【この記事の結論・要約】
- 退職金や生命保険、年金も、婚姻期間中に積み立てた分は財産分与の対象となります。
- 分与の基準となる時期は、原則として離婚成立時ではなく「別居開始時」です。
- 将来受け取る退職金や年金(確定拠出年金等)も、計算式を用いて現在の価値に引き直して精算します。
はじめに
離婚をする際、預貯金や不動産といった目に見える資産だけでなく、将来受け取る予定の「退職金」や、満期が来ていない「生命保険」「学資保険」、そして老後のための「年金」をどのように扱うかは、非常に重要な問題です。
これらは、現在は現金化されていなくても、婚姻期間中の夫婦の協力によって蓄積された資産であるため、原則として財産分与の対象となります。
しかし、その計算方法や分割の手順は複雑であり、正しい知識がないまま合意してしまうと、本来受け取れるはずの財産を大きく損なう可能性があります。
本稿では、離婚に伴う財産分与において判断が難しい退職金、生命保険・学資保険、年金(厚生年金・確定拠出年金)について、どこまでが対象となるのか、どのような計算式で分けるのか、解説します。
1.財産分与の基本ルールと「基準時」
個別の資産について解説する前に、財産分与全体の基本ルールを確認します。
1-1. 財産分与の対象は「共有財産」のみ
財産分与の対象となるのは、婚姻期間中に夫婦が協力して築いた財産(共有財産)です。
独身時代に貯めた預金や、親から相続した遺産などは「特有財産」として除外されます。
これは退職金や保険についても同様で、「結婚してから別居するまでの期間」に対応する部分のみが分与の対象となります。
1-2. 重要なのは「別居時」
財産を評価・確定する基準となる時期(基準時)は、原則として「別居を開始した時」です。
離婚が成立するまで同居を続けていた場合は「離婚時」となりますが、先に別居が先行している場合、別居後は夫婦の協力関係が終了したとみなされるため、別居後に増えた財産(支払った保険料や積み立てた退職金)は分与の対象外となります。
2.退職金の財産分与|将来の支給分はどうなる?
退職金は、給与の後払い的な性格を持つため、夫婦の協力によって形成された資産とみなされます。
2-1. 「すでに支払われた」退職金
離婚(または別居)の時点で、すでに退職金が支払われている場合、その退職金は預貯金等と同様に財産分与の対象となります。
ただし、全額が対象となるわけではありません。勤続年数のうち、婚姻期間(同居期間)に対応する割合のみが対象です。
- 計算式(目安): 退職金受給額 ×(婚姻期間 ÷ 勤続年数)× 1/2
2-2. 「将来支払われる」退職金
まだ在職中で、退職金が支払われていない場合でも、以下の条件を満たせば財産分与の対象となります。
- 数年以内に定年退職を迎えるなど、受給の蓋然性が高い場合
- 公務員や大企業など、退職金規程が整備されており、倒産リスクが低く支払いが確実視される場合
逆に、若年者で退職まで数十年ある場合や、会社の経営が不安定な場合は、将来の受給が不確実であるとして、対象外とされることもあります。
2-3. 将来の退職金の計算方法
将来の退職金を分与する場合、主に2つの計算方法が用いられます。
- 別居時仮定計算 「もし、基準時(別居時)に自己都合退職したとしたら、いくら支給されるか」という金額(退職金見込額)を算出し、その金額のうち婚姻期間に対応する分を分割する方法です。実務上よく用いられます。
- 計算式:別居時の退職金見込額 ×(婚姻期間 ÷ 別居時の勤続年数)× 1/2
- 将来給付方式 実際に退職金が支払われた時に、その一部を支払うよう約束する方法です。支払時期が先になるため、不払いリスクや連絡が取れなくなるリスクがあります。
3.生命保険・学資保険の取り扱い
保険商品は、「解約返戻金(かいやくへんれいきん)」があるタイプ(積立型)のみが財産分与の対象となります。
掛け捨て型の保険は、資産価値がないため対象外です。
3-1. 解約返戻金相当額の評価
保険を解約するかどうかに関わらず、「基準時(別居時)に解約したとしたら、いくら戻ってくるか」という金額(解約返戻金見込額)を資産として計上します。
保険会社に問い合わせて「解約返戻金証明書」を取得するか、定期的に送られてくる通知書で確認します。
3-2. 学資保険の特有の問題
子どもの教育資金のために積み立てている学資保険も、名義が親である以上、法律上は夫婦の共有財産として分与の対象となります。
しかし、解約してしまうと元本割れしたり、再加入が難しかったりするデメリットがあります。
そのため、実務では解約せずに以下のような処理をすることが一般的です。
- 親権者が引き継ぐ場合 親権者(例:妻)が契約者となり保険を継続します。その代わり、別居時点での解約返戻金相当額の半分を、相手方(例:夫)に現金で支払う(代償金)か、他の財産分与(夫が取得する預金など)と相殺します。
- 保険料の負担 離婚後の保険料は、契約を引き継いだ親権者が負担するのが原則です。ただし、養育費の一部として、非親権者が保険料を負担する取り決めをすることもあります。
4.年金分割と確定拠出年金(iDeCo等)
年金については、公的年金(厚生年金)と私的年金(企業年金・iDeCo等)で扱いが異なります。
4-1. 厚生年金の「年金分割」制度
厚生年金については、「年金分割」という独自の制度があります。
これは、財産分与とは別の手続きです。
婚姻期間中の厚生年金記録(標準報酬月額)を分割するもので、将来受け取る年金額を調整します。
- 合意分割:夫婦の話し合いで分割割合を決めます(上限50%)。合意できない場合は裁判所が決定します。
- 3号分割:平成20年4月以降の第3号被保険者期間(専業主婦などの期間)については、相手の合意なく自動的に50%分割を請求できます。
【注意点】 年金分割の対象となるのは「厚生年金(報酬比例部分)」のみです。国民年金(基礎年金)や、厚生年金基金の上乗せ部分は対象外です。また、離婚から2年以内に手続きする必要があります。
4-2. 企業年金・確定拠出年金(iDeCo・企業型DC)
これらは「年金分割」制度の対象外ですが、夫婦の協力によって積み立てられた資産であるため、「財産分与」の対象となります。
- 評価方法 基準時(別居時)における評価額を算出します。iDeCoなどは原則60歳まで引き出せませんが、退職金と同様に「資産」として評価し、他方の配偶者に対して、評価額の半額相当を現金で渡す(または他の財産と相殺する)形で清算します。
5.財産分与の手続きと注意点
5-1. 情報開示の重要性
退職金や保険、iDeCoなどは、相手方が自発的に開示しない限り、存在や金額を把握しにくい資産です。
相手が資料の開示を拒む場合、弁護士を通じて「弁護士会照会」を行ったり、調停手続きの中で裁判所から「調査嘱託」を行ったりして、金融機関や勤務先から情報を取得する方法があります。
5-2. 住宅ローンとの兼ね合い(オーバーローン)
プラスの財産(預金・保険・退職金)よりも、マイナスの財産(住宅ローン残高)の方が多い場合(オーバーローン)、全体の資産価値はマイナスとなります。
この場合、法律上は分与すべき財産がないため、財産分与請求権は発生しません。
ただし、協議の中で、双方が納得する形で債務の負担割合を決めることは可能です。
5-3. 請求期限は「離婚から2年」
財産分与の請求期限は、離婚成立から2年です。
これを過ぎると、家庭裁判所に調停を申し立てることができなくなります。
年金分割の請求期限も同様に2年です。
退職金がまだ支払われていない場合でも、取り決め自体は2年以内に行う必要があります。
おわりに
離婚時の財産分与において、退職金、学資保険、確定拠出年金などは、金額が大きくなりやすいため、見落とすと大きな損失となります。
「まだ受け取っていないから関係ない」「子供のための保険だから分けなくていい」といった自己判断は禁物です。
- 対象期間:婚姻(同居)期間中に積み立てた分。
- 評価時点:別居を開始した時点。
- 分け方:解約返戻金や見込額を算出し、現金で調整するか他の財産と相殺する。
適正な分与を受けるためには、相手方の財産を正確に把握し、法的に正しい計算式で評価額を算出する必要があります。
「相手が財産を開示してくれない」「計算方法が合っているか不安だ」という場合は、合意書にサインする前に、離婚問題に詳しい弁護士にご相談ください。
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