既婚者であることを知っていた
- 過失: 通常の注意を払えば既婚者であることを知ることができたはず(にもかかわらず不注意で知らなかった) のいずれかである必要があります。
例えば、相手が独身であると偽っていた場合でも、職場が同じで周囲が既婚者だと知っていた、指輪をしていた、SNSで家族に関する投稿があったなど、少し注意すれば既婚者だと気づけたであろう状況があれば、「過失」が認められ、慰謝料請求が可能となることがあります。
逆に、巧妙に独身を装っており、知ることが客観的に困難であった場合には、故意・過失が否定され、慰謝料請求が認められない可能性もあります。
1-3. 請求相手の選択と「不真正連帯債務」
不貞行為は共同不法行為であるため、不貞を行った配偶者と不貞相手は、被害者に対して「不真正連帯債務(ふしんせいれんたいさいむ)」の関係に立ちます。
これは、法律用語ですが、実務上非常に重要な概念です。
- 連帯責任: 配偶者と不貞相手は、それぞれが被害者の被った精神的苦痛全体に対して賠償責任を負います。「自分の責任は半分だけ」という主張は、被害者に対しては通用しません。
- 請求相手の自由な選択: 被害者は、配偶者のみに請求する、不貞相手のみに請求する、あるいは両者双方に請求するなど、誰に対してどの程度の金額を請求するかを自由に選択できます。
- 二重取りは不可: ただし、被害者は、算定された損害額(慰謝料額)を超えて二重に支払いを受けることはできません。例えば、慰謝料額が200万円と算定された場合、不貞相手から200万円全額の支払いを受ければ、もはや配偶者に対しては慰謝料を請求することはできません。もし不貞相手から100万円の支払いを受けた場合は、残りの100万円を配偶者に請求することができます。
【誰に請求すべきか?】 誰に請求するかは、被害者の置かれた状況や意向によって異なります。
- 離婚しない場合: 夫婦関係の再構築を目指す場合、不貞相手にのみ請求し、配偶者への請求は行わない、あるいは後述する求償権を放棄させる形で解決を図ることが多いです。
- 離婚する場合: 配偶者と不貞相手の双方に請求することが一般的です。ただし、相手の資力(支払い能力)も考慮する必要があります。一方に十分な資力があれば、そちらに全額を請求する方が現実的な場合もあります。
- 証拠の状況: 不貞行為の証拠が、配偶者に対するものと不貞相手に対するもので異なる場合、証拠がより強固な方を相手に請求するという判断もあり得ます。
求償権の問題-一方が支払った後の分担はどうなる?
不真正連帯債務の関係においては、当事者の一方が被害者に対して慰謝料を支払った場合、その支払った者は、他方の当事者(共同不法行為者)に対して、その責任割合に応じた負担を求めることができます。
これを「求償権(きゅうしょうけん)」といいます。
2-1. 求償権の根拠
これは、共同不法行為者間の公平を図るための制度です。
不貞行為は二人で行ったにもかかわらず、一方だけが全ての賠償責任を負うのは不公平であるため、内部的な責任の分担を認めるものです。
2-2. 負担割合の決定
求償できる金額は、当事者間の「負担割合」によって決まります。
この割合は、法律で一律に定められているわけではなく、個別の事案ごとに、裁判所が以下の要素を総合的に考慮して判断します。
- 不貞行為における主導性: どちらが積極的に不貞関係を誘ったか、主導的な役割を果たしたか。
- 婚姻関係破綻への影響度: 不貞行為が始まる前の夫婦関係の状況、不貞行為が離婚の主たる原因となった度合いなど。
- 不貞行為の態様・期間: 不貞行為の内容が悪質か、期間はどのくらいか。
- 当事者の年齢、社会的地位など
判例上、単純に負担割合を50%ずつとするケースもありますが、事案によっては、より主導的であった側(例えば、積極的に既婚者を誘った不貞相手や、積極的に不貞相手を探した配偶者など)の負担割合が高く認定されることもあります。
2-3. 実務上の取り扱いと示談における注意点
求償権の存在は、特に示談交渉において重要な意味を持ちます。
- 不貞相手への請求と求償: 被害者が不貞相手にのみ慰謝料を請求し、不貞相手が全額を支払った場合、その不貞相手は、後日、不貞を行った配偶者に対して求償権を行使してくる可能性があります。これは、離婚せずに夫婦関係を再構築しようとしている場合に、新たな紛争の火種となり得ます。
- 示談における求償権の放棄: このような事態を避けるため、被害者が不貞相手との間で示談をする際に、「不貞相手は、配偶者に対する求償権を放棄する」という求償権放棄条項を盛り込むことが実務上よく行われます。 不貞相手側も、後日の紛争リスクを回避できる、あるいは慰謝料額の減額交渉の材料とできる、といったメリットがあるため、この条項に応じることが少なくありません。離婚せずに解決を図りたい場合には、この求償権放棄条項を示談書に含めることが極めて重要です。
- 配偶者への請求と求償: 逆に、被害者が不貞を行った配偶者から慰謝料を受け取った場合、その配偶者が不貞相手に対して求償権を行使することも理論上は可能です。しかし、夫婦間で離婚を含む解決を図る中で、あえて配偶者が不貞相手に求償することは、現実的には少ないかもしれません。
2-4. 求償権の消滅時効
求償権にも消滅時効があります。
裁判例上、共同不法行為者間の求償権は,共同不法行為者間の公平の観点から認められた不当利得返還請求権の性質を有していると考えられています。
そのため、求償権者が被害者に対して賠償金を支払った時など、求償権を行使できるようになった時から進行し、5年(場合によっては10年)を過ぎると時効により請求できなくなるとされています。
請求権の時効-いつまで請求できるのか?
不貞行為に基づく慰謝料請求権は、永遠に主張できるわけではなく、法律で定められた期間内に行使しなければ消滅してしまいます。
これを「消滅時効(しょうめつじこう)」といいます。
3-1. 時効に関する民法の規定
不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効は、民法第724条に定められています。
民法 第724条(不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)
不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
一 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき。
二 不法行為の時から20年間行使しないとき。
この条文は、2つの異なる起算点(カウントダウンの開始時点)と期間を持つ時効を定めており、いずれか短い方の期間が経過した時点で、慰謝料請求権は時効により消滅します。
3-2. 主観的起算点:「損害及び加害者を知った時」から3年間
これが、実務上、より重要となる時効期間です。
「知った時」からカウントが始まるため、主観的起算点と呼ばれます。
この3年の時効が進行を開始するためには、被害者が以下の両方の事実を知る必要があります。
- 損害を知ったこと: 通常は、配偶者の不貞行為の事実を知った時がこれにあたります。不貞行為によって平穏な婚姻生活が侵害されたという損害の発生を認識した時点です。
- 加害者を知ったこと:
- 配偶者に対する請求: 配偶者が不貞行為を行ったことを知れば、加害者である配偶者を特定したことになるため、通常は「損害を知った時」と同時に「加害者を知った時」の要件も満たされます。
- 不貞相手に対する請求: ここが重要なポイントです。「加害者を知った」とは、単に不貞相手が存在することを知っただけでは足りません。判例上、不貞相手の氏名及び住所など、損害賠償請求(訴訟提起)が可能となる程度に加害者を特定できた時を指すと解されています。したがって、配偶者の不貞は知っていても、その相手が誰なのか分からない間は、不貞相手に対する3年の時効は進行しません。探偵の調査や配偶者からの情報提供などによって、不貞相手の氏名や住所が判明した時点から、初めて3年のカウントダウンが開始されます。
 
【具体例】
- 2025年11月1日に夫の不貞行為(及びその事実による精神的苦痛という損害)を知った。
- → 夫に対する慰謝料請求権の3年時効は、この日から進行開始(満了は2028年10月31日)。
 
- 2026年5月1日に、探偵の調査により不貞相手の氏名と住所が判明した。
- → 不貞相手に対する慰謝料請求権の3年時効は、この日から進行開始(満了は2029年4月30日)。
 
3-3. 客観的起算点:「不法行為の時」から20年間
これは、被害者が損害や加害者を知っていたかどうかにかかわらず、不法行為(不貞行為)があった時から進行する絶対的な時効期間です。
客観的起算点とも呼ばれます。
- 「不法行為の時」とは: 不貞行為は、通常、一度きりではなく、継続的に行われるものです。このような継続的な不法行為の場合、時効の起算点は「不法行為が終了した時」、すなわち最後の不貞行為があった時から進行を開始すると解されています。したがって、不貞関係が続いている間は、たとえ最初の不貞行為から20年以上経過していても、時効は完成しません。関係が解消された時点から20年のカウントダウンが始まります。
【具体例】
- 2000年から2026年まで不貞関係が続いていた場合:
- 20年の時効の起算点は、最後の不貞行為があったと評価される2026年の時点となります。時効完成は2046年です。
 
- 2005年に一度だけ不貞行為があった場合:
- 20年の時効の起算点は2005年です。時効完成は2025年となります。この場合、たとえ2024年に初めてその事実と相手を知ったとしても、3年時効(2027年満了)よりも先に20年時効が完成するため、慰謝料請求はできなくなります。
 
3-4. 時効の完成猶予・更新
時効期間の進行を一時的に停止させたり(完成猶予)、リセットしたり(更新)する法的な手段も存在します。
- 裁判上の請求(訴訟提起): 訴訟を提起すると、その間は時効の完成が猶予され、判決確定等によって新たに時効が更新されます(民法第147条)。
- 催告: 内容証明郵便などで支払いを請求(催告)すると、その時から6ヶ月間、時効の完成が猶予されます(民法第150条)。ただし、催告による猶予は一度しか使えません。
- 承認: 加害者(配偶者または不貞相手)が、慰謝料の支払い義務があることを認める行為(一部を支払う、支払いを約束する念書を書くなど)をすると、その時点で時効は更新され、新たにゼロから進行を開始します(民法第152条)。
3-5. 時効に関する注意点
- 早期の行動: 3年という期間は決して長くありません。証拠収集や交渉には時間がかかるため、時効期間を意識し、早めに弁護士に相談するなど、具体的な行動を開始することが重要です。
- 時効の援用: 時効期間が経過しても、請求権が自動的に消滅するわけではありません。相手方(加害者)が「時効が完成しているので支払いません」と主張(時効の援用)して初めて、支払い義務が法的に確定して消滅します。
結論
不貞行為に基づく慰謝料請求においては、誰に対して請求でき、どのような内部的な負担関係(求償権)が生じるのか、そして何より、いつまでに請求しなければ権利が消滅してしまうのか(消滅時効)を正確に理解しておくことが、ご自身の権利を適切に行使する上で不可欠です。
特に、
- 請求相手は不貞配偶者と不貞相手の双方であり、連帯して全責任を負うこと。
- 示談の際には求償権の放棄を検討すべき場合があること。
- 時効には「知った時から3年」と「行為の時から20年」の2種類があり、特に前者の起算点の判断(不貞相手の特定)が重要であること。
を念頭に置く必要があります。
これらの法的問題は複雑であり、個別の事案によって結論が異なることも少なくありません。
配偶者の不貞行為に直面し、慰謝料請求を検討されている場合は、ご自身の状況に応じた最適な戦略を立て、法的な権利を確実に保全するために、できるだけ早い段階で弁護士にご相談いただくことをお勧めします。
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