【この記事の結論・要約】
- 被害者が示談を拒否している場合、損害賠償金を法務局に預ける「供託」という手段があります。
- 供託は、被害弁償を行った実績として評価され、不起訴や執行猶予の判断に有利に働く可能性があります。
- 供託ができない場合の代替手段として「贖罪寄付」があり、弁護士による適切な判断が必要です。
はじめに
刑事事件の被疑者・被告人となった場合、最終的な刑事処分(起訴・不起訴、実刑・執行猶予)を決定する上で最も重要な要素となるのが、被害者との「示談」です。
被害者に対して謝罪し、損害を賠償することで、「被害回復がなされた」「処罰感情が緩和された」と評価され、処分が軽減される可能性が高まるからです。
しかし、すべてのケースで示談が成立するわけではありません。
「加害者を絶対に許さない」という被害者の処罰感情が峻烈な場合や、提示した賠償額に納得してもらえない場合など、交渉が決裂することも珍しくありません。
示談ができない場合、加害者は何もできないのでしょうか。
そのまま重い処分を受け入れなければならないのでしょうか。
そのような状況において、示談に代わる被害弁償の手段として検討されるのが「供託(きょうたく)」です。
本稿では、刑事事件において示談が困難な場合に利用される「供託」の制度趣旨、具体的な手続きの流れ、そして供託を行うことが刑事処分(不起訴処分や執行猶予判決)にどのような影響を与えるのかについて、解説します。
1.刑事弁護における「示談」と「供託」の違い
まず、刑事事件における「示談」の意義と、それが叶わない場合の「供託」の位置づけについて整理します。
1-1. 示談の法的効果と限界
刑事事件における示談とは、加害者と被害者が話し合い、民事上の損害賠償責任を解消し、和解する契約のことです。
示談書の中に「被害者は加害者を宥恕(ゆうじょ:許すこと)し、刑事処罰を望まない」という条項(宥恕条項)を盛り込むことができれば、検察官や裁判官に対して強力な情状事実となります。
しかし、示談はあくまで双方の合意に基づく契約であるため、被害者が拒否すれば成立しません。
1-2. 供託(弁済供託)とは
供託とは、金銭などを国の機関である「法務局(供託所)」に預けることで、法律上、相手方に弁済したのと同等の効果を生じさせる制度です。
刑事事件で主に利用されるのは「弁済供託」です。
これは、加害者が損害賠償金を提供しようとしたにもかかわらず、被害者が受け取りを拒否した場合などに利用できます。
1-3. 示談と供託の違い
- 示談: 被害者の「許し(宥恕)」が含まれることが多く、被害回復と感情の修復の両面が評価されます。
- 供託: 被害者の同意は不要ですが、あくまで「金銭的な賠償義務を果たそうとした」という事実にとどまります。被害者の処罰感情は残っているとみなされるため、減刑への影響力は示談に比べて限定的です。
とはいえ、何もしないよりは、「反省し、賠償の意思を行動に移した」という客観的な事実を残せるため、供託は重要な防御手段となります。
2.刑事事件で供託が利用できるケース・できないケース
供託は、いつでも自由にできるわけではありません。
民法が定める一定の要件を満たす必要があります。
2-1. 供託ができる要件(受領拒絶など)
民法第494条は、弁済供託ができる場合として以下を定めています。
- 受領拒絶: 債権者(被害者)が弁済の受領を拒んだとき。(例:弁護士を通じて賠償金の支払いを申し出たが、「顔も見たくない」「お金など要らないから刑務所に入ってほしい」と拒否された場合)
- 受領不能: 債権者が弁済を受領することができないとき。
- 債権者不確知: 弁済者(加害者)が過失なくして債権者を確知できないとき。
刑事事件の実務上、最も多いのは「1. 受領拒絶」のケースです。
被害者が頑なに示談を拒んでいる場合に、供託の手続きへと移行します。
「受領拒絶」が認められるためには、一度、弁済の提供(民法493条)をして、被害者がその受領を拒む必要があります。
「弁済の提供」をする場合、民法493条に従い、「現実に提供」をすることもありますが、実務上は、「被害者があらかじめ受領を拒んでいる状況で、弁済の準備をしたことを通知してその受領の催告をする」という方法を採ります。
その上で、さらに、民法494条に従って「被害者が受領を拒む」必要があるため、実際は、2回受領拒否される必要があります。
2-2. 供託ができるケース・すべきでないケース
供託する金額は、法的に相当な額(債務の本旨に従ったもの)でなければなりません。
あまりに低額な供託では、供託所が弁済の提供があったと認めなかったり、仮に供託できたとしても「反省の色がない」と逆効果になるおそれがあります。
基本的には、窃盗罪や詐欺罪などの財産犯(他人の財産を害する犯罪)のように、被害金額が明確なケースに向いており、殺人罪や不同意性交等罪のような財産犯以外の犯罪には不向きといえるでしょう。
2-3. 供託ができない「事実上の壁」
供託を行うためには、供託書に「被供託者(被害者)の氏名・住所」を正確に記載する必要があります。
しかし、性犯罪や通り魔事件など、被害者と加害者に面識がない事件では、被害者の連絡先は捜査機関によって厳重に秘匿されています。
加害者側の弁護士が検察官を通じて被害者の情報を照会しても、被害者が「情報の開示を拒否」した場合、弁護士は被害者の住所氏名を知ることができません。
この場合、供託書の必要事項を記載できないため、物理的に供託が不可能となります。
これが、刑事事件における供託の最大のハードルです。
3.供託の手続きと具体的な流れ
実際に供託を行う際の手順について解説します。
3-1. 供託所の管轄と必要書類
原則として、債務の履行地(被害者の住所地)を管轄する法務局(供託所)で行います。必要なものは以下の通りです。
- 供託書: 法務局に備え付けられている用紙、またはオンラインで作成します。
- 供託金: 損害賠償金としての現金。
- 本人確認書類・印鑑
- 委任状: 弁護士が代理で行う場合に必要です。
3-2. 供託通知書の発送
供託が受理されると、法務局から被害者に対して「供託通知書」が発送されます。これにより、被害者はいつでも供託金を受け取れる状態になります(還付請求権の発生)。
3-3. 刑事手続きへの反映
供託が完了すると「供託書正本」が発行されます。弁護士はこれを証拠として検察庁または裁判所に提出し、「被害弁償の措置は完了している(または努力した)」と主張します。
また、被害者が供託金を受領しない間は、加害者は供託金を取り戻すことができます。
そうすると、「裁判中だけ供託をして、裁判が終わるとすぐに供託金を取り戻す」ということも可能になります。
これでは、適切な被害回復が図られていないとして、刑事手続きへの影響が限定的になってしまうおそれがあります。
そこで、実務上、「供託金取戻請求権の放棄」という手続きをすることがあります。
これにより、裁判が終わっても供託金を取り戻すことができなくなるため、「きちんと被害弁償をした」と判断してもらえる可能性が高まります。
供託金取戻請求権の放棄は、供託書の備考欄に「供託金取戻請求権を放棄する」と記載する方法や、取戻権放棄書を供託所に提出するという方法があります。
4.供託が刑事処分に与える影響
供託を行ったことは、刑事処分においてどのように評価されるのでしょうか。
4-1. 不起訴処分の可能性
被害者が示談を拒否していても、相当額の供託がなされていれば、検察官は「加害者はやるべきことをやった」と評価する可能性があります。
事案が比較的軽微で、加害者に前科がなく、供託によって実質的な損害の填補がなされていると判断されれば、被害感情が残っていたとしても、起訴猶予(不起訴)となるケースは存在します。
4-2. 執行猶予・減刑の可能性
起訴された場合でも、供託の事実は量刑に有利に働きます。
裁判官は、被害弁償の有無を重要な量刑因子として考慮します。
供託によって民事上の責任を果たそうとする真摯な姿勢が認められれば、実刑判決を回避して執行猶予が付されたり、刑期が短縮されたりする可能性が高まります。
5.供託もできない場合の「贖罪寄付」
第2章で述べたように、被害者の住所氏名がわからず供託すらできない場合、最後の手段として「贖罪寄付(しょくざいきふ)」という方法があります。
5-1. 贖罪寄付とは
公的な慈善団体や弁護士会に対して寄付を行うことです。
「被害者に直接償うことはできないが、社会に対して償いを行い、反省の意を示す」という趣旨で行われます。
5-2. 贖罪寄付の効果
被害者への直接的な弁償ではないため、示談や供託に比べると、刑事処分への影響力は弱くなります。
しかし、何もしないよりは「反省の情」を示す客観的な証拠として評価されます。
特に、被害者不明の事件や、被害者との接触が完全に絶たれているケースでは、唯一の情状立証手段となることもあります。
6.弁護士の役割と戦略
示談が決裂し、供託を検討する段階においては、弁護士の力量が問われます。
6-1. 粘り強い示談交渉
供託はあくまで「次善の策」です。
弁護士は、安易に供託に切り替えるのではなく、まずは被害者の心情に配慮し、示談の可能性を最後まで模索します。
時間が経過することで被害者の怒りが和らぎ、当初は拒絶していた示談に応じてくれるケースもあるからです。
6-2. 供託に向けた環境整備
供託が必要となった場合、弁護士は、上記の「受領拒絶」の要件のために、弁済の準備をして被害者に通知をするなど、供託が認められるよう適切に準備をします。
また、供託書の作成や提出、供託金の納付などの手続きを行います。
6-3. 適切な法的主張
供託後、検察官や裁判官に対して「なぜ示談が成立しなかったのか(加害者の努力不足ではないこと)」「供託によって実質的な被害回復が図られていること」をで説得的に主張します。
おわりに
刑事事件において、被害者との示談が成立しないことは、加害者にとって非常に苦しい状況です。
しかし、そこで諦めずに、「供託」という法的な手続きを踏むことで、誠意と反省を形にし、刑事処分を少しでも有利な方向へ導くことができます。
ただし、供託を行うためには厳格な要件があり、被害者の個人情報の壁など、専門的なハードルを越える必要があります。
また、供託のタイミングや金額の算定も、刑事処分の結果を左右する重要な要素です。
示談交渉が難航している、あるいは被害者から拒絶されてしまった場合は、直ちに刑事事件に精通した弁護士にご相談ください。
状況に応じた最適な弁護方針を立案し、最善の結果を目指して活動します。
刑事弁護についてはこちらから
弊所の弁護士へのご相談等はこちらから