はじめに
痴漢行為は、電車内や駅構内、商業施設のエスカレーターなど、人が密集する場所で発生しやすい犯罪です。
通勤ラッシュの満員電車では、意図せず身体が接触してしまうこともあり、痴漢の疑いをかけられるリスクは誰にでもあります。
もし痴漢で逮捕されてしまった場合、ご本人やご家族は「前科がつくのか」「会社にバレて解雇されるのか」「家族に迷惑がかかるのか」「冤罪だった場合はどうすればいいのか」など、多くの不安を抱えることでしょう。
2023年7月には刑法が改正され、従来の「強制わいせつ罪」と「準強制わいせつ罪」が「不同意わいせつ罪」に統合されました。
この改正により、電車内での痴漢行為であっても、態様によっては不同意わいせつ罪として重い刑罰が科される可能性が高まっています。
本コラムでは、痴漢で逮捕された場合に成立する犯罪の種類と刑罰、逮捕後の流れ、そして不起訴処分を獲得するために極めて重要な示談交渉について、詳しく解説いたします。
1. 痴漢で成立する犯罪とは
痴漢行為は、その態様や悪質性によって適用される法律が大きく異なります。
主に「迷惑防止条例違反」と「不同意わいせつ罪」の2つに分類され、どちらが適用されるかによって刑罰の重さが大きく変わります。
一般的に、衣服の上から触る行為は迷惑防止条例違反、下着の中に手を入れるなどより悪質な行為は不同意わいせつ罪として処罰される傾向があります。
1-1. 迷惑防止条例違反
迷惑防止条例は各都道府県が制定している条例で、公共の場所や公共の乗物において「人を著しく羞恥させ、又は不安を覚えさせるような行為」を禁止しています。
電車内で衣服の上から身体(臀部や胸部など)に触れる行為、スカートの上から臀部を撫でる行為など、比較的軽微とされる痴漢行為の多くはこの条例違反として処理されます。
刑罰は都道府県によって異なりますが、多くの都道府県では「6月以下の懲役又は50万円以下の罰金」と定められています。
ただし、神奈川県や愛知県など一部の地域では「1年以下の懲役又は100万円以下の罰金」とより重い刑罰が規定されています。
常習として行った場合は刑が加重され、東京都の場合は「1年以下の懲役又は100万円以下の罰金」となります。
初犯で示談が成立していない場合、略式起訴により20万円から30万円程度の罰金刑で終わるケースが多いです。
しかし、罰金刑であっても前科となることに注意が必要です。
前科がつくと、就職や資格取得、海外渡航などに影響が出る可能性があります。
1-2. 不同意わいせつ罪(旧強制わいせつ罪)
2023年7月13日の刑法改正により、従来の「強制わいせつ罪」と「準強制わいせつ罪」は「不同意わいせつ罪」に統合されました。
不同意わいせつ罪は、被害者が「同意しない意思を形成し、表明し、又は全うすることが困難な状態」でわいせつな行為を行った場合に成立します。
「同意しない意思を形成・表明・全うすることが困難な状態」とは、具体的には、暴行や脅迫を受けている場合、心身の障害がある場合、アルコールや薬物の影響がある場合、睡眠や意識不明の状態、不意打ちで拒絶する暇がない場合、恐怖や驚愕で身動きが取れない場合、虐待による心理的反応がある場合、経済的・社会的関係上の地位に基づく影響力による不利益を憂慮している場合などを指します。
痴漢行為との関係では、満員電車で身動きが取れない状況や、被害者が恐怖で声を上げられない状況での痴漢行為は、不同意わいせつ罪に該当する可能性があります。
特に、下着の中に手を入れて直接身体を触る行為、性器や胸部を執拗に触る行為などは、不同意わいせつ罪として処罰される可能性が高いです。
不同意わいせつ罪の法定刑は「6月以上10年以下の拘禁刑」です。
罰金刑の規定がないため、起訴されれば必ず正式裁判となります。迷惑防止条例違反と比較すると、格段に重い刑罰が科される可能性があります。
初犯であっても執行猶予がつかない実刑判決となるケースもあり、非常に深刻な犯罪として扱われます。
1-3. 迷惑防止条例違反と不同意わいせつ罪の境界線
どちらの犯罪が適用されるかは、主に痴漢行為の態様(悪質性)によって判断されます。
一般的な目安として、衣服の上から短時間触れた程度であれば迷惑防止条例違反、下着の中に手を入れた場合や長時間執拗に触り続けた場合は不同意わいせつ罪として処理される傾向があります。
ただし、この境界線は必ずしも明確ではなく、個別の事案ごとに検察官が判断します。
衣服の上からの行為であっても、態様が悪質であったり、被害者の精神的苦痛が大きかったりする場合は、不同意わいせつ罪として起訴される可能性があります。
2023年の刑法改正以降、電車内での痴漢行為についても不同意わいせつ罪が適用されるケースが増えているとの指摘もあります。
2. 痴漢で逮捕された後の流れ
痴漢事件で逮捕された場合、その後どのような手続きが進むのかを理解しておくことは、適切な対応を取るうえで非常に重要です。
逮捕後の流れを時系列で詳しく見ていきましょう。
2-1. 逮捕から勾留決定まで(最大72時間)
痴漢事件の多くは現行犯逮捕です。
被害者や周囲の乗客に取り押さえられ、駅員室に連れて行かれた後、駆けつけた警察官に引き渡されて逮捕されるというパターンが典型的です。
逮捕後は警察署に連行され、取り調べを受けます。
警察は逮捕から48時間以内に被疑者の身柄を検察庁に送致しなければなりません。
検察官は送致を受けてから24時間以内に、勾留請求をするか釈放するかを判断します。
つまり、逮捕から最大72時間(3日間)で勾留の可否が決まります。
この72時間は、身柄拘束からの解放を目指すうえで極めて重要な時間帯です。
この間、ご家族であっても原則として面会(接見)することはできません。
しかし、弁護士であれば逮捕直後から時間制限なく接見することが可能です。
逮捕されたらできるだけ早くご家族に連絡を取り、弁護士への依頼を検討することが重要です。
2-2. 勾留期間と起訴・不起訴の決定
検察官が勾留請求を行い、裁判官がこれを認めると、原則として10日間の勾留となります。
勾留とは、逮捕に引き続いて行われる身柄拘束処分のことです。
捜査上さらに時間が必要な場合は延長が認められ、最長で20日間の勾留が続く可能性があります。
勾留期間中は留置場(警察署内の留置施設)で生活しながら、取り調べを受けることになります。
長期間の身柄拘束は、仕事への影響が甚大です。
20日間も無断欠勤が続けば、解雇事由にもなり得ます。
ただし、痴漢事件では身元が安定しており逃亡のおそれがないと判断されれば、勾留されずに釈放され、在宅のまま捜査が進められるケースも少なくありません。
初犯で、定職や家庭があり、容疑を素直に認めている場合は、早期に釈放される可能性があります。
勾留期間中または在宅捜査中に、検察官は起訴するか不起訴にするかを判断します。
不起訴となれば刑事手続きはそこで終了し、前科はつきません。
被害者との示談が成立していれば、「起訴猶予」による不起訴処分を獲得できる可能性が大幅に高まります。
3. 示談交渉の重要性
刑事事件における示談とは、加害者が被害者に対して謝罪し、示談金(慰謝料)を支払うことで、当事者間の紛争を解決する和解のことです。
痴漢事件において、示談が成立するかどうかは、検察官の起訴・不起訴の判断に決定的な影響を与えます。
3-1. 示談成立のメリット
示談が成立することで得られるメリットは複数あります。
最大のメリットは、不起訴処分となる可能性が高まることです。
初犯で被害者との示談が成立し、被害者が処罰を望まない意思(宥恕)を示している場合、検察官は「起訴猶予」による不起訴処分とする可能性がかなり高くなります。
不起訴であれば前科はつきません。
また、勾留中に示談が成立すれば、早期釈放が実現する可能性もあります。
示談の成立により、証拠隠滅や被害者への接触のおそれが低下したと判断され、身柄拘束を継続する必要性がなくなるためです。
早期に釈放されれば、会社への影響を最小限に抑えることができます。
たとえ起訴されてしまった場合でも、示談が成立していることは有利な情状として考慮されます。
被害者に対する被害回復がなされていること、被害者の処罰感情が和らいでいることが裁判官に伝わり、実刑ではなく執行猶予付き判決が言い渡される可能性が高まります。
さらに、示談により民事上の損害賠償問題も同時に解決できます。
3-2. 痴漢事件の示談金相場
痴漢事件の示談金は、適用される犯罪の種類や行為の態様によって大きく異なります。
一般的な目安として、迷惑防止条例違反の場合は10万円から50万円程度、中心値は30万円前後とされています。
不同意わいせつ罪の場合は30万円から150万円程度と、より高額になる傾向があります。
示談金が高額化する要因としては、行為の悪質性が高い場合(下着の中に手を入れた、長時間執拗に触り続けた等)、被害者の精神的苦痛が大きい場合(PTSDを発症した、通勤・通学ができなくなった等)、被害者が未成年である場合、加害者が再犯である場合などが挙げられます。
示談金は法律で金額が決まっているわけではなく、最終的には被害者との交渉によって決まります。
被害者側から相場を大きく超える金額を提示されることもありますが、弁護士が間に入ることで、適正な金額での示談成立を目指すことができます。
3-3. 示談交渉で知っておくべきこと
痴漢事件の示談交渉において最も重要なのは、弁護士への依頼が事実上必須であるという点です。
被害者は痴漢という性的な被害を受けており、加害者本人との直接接触を強く拒否するのが通常です。
警察や検察も、被害者保護の観点から加害者本人には被害者の連絡先を教えてくれません。
しかし、弁護士が代理人として間に入る場合は、捜査機関を通じて被害者に連絡を取り、被害者の同意のもとで連絡先を入手し、示談交渉を進めることができることも多いです。
弁護士は被害者に対して加害者の謝罪の意思を伝え、謝罪文をお渡しし、示談金額や示談条件について協議します。
不起訴処分を獲得するためには、検察官が処分を決定する前に示談を成立させる必要があります。
身柄事件であれば勾留期間(最長23日間)のうちに、在宅事件であれば起訴されるまでの間に示談をまとめなければなりません。
時間との戦いになりますので、早期に弁護士に依頼することが極めて重要です。
被害者が示談に応じてくれない場合は、弁護士が被害者との交渉経過を記録し、適正な示談金を準備していたことを検察官に報告することで、加害者側の誠意ある対応として評価される可能性があります。
示談が成立しなくても、このような弁護活動が不起訴処分や量刑の軽減につながることがあります。
4. 痴漢冤罪への対処法
痴漢事件は、被害者の証言以外に客観的証拠が乏しいことが多く、犯人の取り違えや誤解による冤罪が生じやすい犯罪でもあります。
満員電車では誰が触ったかを特定することが難しく、無実の人が痴漢の疑いをかけられるケースも存在します。
身に覚えのない疑いをかけられた場合、どのように対処すべきでしょうか。
4-1. 絶対にやってはいけないこと
痴漢の疑いをかけられた場合、絶対にやってはいけないことが3つあります。
第一に「逃げない」ことです。
その場から逃走してしまうと、「やったから逃げた」という不利な推認が働きます。
防犯カメラ映像やICカード履歴から後日逮捕されるリスクも高まりますし、逃走したという事実自体が不利な証拠として使われます。
第二に「自白しない」ことです。
一度自白をしてしまった場合、これを撤回することは非常にハードルが高いです。
第三に「個人情報を隠さない」ことです。
氏名や住所、勤務先などを聞かれた際に嘘をついたり隠したりすると、逃亡のおそれありと判断され、逮捕や勾留のリスクが高まります。
身元を明らかにすることで、在宅での捜査に切り替えてもらえる可能性があります。
4-2. 冤罪を主張する場合にやるべきこと
身に覚えがない場合は、「私は痴漢をしていません」と明確に否認し、黙秘することが最も重要です。
最初から一貫して否認することが、冤罪を晴らすための第一歩です。
そのうえで、一刻も早く弁護士に連絡することが極めて重要です。
弁護士は取り調べへのアドバイス、有利な証拠の収集、検察官への働きかけなど、冤罪を晴らすための活動を行います。
取り調べでは、捜査機関に誘導されて不利な供述調書が作成されないよう、弁護士のサポートを受けることが不可欠です。
近年は、客観的証拠を重視する傾向も出てきています。
被害者の衣服に付着した繊維と被疑者の手に付着した繊維を比較する繊維鑑定や、DNA鑑定が冤罪を晴らす有力な手段となることもあります。
弁護士を通じてこうした科学的な鑑定を求めることも、冤罪を証明する方法の一つです。
5. 弁護士に依頼するメリット
痴漢事件で弁護士に依頼することには、多くのメリットがあります。
逮捕直後から釈放後、裁判に至るまで、あらゆる段階で専門的なサポートを受けることができます。
第一に、逮捕直後から接見(面会)が可能です。
逮捕後72時間は家族でも面会できませんが、弁護士であれば時間や回数の制限なく被疑者と面会できます。
弁護士は被疑者に対して、今後の手続きの流れや見通し、取り調べでどのように対応すべきかをアドバイスします。
不利な供述調書が作成されないようサポートすることで、その後の処分を有利に導きます。
第二に、早期釈放に向けた弁護活動を行います。
検察官に対して勾留請求をしないよう意見書を提出したり、勾留決定が出た場合には準抗告を申し立てたりすることで、身柄拘束期間の短縮を目指します。
早期に釈放されれば、会社への影響を最小限に抑えることができます。
第三に、被害者との示談交渉を代理で行います。
前述のとおり、示談交渉は弁護士でなければ実質的に行うことができません。
弁護士が被害者の連絡先を入手し、適切な示談金額を提示し、示談書を作成することで、スムーズな示談成立を実現します。
第四に、検察官に対する不起訴の働きかけを行います。
示談成立の報告に加え、被疑者の反省状況、再犯防止に向けた取り組み、家族による監督体制などを意見書にまとめ、不起訴処分を求めます。
第五に、会社への対応についてもアドバイスを受けられます。
会社にどのように説明するか、懲戒処分を軽減するためにどのような主張をすべきかなど、社会復帰に向けた総合的なサポートを得ることができます。
6. 会社にバレずに解決するために
痴漢で逮捕された方やそのご家族にとって、「会社にバレないか」「懲戒解雇されないか」という不安は非常に大きいものです。
会社に痴漢事件が発覚する主な原因は、長期間の無断欠勤と実名報道の2つです。
逮捕・勾留されると外部との連絡が制限され、自分で会社に電話をかけることができません。
無断欠勤が何日も続けば、会社は事態の深刻さに気づき、最悪の場合、逮捕の事実が発覚してしまいます。
72時間以内に釈放されれば、「体調不良で寝込んでいた」などの説明で乗り切れる可能性があります。
そのためには、逮捕直後から弁護士に依頼し、勾留回避に向けた弁護活動を行ってもらうことが不可欠です。
実名報道のリスクは、社会的地位によって異なります。
公務員、医師、教師、大企業の従業員や役員などは、一般人よりも報道される可能性が高いです。
弁護士から警察への意見書提出や、示談成立による不起訴獲得で報道リスクを軽減できる場合もあります。
公務員の方は禁錮以上の刑(執行猶予付き含む)で失職するため、不起訴処分の獲得が特に重要です。
おわりに
痴漢で逮捕された場合、迷惑防止条例違反か不同意わいせつ罪かによって処分の重さが大きく異なります。
2023年7月の刑法改正により不同意わいせつ罪の適用範囲が拡大されており、電車内での痴漢行為であっても「6月以上10年以下の拘禁刑」という重い刑罰が科される可能性があります。
逮捕後は最大72時間で勾留が決定され、最長20日間の身柄拘束の可能性があります。
しかし、初犯で容疑を認めている場合は早期に釈放され、在宅事件となるケースも少なくありません。
いずれにしても、不起訴処分を獲得するためには被害者との示談成立が極めて重要であり、示談交渉は弁護士に依頼しなければ実質的に行うことができません。
当事務所では、弁護士が、逮捕直後からサポートいたします。
ご家族が逮捕されてしまった場合はもちろん、ご本人様が警察から呼び出しを受けている段階でも、お一人で悩まず、お早めにご相談ください。
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