建物の老朽化は立ち退きの正当事由になる?判断基準と対処法

目次

【この記事の結論・要約】

  • 建物の老朽化「だけ」を理由に借主を退去させることは、法的に困難です。借地借家法28条のもと、立ち退きには「正当事由」が必要であり、単に「古い」というだけでは正当事由として認められにくいのが裁判例の傾向です。
  • ただし、建物の老朽化の程度が著しく、倒壊の危険性が客観的に認められる場合には、立ち退き料の支払いを条件に正当事由が認められるケースもあります。
  • 借主は、一方的な通知に対してすぐに合意せず、建物の状態や正当事由の有無を慎重に確認したうえで、弁護士に相談することが重要です。

【結論】老朽化だけでは立ち退きの正当事由は原則認められない

「建物が老朽化しているから立ち退いてほしい」と言われたとき、「古い建物だから仕方ない」と感じる方は少なくありません。
しかし、法的には、建物が古いという事実だけで立ち退きが認められるわけではありません。

日本の借地借家法は、借主の居住の安定を強く保護しています。
貸主が賃貸借契約の更新を拒絶したり、解約を申し入れたりするには「正当事由」が必要であり(借地借家法28条)、老朽化はその判断要素の一つにすぎません。

実際の裁判例でも、築50年以上の住宅について、老朽化による建替えの必要性が低いと判断され、貸主の正当事由が認められなかった事例があります。

一方で、老朽化の程度が著しく、耐震補強が経済的に不合理であるような場合には、立ち退き料の支払いを条件に正当事由が認められたケースも存在します。

本稿では、老朽化を理由とする立ち退きの判断基準を裁判例とともに解説し、借主がとるべき具体的な対処法をお伝えします。

借地借家法28条が定める「正当事由」の判断要素

正当事由とは何か

普通借家契約では、契約期間が満了しても、貸主に正当事由がなければ契約は自動的に更新されます(法定更新。借地借家法26条1項)。
貸主が更新を拒絶する場合は、契約期間満了の1年前から6ヶ月前までに通知を行い、かつ正当事由が存在することが必要です(借地借家法26条1項・28条)。

正当事由がなければ、借主はそのまま住み続ける権利を有します。

正当事由を構成する要素と優先順位

借地借家法28条は、正当事由の判断にあたり、以下の要素を総合的に考慮すると定めています。

  1. 貸主および借主が建物の使用を必要とする事情(主たる要素) これが最も重視される要素です。貸主側の事情と借主側の事情を比較衡量して判断されます。
  2. 賃貸借に関する従前の経過 権利金や更新料の授受の有無、契約期間の長さ、借主による賃料支払いの履行状況などが考慮されます。
  3. 建物の利用状況および現況 建物の物理的な状態が評価されます。「老朽化」が正当事由の判断に影響するのは、この要素です。
  4. 立ち退き料の提供(補完的要素) 上記1~3を比較した結果、貸主の事情だけでは正当事由が十分でない場合に、その不足分を補う要素として考慮されます。立ち退き料はあくまで補完的な位置づけであり、立ち退き料さえ支払えば正当事由が認められるというものではありません。

「建物の老朽化」はどの程度で正当事由として評価されるのか

築年数だけでは判断できない

裁判所は、単に「築何年だから老朽化している」という形式的な判断は行いません。
重視されるのは、建物の構造躯体の劣化状況、倒壊の具体的な危険性、修繕による対応の可能性といった実質的な要素です。

「見た目が古い」「設備が時代遅れである」という程度では不十分であり、構造自体が物理的に限界に達しており、修繕による維持が経済的に著しく不合理であると客観的に認められる必要があります。

「朽廃」と「老朽化」の違い

法律上、建物が自然に崩壊するほど劣化した状態を「朽廃(きゅうはい)」といいます。
朽廃に至れば、建物としての社会的効用を失ったものとして、賃貸借契約が当然に終了するとされています(民法616条の2参照)。

しかし、現代のRC造(鉄筋コンクリート造)などのマンションにおいて、自然に朽廃に至ることは稀です。
通常問題になるのは「朽廃には至らないが老朽化が進んでいる」という状態であり、この場合は正当事由の判断要素として評価されることになります。

耐震不足(旧耐震基準)の法的評価

近年の裁判例で特に重視されているのが、建物の耐震性です。
1981年(昭和56年)6月1日以前の旧耐震基準で建築された建物は、現行の耐震基準を満たしていない可能性があり、この点が正当事由を肯定する方向に考慮されることが増えています。

ただし、耐震基準を満たしていないという事実だけで、直ちに立ち退きが認められるわけではありません。
裁判例では、「耐震補強工事によって安全性を確保できるか」「補強工事の費用が建物の価値に照らして合理的な範囲か」が重視されます。
耐震補強で対応可能であり、その費用が合理的な範囲内であれば、正当事由は否定されやすくなります。

建替え計画の具体性

貸主が「老朽化した建物を壊して建替えたい」と主張する場合、建替え後の具体的な計画が存在するかも重要な判断要素です。
取壊し後に駐車場にするだけなど、具体的な建替計画が示されていない場合は、正当事由が否定されやすい傾向にあります。

裁判例から見る判断の傾向

老朽化を理由とする立ち退きについて、実際の裁判例を紹介します。

正当事由が認められた裁判例(立ち退き料を条件に認容)

東京地裁令和2年2月18日判決(平成30年(ワ)10592号)では、築45年以上のアパートについて、建物の取壊しの必要性は認められたものの、借主に賃料滞納等の落ち度がなかったため、立ち退き料100万円の支払いを条件に明渡しが認容されています。

東京地裁平成24年11月1日判決(平成23年(ワ)3599号)では、竣工後50年以上が経過し、老朽化が相当に進行し、耐震性の点でも危険性を否定できず、耐震補強を行うには相当の費用がかかるとの事案について、立ち退き料311万円余の支払いを条件に正当事由が補完されると判断されています。

東京地裁平成31年3月27日判決(平成28年(ワ)16196号)では、昭和29年築の木造建物(築約65年)について、床の一部に傾き、構造材の腐朽・土台の腐食が認められ、耐震診断で「地震により倒壊する可能性が高い」とされた事案で、立ち退き料779万円の支払いを条件に正当事由が認められています。

正当事由が認められなかった裁判例

東京地裁令和元年12月12日判決(平成29年(ワ)38101号)では、築50年以上の住宅について、老朽化による建替えの必要性が低いと判断され、貸主の正当事由が認められませんでした。

東京地裁平成25年12月24日判決(平成23年(ワ)13905号)では、賃借人が40年以上レストランを経営していた事案で、賃貸人は耐震性の観点から取壊しを主張しましたが、取壊し後の具体的計画を示していなかったため、裁判所は「具体的に計画を立てていることを裏付け得るような証拠の提出がない」「耐震性能の問題点をもって取壊しが必須の急務であるということはできない」として正当事由を否定しました。

東京地裁平成22年3月17日判決では、賃貸人が建物の朽廃・倒壊の危険性を理由に解約を求めた事案で、裁判所は正当事由を否定し、むしろ賃貸人に補修工事の実施を命じています。

裁判例から読み取れる傾向

これらの裁判例を総合すると、以下のような傾向が読み取れます。

正当事由が認められやすいのは、耐震診断等で倒壊の危険性が客観的に立証されている場合、耐震補強が技術的に困難または費用が過大で経済的合理性がない場合、取壊し後の建替計画が具体的で実現性がある場合、そして相当額の立ち退き料が提供されている場合です。

正当事由が認められにくいのは、築年数が古いだけで構造的な危険性が客観的に立証されていない場合、修繕・耐震補強で対応可能な場合、取壊し後の具体的計画がない場合、借主が高齢・疾病を抱え転居が生命身体に関わる場合です。

立ち退き料の役割と相場

正当事由を「補完」する立ち退き料

貸主側の事情が借主側の事情に及ばない場合、その不足分を補うのが「立ち退き料」(財産上の給付)です(借地借家法28条)。
貸主側の事情が弱いほど、補うための立ち退き料は高額になります。
立ち退き料の提供がない更新拒絶は、他の要素が極めて強い場合を除き、正当事由が認められにくいと言えます。

立ち退き料の内訳

立ち退き料には法律上の決まった計算式はありませんが、一般的に以下の要素から構成されます。

  • 移転費用として、新規物件の契約初期費用(敷金・礼金・仲介手数料等)、引越し費用が含まれます。
  • 差額家賃補償として、現在の物件と同等の新規物件の家賃差額の一定期間分(1年~数年分)が補償の対象となることがあります。
  • 営業補償(事業用の場合)として、移転に伴う休業期間の逸失利益、顧客喪失による将来の減収、移転広告費などが含まれます。事業用テナントの場合は居住用に比べて高額になる傾向があります。
  • 借家権の価格として、その物件を借り続ける権利の財産的価値が評価されることがあります。ただし、借家権に独自の市場価値が認められる事例は、都市部の一等地等に限られ、非常に限定的です。
  • 慰謝料的要素として、移転に伴う精神的負担が加味されることもあります。

金額の目安

居住用物件では「家賃の6ヶ月分」が目安として言及されることがありますが、これは法的根拠に基づくものではなく、事案によって大きく異なります。
前掲の裁判例でも、100万円から779万円まで幅があります。

事業用物件(店舗・オフィス)の場合は、営業補償を含むため数百万円~数千万円以上に及ぶこともあります。

金額交渉のポイント

老朽化を理由とする場合、貸主側は「建物に価値がない」として立ち退き料を低く提示する傾向があります。
しかし、借主が守っているのは建物の価値ではなく、そこに住み続けることができる「借家権」という権利です。
建物の老朽化が進んでいても、借主が居住を継続する必要性が高い場合(高齢である、近隣の医療機関に通院している等)には、高額な立ち退き料が必要とされます。

老朽化を理由に立ち退きを求められた際の対処法

安易に同意・署名しない

貸主や管理会社から立ち退きを求められた際、最も注意すべきは、その場で書面に署名・捺印をしないことです。
一度「合意解約」が成立すると、後から正当事由がないと争うことは極めて困難になります。
「検討します」「専門家の意見を聞いてから回答します」と伝え、即答しないようにしてください。

老朽化の客観的証拠を確認する

「老朽化して危険だ」という主張がなされた場合、以下の情報の開示を求めるなどして客観的に確認します。

耐震診断報告書があるかどうか、実際に耐震診断が行われたのか、その結果はどの程度の数値なのかを確認します。

修繕履歴として、これまで適切なメンテナンスを行ってきたかを確認します。
貸主が管理を怠って放置していた場合、貸主側の事情は弱まります。

建替え計画書として、具体的な建替計画があるのか、単に追い出すことが目的ではないかを確認します。

賃料の支払いを継続する

立ち退き要求を受けても、契約が終了したわけではありません。
賃料の支払いを停止すると「賃料不払い」による契約解除の口実を与えてしまいます。
貸主が賃料の受領を拒否した場合は、供託(きょうたく)の手続きなどを行い、賃料の支払いをする必要があります。

弁護士に相談する

老朽化を理由とする立ち退きは、建物の状態の評価、正当事由の有無、立ち退き料の妥当性など、専門的な判断が必要な領域です。
通知を受け取ったら、できるだけ早い段階で弁護士に相談してください。

強引な立ち退き要求(嫌がらせ)への対処

自力救済の禁止

貸主が正当事由の有無を裁判所で争わずに、勝手に鍵を交換する、共用部の電気を止める、窓ガラスを外す等の行為を行うことは「自力救済」として違法です。
これらは不法行為となり、貸主に対して損害賠償を請求できるだけでなく、刑事罰の対象にもなり得ます。

交渉は書面で行う

感情的な対立を防ぐため、交渉は書面(内容証明郵便等)を中心に行うのが望ましいです。
口頭のやり取りでは「言った・言わない」の争いになりやすいため、重要な意思表示は必ず書面で記録を残してください。

よくある質問(FAQ)

「建物が老朽化しているから出て行ってほしい」と言われました。応じなければなりませんか?

老朽化しているという理由だけでは、直ちに退去する義務はありません。

借地借家法28条により、貸主からの更新拒絶・解約申入れには正当事由が必要です。
老朽化は正当事由の判断要素の一つにすぎず、それだけで立ち退きが認められるわけではありません。

まずは通知の内容を確認し、弁護士に相談してください。

耐震診断で「耐震性不足」と判定された場合、退去するしかありませんか?

耐震性が不足しているという事実だけで、直ちに退去が認められるわけではありません。

裁判例では、耐震補強工事によって安全性を確保できるか、補強工事の費用が経済的に合理的な範囲かが検討されます。
補強で対応可能であれば、正当事由は否定される方向に働きます。

立ち退き料はもらえますか?相場はどのくらいですか?

老朽化を理由とする立ち退きでは、多くの場合、立ち退き料の支払いが議論の中心となります。

法律上の一律の基準はなく、裁判例では100万円から数百万円まで幅があります。
事業用テナントの場合はさらに高額になり得ます。

貸主から提示された金額が妥当かどうかは、個別の事情に応じた判断が必要ですので、弁護士に相談されることをお勧めします。

合意書にサインしてしまいました。撤回できますか?

一度合意が成立すると、撤回は極めて困難です。

ただし、詐欺や強迫によって合意させられた場合や、合意の内容が公序良俗に反する場合には、合意の無効・取消しを主張できる可能性があります。
署名してしまった場合でも、まずは弁護士に相談してください。

大家が「修繕する気はない。出て行ってほしい」と言っています。修繕を要求できますか?

賃貸人は賃貸物件について修繕義務を負っています(民法606条1項)。

建物が老朽化しているにもかかわらず修繕を怠っている場合、借主は貸主に対して修繕を請求することができます。
裁判例でも、貸主の正当事由を否定し、逆に補修工事の実施を命じた事例があります(東京地裁平成22年3月17日判決)。

おわりに

建物の老朽化を理由とした立ち退きは、賃貸借トラブルの中でも特に頻出するテーマです。
貸主にとっては「経営判断としての建替え」であっても、借主にとっては「生活の基盤の喪失」であり、両者の利益は真っ向から対立します。
「老朽化しているから仕方ない」と諦める必要はありません。
正当事由がどの程度あるのか、提示された立ち退き料は妥当なのかを客観的に判断することが、最善の解決への近道です。

もし現在、老朽化を理由とする立ち退き通知を受け取ってお悩みであれば、弊所にご相談ください。

弊所の弁護士へのご相談等はこちらから

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この記事を書いた人

髙田法律事務所の弁護士。東京弁護士会所属 登録番号60427
インターネットの誹謗中傷や離婚、債権回収、刑事事件やその他、様々な事件の解決に携わっている。
最新のビジネスや法改正等についても日々研究を重ねている。

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