はじめに
個人・法人を問わず、今や数多くのVTuberが活躍し、その活動は大きな市場を形成しています。
誰もが気軽に始められるようになった一方で、その活動は法的な論点と隣り合わせであり、知識不足が原因で深刻なトラブルに巻き込まれるケースも後を絶ちません。
本稿では、VTuberとして安心して創作活動に打ち込むために、事前に知っておくべき法律上の問題点を解説します。
アバターの権利
VTuberの根幹をなすアバター(キャラクター)は、法律上「著作物」に該当し、その権利関係は活動の全てに影響を及ぼす最重要事項です。
1.アバターを構成する権利の基礎知識
まず、アバターにはどのような権利が関わっているのかを理解しましょう。
アバターのイラストや三面図、Live2Dモデル、ロゴデザインなどは、それぞれを制作したクリエイターに「著作権」が発生します。
著作権は、許諾なくコピーや改変、配信での利用などをされない権利(著作財産権)と、制作者の名誉や作品の同一性を守る権利(著作者人格権)に大別されます。
特に「著作者人格権」は、クリエイター本人に固有の権利であり、譲渡することができないという重要な特徴があります。
アバターの名前やロゴマークを、第三者が無断で商品やサービスに使用することを防ぎたい場合、「商標権」を活用することが考えられます。
特許庁に登録することで、独占的に使用する権利が生まれます。
特に、グッズ展開やイベント開催を視野に入れている場合、商標登録することを検討した方が良いでしょう。
2.契約書の重要性
個人で活動するVTuberが、イラストレーター(ママ)やLive2Dモデラー(パパ)に制作を依頼する際、重要になるのが契約書です。
口約束やSNSのDMでの簡単なやり取りだけで済ませてしまうと、「収益化は許可していないはずだ」「グッズを作るなんて聞いていない」といった「言った・言わない」のトラブルに発展し、最悪の場合、アバターの使用停止を求められるリスクすらあります。
契約書には、最低でも以下の条項を具体的に盛り込み、双方の認識を一致させることが不可欠です。
業務内容の特定
どこまでの制作を依頼するのか(キャラクターデザイン、三面図、パーツ分け作業、モデリング、ロゴ制作など)を明確に定めます。
権利の帰属
アバターの権利をどうするかを決める部分です。契約の形態は大きく分けて著作権譲渡と利用許諾の2つがあります。
著作権譲渡契約
クリエイターからVTuberへ著作権(財産権)を完全に譲渡してもらう契約です。
これにより、VTuberは原則として自由にアバターを利用・改変できます。
ただし、前述の通り「著作者人格権」は譲渡されないため、クリエイターが「公表しないでほしい」「変な改変はしないでほしい」と主張する権利は残ります。
これを防ぐために、契約書に「著作者人格権を行使しない」という特約(不行使特約)を入れることがあります。
利用許諾(ライセンス)契約
著作権はクリエイターに残したまま、「こういう範囲でなら使っていいですよ」と許可をもらう契約です。
この場合は、利用できる範囲をいかに具体的に定めるかが重要となります。
利用範囲の明確化
ライセンス契約の場合はもちろん、譲渡契約の場合でも念のため、想定される利用方法をできるだけ網羅的に記載しておくこともあります。
例:収益化を伴う動画配信での利用、SNSアカウントでの利用、グッズの制作・販売、イベントへの出演、第三者への利用許諾(コラボなど)、二次創作ガイドラインの策定権限など。
報酬および支払条件
報酬額、支払時期(着手金、納品時など)、支払方法を明記します。
その他
成果物の納品方法と検収、秘密保持義務、契約解除の条件なども定めておくと、より安全です。
3.事務所所属VTuberの権利関係
VTuber事務所に所属する場合、アバターの著作権は事務所が保有するか、事務所がクリエイターから独占的な利用許諾を得ているのが一般的です。
そのため、所属VTuberは、事務所のルールに従ってアバターを使用することになります。
特に注意すべきは、事務所からの「卒業」や契約解除の際です。
契約書に特段の定めがない限り、活動に使用していたアバターや名前を個人で引き継いで活動を継続することはできません。
将来的な独立も視野に入れている場合は、契約締結時に、卒業後のアバターの扱い(買い取りの可否など)について確認・交渉しておく必要があります。
「配信活動」に関する法的リスク
VTuberが配信活動をする場合(VTuberに限りませんが)、各活動内容によって注意すべき点があります。
1.ゲーム実況配信のコンプライアンス
ゲーム実況は人気コンテンツですが、ゲームの映像や音楽もまた、ゲーム会社が著作権を持つ著作物です。
無許諾での配信は、著作権の一部である「公衆送信権」の侵害にあたる可能性があります。
近年、多くのゲーム会社が、企業・個人によるゲーム実況配信に関するガイドラインを公開しています。
任天堂、Cygames、フロム・ソフトウェアなど、プレイしたいゲームの公式サイトを必ず確認し、その内容を遵守することが大前提です。
ガイドラインの確認ポイント
収益化の可否: YouTubeのパートナープログラムなど、収益化が許可されているか。
利用可能なプラットフォーム: どの配信サイトなら許可されているか。
ネタバレに関する規定: ストーリーの核心部分の配信を禁止している場合があるか。
禁止事項: ゲームのイメージを損なう利用や、BGM集のような動画の投稿が禁止されていないか。
なお、ガイドラインがないゲーム(特にインディーズや海外の作品)については、個別に開発元へ問い合わせるのが最も安全な方法です。
2.「歌ってみた」と音楽著作権
音楽の権利は非常に複雑です。楽曲には、①作詞家・作曲家の「著作権」と、②歌手やレコード会社の「著作隣接権(原盤権)」の2種類が存在します。
JASRAC等管理楽曲の利用
YouTubeなどのプラットフォームは、JASRACやNexToneといった著作権管理団体と包括契約を結んでいます。
そのため、これらの団体が管理する楽曲であれば、アカペラで歌ったり、自分で演奏(弾き語りなど)したりして配信することは、追加の許諾なく可能です。
CD音源・カラオケ音源の利用はNG
包括契約がカバーしているのは、あくまで楽曲の「著作権」のみです。
CDや配信サービスの音源をそのまま流すと、レコード会社などが持つ「原盤権(レコード製作者の権利)」を侵害します。
同様に、カラオケ店で流れる音源も、業務用に許諾されたものであり、配信に乗せることはできません。
なお、カラオケ音源は、配信機種の運営会社が作成したものであり、別途著作権が発生していることにも注意が必要です。
許諾されたカラオケ音源を使う
「歌ってみた」を配信したい場合は、制作者が「歌ってみたへの利用OK」と明記しているカラオケ音源(YouTubeなどで配布されているもの)を使用し、その制作者が定める利用規約(クレジット表記など)を必ず守る必要があります。
3.発言内容と他者の権利(名誉毀損・プライバシー権侵害)
配信中の発言が、意図せず他者の権利を侵害してしまうリスクもあります。
特に、過激な発言を繰り返すとリスナーが増えてしまうこともあり、一度増えたリスナーを手放さないために過激な発言を繰り返すスパイラルに陥ってしまうこともあります。
特定の個人や企業について事実に反する内容を話して社会的評価を下げれば「名誉毀損(名誉権侵害)」、具体的な事実を挙げずに「バカ」「無能」といった侮辱的な言葉を使えば「侮辱(名誉感情侵害)」、公開されていない私生活の情報を暴露すれば「プライバシー権侵害」に問われる可能性があります。
これは、他の配信者や視聴者、全く関係のない第三者のいずれに対しても成立し得ます。
Vtuber自身と活動を守るための知識
最後に、VTuber自身を守るための法的知識です
1.誹謗中傷・嫌がらせへの法的対抗策
匿名での誹謗中傷は、VTuberが直面する深刻な問題です。
しかし、「アバターへの悪口だから仕方ない」と諦める必要はありません。
アバターを通じて、その内側で活動する「個人」の人格が攻撃されていると評価されれば、名誉感情侵害等として法的な対抗措置をとることが可能です。
具体的な手続きとしては、プロバイダ(SNS運営会社や回線事業者)に対して「発信者情報開示請求」という法的手続きを行い、投稿者を特定した上で、損害賠償請求(民事)や刑事告訴(刑事)を進めていくことになります。
悪質な誹謗中傷に対しては、スクリーンショットやURLを保存して証拠を確保し、弁護士に相談することを検討してください。
2.収益化と税務の基本
スーパーチャットや広告収益、グッズ販売などで得た収入は、所得税の課税対象です。
個人で活動している場合、年間の所得(収入から経費を引いた額)が一定額を超えると、確定申告を行い、納税する義務があります。
配信機材の購入費、イラストレーターへの依頼料、事務所やスタジオの賃料などは、活動に必要な「経費」として計上できる場合があります。
日頃から領収書を保管し、帳簿をつける習慣が大切です。私は年度末によく実感しています。
税務は複雑な分野ですので、不安な場合は税理士に相談することをお勧めします。
おわりに
VTuberとしての活動は、単なる趣味や創作活動の延長線上にあるだけでなく、多くの法律が関わる「事業活動」としての側面を強く持ちます。
一見、複雑で面倒に感じられるかもしれませんが、今回解説したような法的知識を身につけ、特に活動の根幹である「契約」を疎かにしないことが、長期的にご自身の創作活動と生活を守る上で最も確実な方法です。
トラブルが発生してから対処するのではなく、トラブルを未然に防ぐ予防法務の視点を持つことが重要です。
そして、もしご自身で判断に迷うことや、トラブルに直面してしまった場合は、問題が深刻化する前に、弁護士等の専門家相談されることをお勧めします。